3 ガーレの人知れぬ献身3

 彼女の名前は、ミーナというらしい。

「よかったら、家でお茶でもどうぞ」と言われ、私たちはミーナの家に向かっていた。

 その道すがら、ミーナは話してくれた。


「少し前から、村の子供が2人、行方不明になっているの。ルディウスとフィリス……あの子たち、森に入ったみたいで、それからずっと帰ってこないのよ。その時からだわ。森にあの怪物が現れるようになったのは」


 それって、何か関係がありそう。

 私はミーナの話を真剣に聞いていた。クラトスは一見興味がなさそうにしているけど、耳を傾けてはいるようだ。


「それは……ご家族の方も心配されているでしょうね」


 私が言うと、ミーナは顔を暗くした。


「もういないのよ。あの子たちの家族は……。子供たちが森に行ったのは、両親を探すためだったの。大雨のせいで土砂崩れがあってね。子供たちの両親はそれで……。でも、子供たちはそれを信じたくなかったんでしょうね。親の行方を探すために、森に入ったんだと思うの」

「それでずっと帰ってこないんですか? それってどれくらいの期間ですか?」

「もうかれこれ、2週間は経ったかしらね。あの子たちがもし生きていたら、お腹でも空かせていたらどうしようと気になって……。ああやって毎日、食べ物を置いているの」


 ミーナがそう言った時、


「母ちゃん! また森に食べ物を持って行ったな!」


 威勢のいい声がした。民家の前に1人の青年が立っている。

 ミーナの息子さんかな? 顔が似ている。


「無駄なことはやめろって言ってるだろ! あいつらはとっくに死んだに決まってる!」

「でも、あそこに食べ物を置いておくと、次の日にはちゃんとなくなっているんだよ」

「そりゃ、あの化け物が食ってるに決まってんだろうが!」


 すると、クラトスが何かを思いついたようにその場を離れた。森の方へと戻っていく。


「ちょっと、クラトス! どこ行くの?」

「あら? お茶くらいお出ししますのに」

「用事があるので、これで」


 クラトスは振り返りもせずに、そっけなく言った。

 こ、この男は……。

 私はミーナに頭を下げる。


「ごめんなさい。お話を聞かせてもらえて、助かりました」

「こちらこそ、ごめんなさいね。お引き止めしちゃって」


 私はもう一度、頭を下げてからクラトスを追いかけた。


「ねえ、クラトス! どこに行くの?」

「真相がわかった」

「え、もう?」

「さっき森で見た生き物。あれの正体は、行方不明になっている子供たちだ」

「え、どういうこと!? さっき見た時は、怪物みたいな見た目だったよね」

「あれは幻術だ。ただの幻なんだ。だから、村人に怪我人は出ていなかった」

「子供たちは魔法使いか何かなの?」

「幻術を使えるのは、一部の幻獣だけだ。この森に幻獣が住んでいる。その幻獣が子供たちに術をかけて、あんな姿に見せている」

「じゃあ、その幻術を解いてあげればいいってこと? クラトスの魔法で解けるの?」

「できない。人間が使う魔法では、実現できないことがある。それを7大現象といって……」

「ん?」


 私はびっくりして、声を上げていた。


「クラトスって人間だったの!?」


 クラトスが立ち止まって、私を振り返る。

 あ……ものすごく呆れたように目を細めている。


「……君。僕のこと、何だと思ってた?」

「え? ええーっと……」


 すみません、今の、とっても失礼でしたね……。

 私は苦笑いで誤魔化した。


「あ、それより! クラトスに幻術が解けないのなら、どうするの?」

「だから、一度戻って、それができる者を連れてくる」


 ん? それって誰のこと?




 そうして、呼ばれたのはマーゴだった。

 マーゴはクラトスの説明を聞くと、したり顔で頷いている。両手を組んで、何だか偉そうな感じだ。


「ほうほう。それで、マーゴの力を借りたいというわけだにゃん。いいのにゃん。見せてやるにゃ、マーゴの幻術を!」


 マーゴはその場でくるりと一回転した。

 次の瞬間、そこには美少女が現れた。

 オレンジ色の髪を長く伸ばしている。頭には猫耳が生えていた。目はつり目。どことなく、気まぐれでいたずらっ子のような顔立ちをしている。

 マーゴって女の子だったんだ!


「可愛い! すっごく可愛い~!」

「えっへんなのにゃん」

「これが幻術だ。ディルベルがしている人化とはちがう」

「つまり、ディルベルは実際に姿を変えていて、マーゴがしているのは幻ってこと?」

「そう」


 クラトスは冷静に頷いて、マーゴと向き合った。


「マーゴ。幻獣の使う、幻術を解きたいんだ。手伝って」

「任せろだにゃん」


 私たちはもう一度、森の中に入った。

 しばらく行くと、また唸り声が聞こえる。

 あの怪物だ! またこちらに襲いかかってこようとしている。

 ――その直前で。

 マーゴが腕を振るった。ぽんっ! 次の瞬間、怪物の姿は消滅していく。

 その場に2人の子供が現れた。

 きょとんとした顔で私たちを見ている。そして、びっくりして2人で抱き合った。


「だ、誰!? どっから現れた!?」

「おにいちゃん……。久しぶりに他の人、見たね」


 女の子の方はまだ幼い。たどたどしい口調で告げる。

 私は2人に向かって笑いかける。


「驚かせてごめんね。もしかして、ルディウスくんと、フィリスちゃんかな」

「そう、だけど……」


 ルディウスは妹を守るようにして、言った。

 一方で、フィリスは人懐こく話しかけてくる。


「おねえちゃん、どこから来たの? 今、フィーの目の前に、パって現れたよ?」

「え?」


 おかしいな。ずっと目の前にいたはずなのに。

 この子たちからも、他の人間が認識できなくなってるのかな。

 私は子供たちの様子を観察する。2週間前にいなくなったと聞いていた通り、服が汚れて、すりきれている。でも、顔色はいいみたいだ。健康状態には問題がなさそう。


「ルディウスくんと、フィリスちゃんは、今までどこにいたの?」


 2人は顔を見合わせる。

 フィリスが答えてくれた。


「チコのお家だよ!」


 その時、草むらから白い影が飛び出してきた。

 小柄の生き物だ。四足歩行で、白くて、ふわふわしている。

 そのコは兄妹を守るように立ちはだかった。

 ――次の瞬間、兄妹たちの姿が消えて、さっき見た恐ろしい怪物に変わる。

 すると、対抗するようにマーゴが術を行使した。

 ぽんっ! また幻術が解除される。

 怪物は消えて、ルディウスとフィリスの姿に戻った。

 2人は驚いたように、目をぱちぱちとしている。


「おねえちゃん……? 今また、おねえちゃんたちが消えちゃったよ……?」


 あ、そっか。幻術がかかると、兄妹からは私たちの姿は認識できなくなるんだ!

 そして、私たちからは兄妹の姿が怪物のように見える。

 ということは、この白い生き物が幻術をかけている幻獣?


「おねえちゃん、紹介するね! この子はチコだよ」


 フィリスがそのコを指さした。

 あ、可愛い!

 姿はオコジョに似ている。耳が丸くて、胴体は長い。全身は純白のふわふわ毛に覆われている。

 普通のオコジョとちがうのは、尻尾が2つ生えていることだ。

 背後でくるんとカーブを描いて、2つの尻尾が交差していた。


「――【ガーレ】だ」


 クラトスがその幻獣の名を告げた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る