2 ガーレの人知れぬ献身2
私はクラトスと2人で、ゲートをくぐった。ディルベルはお留守番みたいだ。
今は春の気候で、温かな風が吹き抜ける。その風がのどかな草原と、森を駆け抜けていった。
私たちが降り立ったのは、森のそばだった。近くには村が見える。
王都エヴァとは、全然ちがう風景だ。自然が多くて、のんびりとした情景である。
「それでまずは、どうするの?」
「聞きこみからだ。幻獣の姿や、襲われた時の状況を知りたい」
「依頼があったんだよね? その依頼人に会うってこと?」
「特定の依頼人ということなら、いない」
「ん?」
それってどういうこと?
それじゃあお願いしてきたのは、誰なの?
「敢えて言うなら、この村にいる人が全員依頼人だ」
「んん……?」
ますます意味がわからない。
けど、とりあえず、誰か個人がいるわけじゃなくて、村人1人1人から話を聞いてみるしかないってことね。
こういう村って、閉鎖的なイメージがあるから、余所者に冷たいんじゃないかな。
話を聞くのも大変そうだ。
……と、思っていたんですけど。
情報はあっさりと集まった。
「まあ、お兄さん! どこからいらしたの?」
「よければうちに寄って行って!」
「ほら、これ食べんしゃい」
はい、情報収集の手段は『クラトスの顔』です!
『超美形』の顔面があれば、向こうの方から情報がやって来るのです!
何てお手軽なんだ。
村に入った途端、クラトスは周囲から俄然注目を集めた。特に女性は(年配の方も、ちっちゃな子供も)目をキラキラさせて寄ってくる。
様々な誘い文句を華麗に受け流して、クラトスは森に現れる幻獣のことを聞いていた。
まあ、そんなわけで。
クラトスの顔につられて、集まった情報を整理すると、以下のような感じだ。
その幻獣は、森の中に住んでいる。森に入った村人が何人か襲われた。
幻獣の姿はこんな感じらしい。
大きな怪物のような姿。2本の角が生えている。背中が盛り上がっていて、ざくざくとしていて、不格好で不気味だ。顔付きは凶暴で、口腔からは恐ろしい牙が覗いている。
「そんな姿の幻獣って存在するの?」
「わからない。僕もこの世界にいるすべての幻獣を把握しているわけではないから」
クラトスは考えこむようにしている。何か気になることでもあったのかな。
「クラトス? どうかしたの?」
「妙だ。村人たちはその幻獣がいかに恐ろしい姿をしているかについては、雄弁に語る。だけど、実際に幻獣に傷付けられたという人は、1人もいなかった」
「それって、襲われたって言っているのは、皆の勘違いってこと?」
「襲っては来るらしい。唸り声を上げて、飛びかかってくる。でも、奇跡的に逃げ出せたから、無事だったって言ってる」
「それって、その子は人に危害を加えるつもりはないってこと? 森から人を追い払おうとしてるとか?」
「ひとまず、その森に行ってみよう」
私たちは森へと歩き出した。村のすぐそばにある。
森の中に入ると、木漏れ日が降り注いだ。
雰囲気がのんびりとしていて、温かな感じだ。いかにも小鳥とかリスとかが似合いそうな森だった。
とにかくこんな平和そうな森に、恐ろしい生き物が住み着いているとは思えないけど。
しばらく進むと、クラトスが私の前に腕を出す。庇うような立ち位置についた。
唸り声だ!
草むらの中から、怪物が現れた。
わ、話に聞いていた通り! 想像の3倍ほど、恐ろしい見た目だった。
怪物が身をかがめる。これは飛びかかる時の予備動作! 次の瞬間、怪物は私たちに襲いかかってきた。
クラトスが私の肩を抱く。たん、と地面を蹴り上げた。ふわりとした浮遊感。私の体も浮かび上がっていた。
飛んでる……!
前に一度、クラトスは私を持ち上げようとして失敗していた。その時は体調不良でうまくいかなかっただけで、普段通りなら、こうして私ごと飛べるみたいだ。
私たちはあっという間に、木を超える高さまで浮遊していた。
クラトスが険しい眼差しで、下を観察している。怪物は身を翻して、森の奥へと行ってしまった。
怪物がいなくなったのを確認して、クラトスは私を地面に下ろした。
「今の幻獣、やっぱり、森から私たちを追い払おうとしてるんじゃない?」
「あれは幻獣じゃない」
「え!? じゃあ、何なの?」
「それは……」
その時、足音が聞こえた。
クラトスが私の前に立って、庇うようにする。しかし、すぐに警戒を解いた。
やって来たのは村人だった。
「あら、あなたたちは……。さっき村に来ていましたね。村の者たちが大騒ぎしていましたよ」
ほがらかな雰囲気のおばさんだ。にこにこと細めた目が感じがいい。
私はぺこりと頭を下げて、挨拶した。
「この森に幻獣が出て、人を襲ってると聞いたもので。私たち、調べに来たんです」
「まあ。そうだったのですね」
おばさんはカゴを持っている。その中にはパンや果物が入っていた。
おばさんはそれを木の根元に置く。両手を合わせて、祈り始めた。
お祈りが終わってから、こちらに向かってほほ笑む。
「その話だけどねえ。私は、あの幻獣は悪い子じゃない気がしてるんだよ。私も毎日ここに通っていて、その姿を見かけたことはあるけど、傷つけられたことは一度もないのよ」
「そうなんですか。あの、ところでそのカゴは?」
「これですか? これはあの子たちが、お腹を空かせないように」
おばさんは優しそうな顔で、にっこりと笑った。
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