6 取引の相手

 ディルベルは首を持ち上げて、辺りを見渡している。


「何が起きた? 俺は……」

「エリンが君の魔法陣を消した。彼女に感謝するんだね」


 クラトスはそっけなく言い放つ。

 この人……こんな時くらい、もっと優しい言葉をかけてあげられないのかなあ?


「ディルベル、大丈夫? どこか痛いところはない?」


 私が声をかけると、彼はハッとして、目を逸らした。


「……やめろよ」

「え?」

「裏切り者に情をかけるんじゃねえ。そのうちまた、手を噛まれるぜ」

「でも、ディルベルは裏切り者なんかじゃないよ。あの魔法陣のせいで仕方なく……」

「はっ、あんたは本当に甘ぇ女だな。だから、他の連中にもつけこまれて、追放されちまうんだよ」


 ディルベルは馬鹿にするように笑った。


「俺は仲間を売った。自分勝手でずるい竜だ。その始末はきっちりつけようぜ。なぁ、お前ならそうするだろ、クラトス?」


 クラトスは気のない様子で、肩をすくめる。


「君を救ったのは、エリンだ。彼女に判断を任せるよ」

「は……。この女がまた甘ぇこと言い出したら、俺は噛みついてやるぜ?」


 ディルベルは虚勢を張っている。

 そのことが、わかっちゃうんだよね。だって、さっき彼の記憶を見ちゃったから。

 私に過去視の力があるって知ったら、ディルベルに怒られそうだな!?

 まあ、そのお怒りはあとで甘んじて受けましょう。

 ディルベルは人の姿に戻って、態度が悪く座りこんでいる。

『おら、裁いてみせろ!』と言わんばかりの不遜さだ。

 私は元聖女らしく、せいいっぱい清らかな雰囲気をとって、言った。


「ディルベル。私の祈りに応じて、ペタルーダ様は祝福を授けてくださいました。だから、女神様もあなたの行いをお許しになられるでしょう」

「…………」


 ディルベルが静かに目を細める。

 そして、俯いてしまった。

 私はほほ笑んで、彼に手を差し出す。


「あの場所に一緒に戻ろう。それで、一緒にミュリエルさんを助けに行こ?」

「…………っ」


 その言葉に、彼はくしゃりと顔を歪ませる。


「ああ……エリン。あんたは本当に……」


 彼の瞳が揺れて、わずかに潤んだ。

 泣き笑いのような表情を浮かべながら、ディルベルは私の手をとる。


「本物の……聖母様だぜ……」


 私はにっこりと笑って、彼の手を握った。




 私たちはマーゴたちが捕まっている牢に向かった。


「マーゴ、シルク!」


 扉を開けると、すぐにマーゴも泣きながら飛びついてくる。


「エリン~! マーゴ、ここ、寒いから嫌いだにゃ~」

「ごめんね、マーゴ。マーゴの大好きな、暖炉のある場所に戻ろう」


 シルクがふわふわと飛んできて、私の腕にとまる。そして、満足げにぷくーっと体をふくらませた。壁際では、他の幻獣たちが身を寄せ合っていた。


「皆……遅くなってごめんね」


 私は皆のことをまとめて抱きしめた。




 私が皆を助けている間、ハンターの人たちはクラトスによって叩きのめされていた。

 特にボスの状態がひどい。全身が黒焦げになっている。


「えーっと……さすがにやりすぎじゃない?」

「どうせ君が治すんだ。……まあ、治した後でもう1回やるけど」


 今、さらっと怖いこと言ったね!?

 クラトス……いつも通りの様子に見えて、実はすっごく怒っているよね?

 気持ちはわかるけど。

 さて、それじゃあ、記憶を見させてもらいます!

 私はボスの人に祈った。本当は祈りたくないけどね。情報収集のために仕方ない。

 ミュリエルさんを買ったのは誰か……教えて。


 ◆ ◇ ◆


「本当にこの額でいいのか?」

「ええ。また竜がいれば、同額で買いましょう」


 男は竜の入った檻を満足げに受けとる――。


 ◆ ◇ ◆


 ハンターとやりとりをしている人の顔。はっきりと映っていた。

 嘘……。

 今見た光景に胸が苦しくなる。私はその場にしゃがみこんだ。


「エリン」

「にゃー!」

「大丈夫かよ……!」


 皆が心配そうな声を上げる。

 私はばくばくと鳴る胸を押さえていた。


「――マルセル・アベール」


 見間違いでも、勘違いでもない。

 これが真実だ。


「ミュリエルさんを買ったの……ペタルーダ教の司祭様だった」


 私を偽物呼ばわりして、王都から追放した人物……。

 過去視には、彼の顔がはっきりと映っていた。

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