5 祈りは届く
ディルベルの咆哮が空気を震わせる。
苦しそうな声だった。ディルベルは今、苦しんでるんだ。
それなら――ペタルーダ様の祝福が届くかもしれない。
(もっと、ディルベルの近くに行けたら……!)
祝福をかけられる距離は決まっている。
教会でお祈りをしていた時、一度で複数人に祝福をかけていたから、1部屋くらいの距離なら届くけど。
この部屋は闘技場のようになっていて、天井が高い。
その上、ディルベルは飛び回って、クラトスと激しく魔法バトルをくり広げている。
これでは、私の祈りが届かない。
(どうしたらいい!?)
私は辺りを見渡す。
そして、気付いた。
壁の上部――覗き穴が空いている。そうだ、ここは闘技場なんだから、試合を観戦できる場所があるはず。
ということは、あそこが観客席!?
私は扉へと向かって駆け出した。
あ、でも、観客席にはハンターたちがいるかも? その中につっこんで行くのは危険じゃない……?
そう思ったけど、その瞬間――ディルベルの咆哮が響き渡る。悲しげで、苦しげな声だった。ディルベル……きっと、苦しいんだね。
本当は彼だって、クラトスと戦いたくないはずなのに。
だったら、早く助けてあげなきゃ!
迷いを振りきって、私は扉を開けた。
通路が分かれている。奥に向かう通路と、上へと登る階段。迷わず階段を選んだ。
予想通り、階段の上は観客席に続いていた。
そして、悪い予想も的中。
ハンターのボスがいる!
「てめえ……」
ボスが顔をしかめて、立ち上がる。
そして、即座に魔法を放ってきた! 火炎球だ。
あ、でも……! クラトスと魔法練習をした時の火炎球の方が、もっと大きかった。
だから、私は冷静に手を前へ。
魔力を掌に集めて、イメージする。
対抗魔法――!
彼が放った魔法は、私に当たる直前で消滅していく。
「な……何だと、貴様……!? 俺の魔法を!?」
驚愕している彼には構わず、私は窓へと駆けよった。壁が四角い形にくり抜かれて、そこから闘技場を見渡せるようになっている。
窓枠に飛び乗る。
見えた! ちょうど窓の下側、ディルベルが空中で停滞している。クラトスに向かって魔法を放っていた。私からは、頭と背中が見える位置関係だ。
彼らの魔法の余波で、風が生まれている。その風が私の髪と服をはためかせていた。
ちょっと怖いけど……。
やるしかない!
「ねえ、クラトス!」
私は対面に浮遊しているクラトスに、声を張り上げる。
「エリン!? 何でそんなところに……っ」
「私、今から飛び降りるから!」
「っ…………!?」
「下に落ちる前に、受けとめてね!」
いちいち驚愕しているクラトスの様子は、少しおもしろかったけど。
今はじっくり観察している余裕もない。
私は、えいっ、と身を投げ出した。
ディルベルの巨体が迫る! これなら祝福が届くはず――!
「《ペタルーダ様の祝福を》!」
私は落ちながら、祈りを捧げた。
次の瞬間、光の奔流がディルベルを包みこむ。
◆ ◇ ◆
――ヘタを打った。
シルクが騒ぎ出した。
幻獣ハンターが現れたという。
間の悪いことに、クラトスは弱った幻獣を助けるため、治療室にこもっている。
俺はひとりで現場に向かった。そして、ハンターどもに捕まっちまった。
ハンターのアジトで、ミュリエルと対面した時、俺は驚いた。
俺は彼女の行方をずっと探していた。そのために、あの施設で暮らしていたのだ。
まさか彼女もハンターに捕まっていたとは。
檻の中で、ミュリエルは弱りきっていた。
俺の呼びかけにも答えない。
「【隷属の魔法陣】だと……」
「そうだ。お前さんが俺に隷属するのなら、あっちの竜は逃がしてやってもいいぜ?」
「はっ……信じられるか」
「おいおいおい! 俺は確かにこんな仕事をしてはいるが、幻獣ハントっていうのはな、ビジネスなんだぜ? ビジネスはな、信用第一なんだよ」
眼帯の男の、胡散臭い笑顔。
優位に立った驕りをぷんぷんとまとわせている。
いい気になるなよ、人間。
体をバラバラに壊されようとも。
俺は竜だ。誰がてめえなんかのしもべになるものか。
「ディル……ベル……」
檻の中から声がした。ミュリエルだ。苦しそうに呟いている。
「……逃げ、て……」
その一言で、俺は心を決めた。
「ミュリエルを先に逃がせ。それが交換条件だ」
男は満足そうに笑う。
約束通り、ミュリエルは逃がされた。
彼女が空へと飛んで行くのを、俺はこの目で見た。
