5 ガーレの人知れぬ献身5
子供たちが寝ているであろう夜に、私たちは森を訪れた。
『チコのお家』につく。すると、唸り声が響いた。洞穴から怪物が飛び出してくる。
「マーゴにお任せにゃ!」
マーゴが威勢よく言って、幻術を解除した。
怪物が消えていく。洞穴の前には、1匹の幻獣が立ちはだかっていた。チコだ。後足で立って、両手を広げて、巣を守るみたいにしている。
「チコ……急に押しかけて、ごめんね。私たちは、子供たちを傷付けるつもりはないんだ。あなたとお話がしたいの」
チコの両目は赤い。
その目にありったけの敵意をつめこんで、私を睨みつけている。
「あなたはここで、子供たちのことを守ってあげているんだよね。ルディウスくんと、フィリスちゃん……可愛くて、いい子たちだね。でも、聞いて。あの子たちは人間だから、森の中では暮らせないの」
私たちに幻術が効かないと理解したようだ。チコは四つ足になって、唸り声を上げる。直接、襲ってくるつもりなんだ。
じっくりと距離をつめてくるチコと、私は正面から向かい合った。
「村の人たちは、子供たちのことを心配しているんだよ。森の入り口に毎日、食べ物が置いてあるでしょ? あれは子供たちのために、村の人が置いている物なんだ。だから、大丈夫。村に戻っても、子供たちは安全に暮らしていける。村の人たちを信じて、子供たちを任せてくれないかな?」
私が話せば話すほど、チコの怒りは強くなる。その双眸に弾けるような激情が走った。
チコが跳び上がる。私をめがけて、襲いかかってきた!
鋭い爪が勢いよく、振り下ろされて――。
肩を引かれて私はよろめいた。
次の瞬間には、空の上にいる。
クラトスが私のことを片腕で抱きしめていた。え、昨日よりも密着度が高くない!? 背中に腕を回されて、ぎゅっと抱きこまれて……あれ、これってもしかして、庇うような体勢?
私は困惑しながら、下を見る。
チコが私たちを見上げている。その目に宿るのは、濃厚な敵意だ。
「君はよくやった。でも、これ以上は無理だ」
クラトスの言葉に、マーゴが反論する。
「諦めちゃだめにゃー! マーゴが何度だって幻術を解除してあげるから、もう一度、やるのにゃん」
「ありがとう……。でも、私の言葉じゃダメみたい」
チコは私たちを最初から、敵とみなしている。どんなに言葉を尽くしても、チコには届かない。
どうしたらいいんだろう……。
その時、私は気付いた。クラトスの手から血が出ている。
「え、血が……!?」
「大した傷じゃない」
チコの爪がかすったんだ。かすり傷ではあったけど……。
やっぱり、庇ってくれていたんだ……。申し訳なくて、心臓がきゅっとなった。
「エリンが気にする必要はないのにゃー。クラトスなら、魔法でいくらでも防御できるにゃん。その怪我だって、敢えて受けているのにゃ」
「【ガーレ】のサイズでは、防御魔法を張ったら、弾き飛ばしてしまう」
クラトスの口調は、冷たく聞こえるけど……。
(それって、チコを傷付けないために、わざと防御しなかったってことだよね……)
やっぱり、クラトスって幻獣にはとっても優しいんだね。
それを知っちゃったら、ますます申し訳ないよ。
「……ごめんね」
私はそう言って、彼のために祈った。
かすり傷だったから、見えた記憶は少しだけだ。
(…………ん?)
1つのつながった記憶ではなく、いろいろな時間軸のものが次々と切り替わった。
私の過去視は「知りたい」と思ったことが反映される。でも、今は焦っていたので、これといって「何を知りたいか」を考えていなかった。
その結果、様々な記憶がつなぎ合わさって、見えたわけだけど。
……なぜだか、やたらと私の姿が見えた。
笑顔とか、祈っている時の姿とか。
これってどういうこと? たまたまかな?
次の日、村に行くと。
ミーナが駆け寄ってきた。
「ああ、あなたたち! 聞いておくれよ。ルディウスとフィリスが戻って来たんだよ!」
その話を聞いて、私はびっくりした。
――どうして?
昨日の私の説得は、失敗に終わったはずなのに。
何があったのだろう。
子供たちはミーナが引きとることにしたようだ。2人とも無事らしい。
それはよかったけれど……。
でも……?
何だか釈然としないな、と思っていると、ミーナが続けた。
「森に出る化け物も無事に退治されたし、本当によかったよ」
彼女の言葉に私は凍りつく。
森の化け物……。それって、誰のこと?
「チコ……小さな幻獣がいませんでしたか? 子供たちと一緒じゃないんですか?」
「え? 何だい、それは?」
ミーナはきょとんとしている。
どうしよう。すごく嫌な予感がする。
「ミーナさん……。退治した化け物って?」
「村の男たちが追いつめて、殺したわ」
そんな……。それって、まさか?
マーゴは猫の姿で、私の肩に乗っている。怪訝な顔をして、森を見ていた。
「……血のニオイはしないのにゃ」
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