7 追放の真実
施設に戻ってきた後、マーゴたちはすぐに寝てしまった。
私は、クラトス、ディルベルと談話室に集まっていた。
「ミュリエルを買ったのは、その司祭ってやつで間違いないんだな」
「うん……。私、ちゃんと見たから」
私に過去視の力があることは、ディルベルにも説明した(彼の記憶を見たことを知ると、ディルベルは怒るよりも真っ赤になって硬直していた)。
ハンターの記憶で知った情報。ミュリエルを買い付けたのは司祭様だ。
それを聞くと、2人とも難しい表情で考えこんだ。
私は紅茶をいれて、2人に配る。
ディルベルは私の対面のソファにどっかりと座っている。
クラトスはいつものように空中に浮いて、足を組む姿勢だ。
私が配ろうとしたカップが勝手に浮かび上がって、クラトスの前で浮遊する。それを優雅につかんで、クラトスは尋ねてきた。
「エリン。君に過去視の能力があることを、僕たち以外に知っている人は、いる?」
「……司祭様が」
この少しずつ真実に近付いているような感じ。覗いてはいけない深淵を覗きこんでいる感じ。
すごくドキドキする。
「それで、『その能力は人には話してはいけませんよ』って、言われた……」
「これではっきりしたね。司祭が君を偽物呼ばわりして、王都から追放した理由。彼にとっては君が邪魔だった。なぜなら、君は人の記憶を見ることができるから」
「クソ司祭には秘密があった。それを知られたくねえから、エリンを追い出したってわけだな? そして、ミュリエルを買い付けたのも、そのクソ司祭だ。野郎……幻獣を買って、どうしようってんだ」
「1つ気になってることがあるの。ミュリエルさんって、【カロドラコ】とは別の種族の竜なんだよね?」
ディルベルやハンターの記憶に映っていたのは、緋色の美しい竜だった。
「ああ。ミュリエルは【フロガルド】……火属性の竜だ」
「ミュリエルさんも、ディルベルみたいに空間転移できたりする?」
「できるぜ」
「そうなんだ……」
嫌な予感が強くなっていく。
私は意を決して言った。
「ここの展望台にある、転移ゲート……あれって、クラトスの話では『幻獣がいないと使えないもの』なんだよね?」
「うん」
「あのね……あれと同じものが、教会にもあるよ」
私の言葉に2人は大きく目を見張った。
「私が追放された時も、その装置を使って、【幻光の樹海】に飛ばされたの……」
「エリン。その装置が起動した時、その場に【フロガルド】はいた?」
「……いなかったよ」
自分で言っていて、怖くなってきた。
「クラトス。私……すごく嫌な予感がする……」
「同感だ」
ディルベルが乱暴に席を立つ。
肩をいからせながら、入り口へと向かった。
「ディルベル! どこに行くの?」
「助けに行くに決まってんだろ! ミュリエルが今、どんな扱いを受けていると思う!? 今すぐ乗りこんで、クソ司祭をぶん殴って、助け出す!」
「でも、教会の中に入るのはすごく難しいんだよ!? 結界が敷かれているから……」
「くそ! じゃあ、どうしろっていうんだよ! ミュリエルは……!」
私も立ち上がって、ディルベルのそばに寄る。
「どうしたらいいのかは、わからない……。でも、私にも一緒に考えさせて」
「エリン……」
「私もミュリエルさんを助けに行く。それに、これは私の問題でもあるから」
私を王宮から追い出したがっていたのは、ロイスダール様とミレーナだと思っていた。
でも、ちがった。
裏から糸を引いていたのは、司祭様だったんだ。
「私……もう一度、司祭様に会って、話さなくちゃならない。どうして私が追放されたのか、本当の理由をこの目で見て、知りたい」
「僕も行くよ」
クラトスは肩をすくめて、しれっと言った。
「……誰かさんの話では、僕は幻獣を助けて、悦に浸る偽善者らしいから。困っている幻獣は見過ごせない」
「お、お前……根に持ってるな……?」
2人のやりとりに、私はふふっと笑った。
そうと決まれば、さっそく支度しなくちゃね。
次の日の朝、私たちは展望台に集まっていた。
これから向かうのは王都だ。私のことを知っている人も大勢いるはず。顔を隠せるように、私はフード付きのケープ・ローブを羽織った。
スゥちゃんが頬袋をぷっくりさせて、駆け寄ってくる。私がしゃがみこむと、氷漬けの花びらを差し出してきた。
餞別かな?
