11 出会いの記憶【終】


 施設までの帰り道。

 私たちは空を飛んで、向かっていた。

 騒ぎがあったから、ディルベルの転移ゲートは閉じてしまった。教会にあった転移装置もクラトスが破壊した。他に悪用する人が現れないようにってね。

 というわけで、夕闇の中を私たちはのんびりと飛んでいた。

 夕焼け色が心に染みる。いろいろと大変なことがあったから、綺麗な景色が眩しく映るよ。


「ねえ、クラトス。ありがとう」


 私は静かに言った。


「私に帰ろうって言ってくれて。私、あそこにいていいんだよね?」

「君の治癒の力は必要だ。幻獣たちを助けるためにも」


 え……それだけ?

 まあ、いいんだけどさ。

 ……あ。

 その時、私は気付いた。

 クラトスの手、血がにじんでる。そうか、あの時、マルセルの行いを許せなくて強く握りしめて、自分で傷つけちゃったんだね。


「ここ、怪我してるよ。治してもいい?」

「いいよ」

「またクラトスの記憶が見えちゃうよ? もしかしたら、クラトスの大事な秘密が見えちゃうかも」

「それはありえない」


 クラトスは冷静に言った。


「君が覗ける記憶は、治す傷の大きさに比例する。この程度の傷だと、見える記憶はほんのわずか」

「何で知ってるの? そのこと……」

「見ていたから」


 何を?

 まあ、でもクラトスの言う通りだ。

 これくらいの傷だと、見える記憶は一瞬だからね。それじゃあ、大したことはわからない。

 私はクラトスの手に掌をかざして、祈る。

 すると、小さな記憶の欠片が弾けた。


 ◆ ◇ ◆


「《ペタルーダ様の祝福を》」


 彼女が祈ると、淡い光が生まれた。その光が僕の指と、彼女の面差しを照らす。

 誰かを案じて、一心に祈る姿。

 その面持ちは、優しさと温かさにあふれていた。


 ――まるで聖母のような――。


 目が離せない。

 その一瞬で、心を奪われた――。


 ◆ ◇ ◆


「あ……」


 私は目をぱちぱちとする。

 すると、至近距離でクラトスの視線とぶつかった。

 じっと私のことを見ている。


『見ていたから』


 さっきクラトスはそう言った。

 それって、つまり? 私が祈るところを見ていた、ってこと? 今だけでなく、これまでもずっと?

 今の記憶……。あれは初めて会った頃。私がクラトスの怪我を治すために、祈った時の記憶だ。

 もしかして、この人……。初めから?

 意識すると同時に、じわじわと私の頬が熱を持つ。


「エリン?」


 目を合わせられない。

 私は慌てて顔を逸らす。

 だめだ、湯気でも出そうなほどに熱くなっている。


「ねえ……」


 私はぼそりと呟いた。


「クラトスって……私のこと、好きなの?」


 だああ、私はいったい何を聞いてるんだろう!?


「ごめん! 変なこと言った! 今のなし!」

「うん」

「……ぅえ!?」


 今のって……! あ、ちがうよね。そういう意味じゃないよね!?


「あ……『今のはなし!』って言ったことに対して?」

「君のことが好きかどうかと聞かれた。それに対してだけど」

「う……、え……? ええ……」

「おい」


 ディルベルが呆れたように声をかけてきたから、私はぎょっとした。

 わー、そういえば彼もいたんだった!

 ものすごく恥ずかしい会話をしているのを聞かれてしまった!


「うわああ、ごめん! 何か変な話、してた!」

「クラトス……お前、エリンのこと、好きなのか?」

「そう言っている」

「それっていつからだ?」

「初めから。ああ……あれが一目惚れってやつだったのか。初めての経験だ」

「ちょ、おま……何でそんなに素直なんだ!?」

「聞かれたことに対して、答えてるだけだ」

「お前……!? 偏屈で、扱いづれー奴だなって思ってたが! 聞かれたことにはちゃんと答えるってことか!?」

「その方が時間を無駄にしない」


 あー!

 そういえば、けっこうな効率屋さんでしたね、あなた!?

 思い返してみれば、今までのクラトスにもそういう傾向はあった。何か突然、恥ずかしいことを言い出す人だな!? って思っていたけど、あれも私の質問に、素直に答えていただけなのか……。


「そうだったのかよ……。何てこった。こんなに簡単に本心を聞き出す方法があったとは……。そういえば、お前って何歳だ?」

「22歳」

「何で空飛べるんだよ」

「加護を持っているから」

「何だそりゃ」

「それ以上は言えない」

「はああ? 答えてくんねえこともあんのか? じゃあ、エリンのことをどう思ってる?」

「可愛いと思ってる」

「そうやって抱き上げてるの、実は確信犯だろ」

「うん」

「エリンのこと、どれくらい好きなんだ?」

「どれくらい……? 感情を言語化するのは難しいけど、……」

「でぃ、ディルベル~!」


 私は力の限りに叫んだ。

 全身が、熱い……!

 羞恥心が死因になるなら、私はとっくに致死量を浴びている。


「お願い、もうやめて!」

「おー……真っ赤になっちまった。こういう姿を見ると、どう思う?」

「可愛い。他の男の目には触れさせたくない。閉じこめたい」

「ちょ、ちょっとおお! もうやめてってば!」


 抱きかかえているから、逃げ出せないんだけど!

 あと、私、気付いちゃった。

 さっきの祝福でクラトスの記憶を見た。私の過去視は「知りたい」と思ったことが適用される。それは無意識に考えていたことであっても。

 私は……クラトスが私のことをどう思っているのか、知りたかった?


 それって、つまり。私もクラトスのことが……?


 う、うわああ……。恥ずかしすぎて、顔から火が出そう。

 クラトスと目が合う。すると、彼は愛おしそうに目尻を下げた。初めて私が彼のために祈った時のように。すごく穏やかで、優しげな笑みが夕日に照らし出される。

 もうここは、誤魔化すために笑うしかない!

 というわけで、私も笑う。

 きっと上手に笑えなくて、照れ笑いのようになってしまっただろうけど。


「おーい! おかえりにゃ! おかえりにゃ~!」


 あ、展望台が見えてきた。

 皆がいる。マーゴが手を振っていた。帰りを待っていてくれたんだね。

 私は彼らに向かって、手を振り返した。

 空に浮いた島を包みこむように、空は蜂蜜色に染まっている。その光は、地平線の彼方まで広がっていた。


 終わり


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捨てられ聖女の幻獣保護活動 村沢黒音 @kurone629

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