ち……奴らに体がバラバラにされていなければ、俺もこのまま逃げてやるものを。
「魔法陣を刻むぜ」
「……好きにしろよ」
男が詠唱を始めると、体に焼きつくような激痛が走った。
俺はそのまま、売られるのだろうと思っていた。
その覚悟はあった。
だが、男は俺に命じた。
「他に珍しい幻獣がいる場所を知らねえか? 知っていることを話せ」
俺は洗いざらい、話していた。
幻獣の保護をしている魔法士がいることを。
男は満足そうに笑った。
「幻獣が施設に入ってきたら、俺に知らせろ。お前は元いた場所に戻って、これまで通りに暮らせ。当然、ここであったことは奴らには話すなよ」
――その瞬間、俺は痛感した。
自分がとんでもない愚かな選択をしたことに。
その後、施設にやって来たエリンによって、バラバラだった俺の体は治された。
俺は何度も、エリンやクラトスに知らせようとした。
けど、できなかった。
服従の効果は絶対だ。
くそったれめ。
俺はそれからも、定期的に奴と連絡をとり合った。
そして、恐れていた日がやって来てしまった。
「ってことは、今、施設には複数の幻獣がいるんだな? 最高じゃねえか。いただいてやろうぜ。決行は明日だ。……ディルベル、お前もわかっているよな?」
――拒否をする選択肢は、俺にはなかった。
その日の夜、俺は展望台を訪れていた。
風もない、静かな夜だった。
暗闇の中、クリスタルが浮かんでいる。不思議な光をまとって、泰然と、神秘的に――まるで、神様みたいだな。
竜の姿で、俺は飛び上がる。
クリスタルに額をつけて、以前から疑問に思っていたことを尋ねた。
「なあ……あんたは幻獣が助けを求めた時、それを知らせてくれんだろ?」
まったく、憎らしくなるくらいにキラキラとしてやがるぜ。
辺りは真っ暗なのに、そのクリスタルは自分だけは闇に染まらないのだと潔癖さを見せつけるかのように、輝いているのだ。
その輝きが、今の俺にはやたらと憎らしかった。
目をつぶると、どうでもいいことを思い出した。
『あ、ディルベルー! 今からティータイムにするんだ。ディルベルも来てよ』
『またパンケーキだろ。俺はいらねえよ』
『大丈夫! マーゴがお肉入りのも焼いてるよ!』
『今日はお魚のお肉入りにゃ~』
『肉ならともかく、魚入りはやめとけ!? 絶対にまずい!』
『クラトスも食べるよね?』
『いる』
『そんなに食べたいなら、マーゴが焼いたのをあげるのにゃ』
『君のは、いらない』
『失礼だにゃん~!』
……本当に、どうでもいい記憶だな。
目を開けると、視界に映るのは相も変わらず、イヤミったらしく輝き続けるクリスタル様だ。
俺は最後にもう一度だけ、尋ねた。
「俺の声は……届かねえのか……?」
◆ ◇ ◆
私はハッとして、目を開けた。
祝福の光がディルベルを包みこむ。
その瞬間、彼の首元に魔法陣が浮かび上がった。
ぴしっ……魔法陣に亀裂が入る。そして、砕け散った。
ディルベルの目は、骨の眼窩に宿った赤い光。それが、ふ……、とかき消えて、彼は意識を失う。
彼の体が小さくなっていく。
私がよく知る、子犬サイズへと戻った。
私は空中で手を伸ばす。そして、ディルベルの体をキャッチした!
そこまではいいものの。
お、落ちる……!
ディルベルのことだけは守らなきゃと、私はしっかりと抱えこむ。落下の感覚に身を委ねようとした――その瞬間。
ふわりとした浮遊感が私を包みこむ。
落下が止まった。
クラトスがこちらに向かって手を伸ばしている。
目が合うと、ホッとしたような表情に変わった。
「君……。無茶をしすぎ」
クラトスは私のところまで飛んでくると、優しい手付きで私を抱き上げた。
降下しながら、クラトスはディルベルを見る。
「魔法陣が消えている。君がやったの?」
「うん。祝福をかけたら、元に戻せるんじゃないかなって思って。うまくいってよかったね、へへ……」
「確証もないのに、あんな無茶を!?」
あれ? クラトスがこんなに焦った様子なの、珍しいね。
「そんなに無茶ってわけでもなかったよ。だって、クラトスならきっと、私が落ちる前に何とかしてくれるって思っていたから」
「……そう」
クラトスは呆れたように目を細めた。
降りた後、私はディルベルの体を床に横たえた。
「ディルベル。ディルベル。大丈夫?」
声をかけると、眼窩にまた赤い光が灯る。
よかった、目が覚めた。
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