「ありがとう、スゥちゃん。いい子でお留守番していてね」
氷を胸ポケットにしまって、私はスゥちゃんの頭を撫でる。
展望台にはマーゴも来ていた。
「エリン。ちゃんと戻って来るのかにゃあ……?」
「大丈夫。皆を置いて、どこかに行ったりしないよ」
私はマーゴのことも撫でた。
「そうだにゃ。ディルベルにいいものを貸してやるのにゃん」
マーゴがディルベルに向かって、何かを投げる。
それは可愛らしい猫のお面だった。
「……お面?」
「ディルベルの格好では、街には行けないのにゃん」
「「「あ……」」」
そこまで考えていませんでした……。
そうだよ。ディルベルの人化って、角と翼はそのままなんだった。これだとすぐに人外だとバレてしまう。
「そのお面には、マーゴの幻術をこめたのにゃ。身につけると、人間に化けられるにゃん」
「み……身につける? 俺がこれを?」
「何で不満げにゃ!?」
「いやあ……これはなかなか独特なデザインだぜ……。とはいえ、確かに竜の姿でも、人化でも、目立つことに変わりはねえか。仕方ねえ!」
ディルベルはお面を頭に斜めがけした。
翼と角が消えて、人間になった! これなら、街に行っても大丈夫そう。
とはいえ……。
ディルベルの見た目は、危なげな雰囲気の漂う美形なお兄様だ。そんな彼がつける、可愛い猫ちゃんのお面。この絶妙なちぐはぐ感。
これは……。笑っちゃダメだよね?
そう思ってたのに、
「何だか、マヌケになったのにゃん……」
マーゴがぼそっと言ったものだから、もう耐えきれません!
私は思わず、噴き出した。クラトスも口元を手で隠したけど、一瞬にやっとしたのが見えた。
私たちに笑われて、ディルベルは憮然としている。
「あーくそ! 竜を笑いものにするとは、てめーらいい度胸だな! いいから、行くぞ!」
ゲートに手を当てると、
「行き先――王都エヴァ」
ゲートが闇に包まれて、道を作った。
私は足を踏み出そうとした。
……だけど。体が動かない。頭の中で、あの時の光景が弾けた。
『君は僕の好みではない』
『ふふ、かわいそうにね。お姉様。ロイ様に選んでもらえなかったばっかりに』
『エリン・アズナヴェール……! 貴様は偽物の聖女だ。女神様からの加護を騙る、不信者だ』
ここで暮らしているうちに、克服できたと思っていたけど。
それでも、やっぱり怖いよ……。彼らに会うことも、真実を知ることも。こんなとこで、怖気づいてなんていられないのに。
すると、クラトスとディルベルが私を振り向いて、優しげに笑った。
私に一歩を踏み出す勇気を与えてくれるように、手を差し伸べて、
「君がそれを望むのなら。君を傷付けた連中は皆、僕が叩きつぶすよ」
「クラトス……?」
「馬鹿王子を思い切りぶん殴って、クソ司祭には地獄を見せてやろうぜ」
「……ディルベル……」
何て頼もしい2人なんだろう。
一気に気持ちが楽になって、私は笑った。
「もう。2人とも言ってることが物騒すぎるよ。私、そこまでは望んでいませんから!」
足が嘘のように軽くなって、飛びこむようにゲートへと入る。
そして、私たちは、王都エヴァへと足を踏み入れた。
◇
――王都エヴァ。
王宮の自室にて、第二王子レオルドは準備を整えていた。
(エリンを助けるために、早く【幻光の樹海】に向かわなくては!)
彼は外套をはおり、腰に剣をはく。
周囲はエリンを助けに行くことに同意しないだろう。特に教会の言いなりになっている父と母はダメだ。
救出は極秘に行わなければならない。
自分の馬を使うことは難しいので、まずは王都に行って馬を借りるところからだ。
人に顔を見られることも避けたい。
レオルドは目深にフードをかぶる。
そして、自室の窓を開け放った。
(今行くぞ、エリン!)
彼は迷わず、そこから飛び降りる。
そして、王都エヴァへと向かった。
◇
「聖女様! どちらにいらっしゃいますか!?」
「おい、聖女様はいたか!?」
「いいえ、どこにも!」
彼らの声から逃れるように、ミレーナは柱の影でうずくまっていた。
(あー、もう! 聖女ってどうしてこんなに忙しいの!? お姉さまはもっと楽そうにしていたのに)
こんなのは聞いていない。
騙された気分だ。
やれ、治せ、祈れ、ちゃんと働けだの――。
過剰労働だとミレーナは思う。そんなのを自分に課してくる彼らが間違っているのであって、ミレーナは何も悪いことをしていない。
(それに、ロイ様も、全然役に立たないし!)
彼にはもう見切りをつけた。ミレーナが彼に見限られたわけではなく、ミレーナの方から「お断り!」と突きつけてやるのだ。
(王子なんて、いらないわよ! もっと私を大事にしてくれる、運命の人を見つけてやるんだから! そうね、理想は見た目が綺麗で神秘的で、ちょっと冷たそうに見えるけど、私にだけは優しくしてくれる人……あと、魔法の扱いに長けている人がいいわ! そんな人、どこかにいないかしら!?)
そして、ミレーナは運命の人を探すために、王都エヴァへと向かう――。
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