第6章 王都エヴァ

1 現在の教会

 私を追放したのは司祭様で、彼には何かよくない秘密があるようだ。司祭様はディルベルの仲間の竜を、ハンターから買い付けていた。その秘密を探るため、私たちは教会へとやって来た。

 ペタルーダ教会は、王都エヴァの中央区に位置している。

 周辺は高い壁で囲まれている。荘厳で威圧的な外観だ。

 教会の正面は礼拝堂となっていて、そこまでは一般にも解放されている。


「エリン。あれ、なに」


 クラトスが礼拝堂の入り口を指さした。

 そこには、太陽神ペタルーダ様の像がまつられている。

 神秘的なお姿だ。

 女性のような体付きをしているが、目隠しをしていて、顔は見えないようになっている。背中からは羽が左右に2枚ずつ生えていた。

 そして、腕は4本ある。その4本の腕を広げて、まるで信者を出迎えるような……包みこむような温かさにあふれていた。


「ペタルーダ様だよ」


 すると、ディルベルとクラトスは興味深そうに像を眺めた。


「へえ……変わった姿してんだな。腕が4つあるぜ」

「うん。7神について語られている神話によると、ペタルーダ様には、羽と4本の手があるみたいなんだよね。あと、目が悪いんじゃないかっていう解釈もされてるの」

「ああ、そうか」


 クラトスがぽつりと呟く。


「今はこういう姿になっているんだ」

「え?」

「いや、何でもない。それより、大変なことになっているようだね」


 礼拝堂の入口は、市民が長蛇の列を作っていた。外にまでその列が伸びている。

 皆、困りきった顔をしている。

 怪我や病気をして、祝福を受けに訪れた人たちだ。


「今日は聖女様が訪れる日と聞いて、来たのに……」

「朝から全然、列が進まないぞ! どうなってる!」


 そっか。週に1度の聖女訪問の日だったんだね。

 聖女は普段、王宮に務めていて、週に1度だけ教会を訪れる。私の時もそうだった。私は礼拝堂に集まった人をまとめて祝福していたから、すぐ終わることが多かったけど。

 今は祝福が滞っていて、皆が困っているようだ。

 ミレーナは何しているのだろう。

 私はフードを目深にかぶって、顔を隠している。だから、周囲には気付かれていなかった。


「ねえ、私が代わりに祈ってあげちゃダメだよね」

「やめておいた方がいい。不用意に目立つことは避けたい」

「だなあ。エリンの祝福って、ピカーッ、ってなっちまうし」


 その時、家族連れが駆けこんできた。

 お父さんらしき人が女の子を抱えている。女の子は真っ赤な顔をして、ぐったりとしていた。


「お願いします! 神官様! 聖女様! 娘を診てくれませんか!」

「熱が下がらないの! 意識がなくて……助けてください!」


 彼らは礼拝堂の中に入ろうとするけど、並んでいた人たちに怒られた。


「おい! ちゃんと並べよ!」

「譲ってください! お願いします! このままでは娘が……!」

「ちょっと、割りこまないで! 私たちも朝からずっと待ってるのよ!?」


 周囲も刺すような視線を彼らに向けている。誰も譲る気はないようだ。

 家族は絶望の表情を浮かべて、列の最後に並んだ。


「……クラトス」


 私が言うと、クラトスは仕方ないという様子で頷いた。

 私は家族に声をかける。


「あの、私は神官の1人です。お話を聞かせてもらえませんか? こちらに」


 彼らを連れて、私たちは裏路地へと入った。

 お父さんもお母さんも必死な形相で、私にすがりついてくる。


「神官様! お願いします! 娘は意識をなくしていて……体もすごく熱くなっているんです!」


 お父さんの腕の中で、女の子は顔を真っ赤にしていた。

 体に力が入ってなくて、手足がだらんとしている。

 危険な状態だ。こんなの、放っておけない。


「本当は順番を待っていただかなくてはいけないのですが、お困りのようなので特例で治療します」

「本当ですか!?」

「ありがとうございます!」


 私は彼女のために祈った。

 光が女の子を包みこむ。彼女の記憶はとても温かくて、優しい光景だった。お父さんとお母さんと笑い合っている。

 仲のいい家族なんだね。……ちょっと羨ましいな。

 女の子の顔色が見る見ると良くなる。そして、彼女は目を開けた。


「パパ? ママ?」


 きょとんとした顔だ。苦しそうな様子はなくなっている。

 両親は涙を流して喜んだ。


「ああ、ああ……! よかった、本当に!」

「ありがとうございます!」


 助かってよかった。

 長居はできないので、私は彼らに背を向ける。


「あ、お待ちください! せめてお名前だけでも……!」


 その声を振り切って、立ち去った。


 ◇


 エリンたちが教会を去った後――。

 ちょうどいれちがいで、レオルドが通りかかった。

 彼は教会の様子を見て、顔をしかめる。救いを求める人たちで列ができている。こんなこと、エリンがいた頃にはなかったのに。


(やはり、エリンは優秀だったのだな……。そして、そんな彼女を追放するだなんて、教会は何を考えているんだ)


 そう考えながら、通り過ぎようとした。

 その時。


「あなたは! 先ほどの神官様ではないですか!」


 レオルドは、ある家族に呼び止められていた。

 彼は今、顔を隠すためにフードを目深にかぶっている。


「先ほどは娘を治していただいて、ありがとうございました」

「……人違いではないか?」


 レオルドがそう言うと、彼らはハッとした。


「あら? 本当だわ。声が……。さっきの方は女性だったもの」

「すみません。女性の神官様に娘を治していただいたもので、お礼を言いたかったのですが……彼女はあなたと同じように顔を隠していたので、勘違いしてしまいました」

「そうか。君、もう大丈夫なのかい?」


 レオルドは女の子に向かって、優しく声をかけた。


「うん! さっきの神官さん、すごかったんだよ! ね、パパ?」

「ああ。『ペタルーダ様の祝福を』って言っただけで、治ったんだからな」

「え?」


 彼は目を見張る。

 その言葉は、エリンが祝福の時に口にするものではないか!


「その神官の名は!? 何と言うんだ!?」

「いいえ。お名前は聞いていません。事情があるみたいで……。顔も名前もわからなかったんです」


(まさか、エリンなのか……!?)


 鼓動が激しくなる。

 短い祈りの言葉で祝福を与えられる者は、レオルドが知る限り、エリンしかいない。


「私は今、彼女の行方を捜しているところなんだ。彼女はどこに行った?」

「すみません。そこまでは……。あ、でも、神官さんの顔がわからなかったけど、彼女と一緒にいた男の人たちなら、顔がわかるわよ」

「ん……?」


 焦りの表情から一転して、レオルドはほほ笑んだ。

 彼は爽やかな笑みを口元に載せて、尋ねる。


「すまない。今、変な言葉が聞こえたようだ。もう一度、言ってくれないか?」

「彼女、ものすごい美形の男を2人も連れてたわ」

「…………」

「本当にかっこよかった……。母さんは冷たそうな美形の方が好みだったわ」

「か、母さん!?」

「あたし、猫ちゃんをつけた男前のほう」

「か、母さんと娘よ~!」


 ――にっこり。

 レオルドは爽やかな笑みを浮かべ続ける。

 そして――。


「男連れ……だと……!!?」


 目を回して、ぶっ倒れた。


「えー! ちょっと、大丈夫ですか!?」

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