4 ガーレの人知れぬ献身4

 子供たちが『チコのお家』まで案内してくれた。チコは私たちのことを警戒しているみたいで、牙を剥いて威嚇している。

 そんなチコのことを、フィリスが前抱っこで持ち上げた。


「もう、チコ! どうして、今日はそんなにこわいかおしてるの?」


 その様子を見ていて、私はあることに気付いた。

 クラトスのそばに寄って、小さな声で話しかける。


「ねえ、クラトス。私、どうしてチコが子供たちに幻術をかけたのか、わかったかもしれない。チコは、子供たちを守ろうとしているんじゃないかな?」

「そうみたいだ。なぜそうしているのかは、わからないけど」


『チコのお家』は洞穴だった。

 子供は中に入れるけど、私たちは無理だ。

 中は薄暗い。木の葉が敷き詰められて、「動物の巣」といった感じ。


「ルディウスくんと、フィリスちゃんはここで暮らしてるの?」

「そうだよ!」


 2人は元気よく答える。

 子供たちはあっけらかんとしている様子だけど、私は胸が痛くなった。

 お兄さんのルディウスは6歳くらい、フィリスは更に小さくて、4歳くらいに見える。

 幼い子供が2人、こんな場所で暮らしていけるわけがない。チコとこの子たちの関係は良好なのかもしれないけど。

 たくさんの危険や不安がある。

 今の気候は安定しているけど、もし大雨が降ったら? 寒くなったら? 猛獣に襲われたら?


 子供たちは、村に帰った方がいい。

 頭ではわかっていても、どう伝えたらいいのかわからない。

 私が頭を悩ませていると、クラトスがずばっと言った。


「こんなところで暮らすべきじゃない。君たちは村に帰るべきだ」


 いや、ド直球――!

 正論ではあるんですけどね! もうちょっと、子供相手に気配りとか……できるわけないかあ。クラトスだもん。

 子供たちはきょとんとした顔をしている。

 それよりも過敏に反応したのは、チコだった。チコはフィリスの腕から飛び降りる。低い声を上げて、威嚇した。恐ろしい唸り声だ。

 チコがこちらに飛びかかろうとした、瞬間。


 私の体がふわりと浮き上がった。

 クラトスが私の肩を抱いて、飛行している。

 あっという間に木より高く浮かんでいた。マーゴもクラトスの横を飛んでいる。

 距離が開いたから、チコの幻術がまた現れた。怪物が私たちを憎むような、恐ろしげな目で睨みつけている。


「いったん戻ろう」


 クラトスが静かにそう告げる。

 私は幻の怪物の様子が気にかかっていた。

 とても恐ろしいけれど、どこか寂しそう。そんな風に思えた。




 そして、次の日。

 私は朝食を作った。今日は卵のサンドイッチ! ゆで卵とマヨネーズをふわふわのパンで挟む。

 マーゴは、骨付き肉を焼いていた。さすが幻獣……。朝からこんな大きなお肉を食べられるなんて。

 卵サンドは、クラトスが食べてくれた。


 そして、朝食を食べながら今後の相談をする。

 チコと子供たちのことだ。チコは子供たちを守るために、彼らに幻術をかけている。でも、そのせいで子供たちは村人から化け物だと思われて、村に帰ることができない。

 このままじゃダメだ。どうにかして、子供たちを村に戻してあげたいんだけど……。


「あの【ガーレ】を、子供たちから引き離すしかない」


 クラトスは冷然と言った。


「それってどうやって?」

「【ガーレ】を別の森に連れていく」

「まあ、話を聞く限り、それしかねえだろうな」


 ディルベルも同意した。

 それはそうだろうけど……。でも、チコは子供たちを大事に思っているから、ああやって守ってると思うんだよね。

 それを無理やり引きはがすなんてことをしたら、かわいそうだ。


「ねえ。私、チコと話してみたい。無理やり引きはがしたら、子供たちも、チコも悲しい思いをすることになると思う。最終的にはお別れしなきゃいけないとしても、悲しいお別れはだめだよ。納得して離れられるといいと思う」

「【ガーレ】が説得に応じるとは思えない」


 クラトスはきっぱりと言う。やっぱりその口調は冷たい……。


「でも、私……やってみたいよ。無駄かもしれないけど、何もしないよりはいいと思う」


 私が言うと、クラトスは迷うように黙りこんだ。

 そして、仕方ないという様子で頷いた。


「効率屋のクラトスが、許可したぜ……?」

「うにゃーん……珍しいこともあるのにゃん」


 って、何で皆、驚いているの?

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