捨てられ聖女の幻獣保護活動

村沢黒音

第1部

第1章 幻獣の保護施設

1 好みじゃないからと追放されました


「エリン。君に話があるんだ」


 その日、私は第一王子ロイスダール様に呼び出されていた。


「母が聖女と婚約するようにと言っているんだ」


 彼は言いづらそうに切り出した。

 私は息を呑む。聖女――それはこの国には1人しかいない。私のことだ。


「え、それって……」


 この真剣そうな表情。適度な緊張感。

 それってつまり、そういうこと?

 私がびっくりしていると、彼はこう続けた。


「だが、僕は君とは婚約したくないんだ」

「……へっ?」

「なぜなら、君は僕の好みではないからだ」

「はぁ……」

「僕が好きなのは、君の妹のような愛らしい女性なんだ」


 そうですか、としか言いようがないんだけど……。

 確かに妹のミレーナは、私から見ても可愛いと思う。さらさらの銀髪に大きな碧眼。なぜか男子の目を見つめる時だけ、うるうるとする便利な機能付きだ。

 ミレーナに比べれば、私の容姿は地味な方だ。髪は長く伸ばすのを禁止されていたから、肩口で切りそろえられている。

 ロイスダール様が、私よりもミレーナを好きになっても「やっぱりね」って感想しか浮かばない。


「だから、君とは婚約できない。すまない」


 彼は申し訳なさそうに言った。

 え、何で私の方がフラれた感じになってるの?

 私、別にロイスダール様のことは何とも思ってませんけど。


「しかし、それでは母は納得しないだろう」


 ロイスダール様の母は、側室だ。

 だから、ロイスダール様の王位継承権を高めるために、聖女と婚約させたいのだろう。

 この国において、ペタルーダ教の権威は強いから。


「そこで僕は考えた」

「何をですか?」

「君の代わりに、妹――ミレーナの方を聖女にすればいいのだと」

「は、はい……!?」


 いきなり何を言い出すのだろうか、この人は。

 私は太陽神ペタルーダ様に祈ることで、傷や病気を治療することができる。私が神様から受けた加護は卓越したものであるらしい。

 普通の神官であれば、治療するのに膨大な力を使う。1人を治すのに10秒以上の祈りが必要だし、1日に数人の祝福で疲れてしまう。


 私の場合は祝福をかける時、たった一言の祈りで十分だし、あまり体力を使わないで済むのか、1日に100人に祝福を与えても平気でいられた。

 この国は、太陽神ペタルーダ様の加護と共に歩んできた。『神の祝福』――それは誰でも使えるものではなく、神様に選ばれた人だけが授かれる能力だ。その能力を持つ人は神官になって、教会に仕えることになっている。

 そして、神官の中でも、もっとも優れた力を持つ人が【聖女】という立場につく。

 聖女になると、職場が教会から王宮に変わる。

 王宮お抱えの治療師のような扱いになるのだ。国の祭事でお祈りをするのも聖女の役目だ。


 私がロイスダール様の好みじゃなかったから、聖女を交代しようだなんて。

 そんなとんでもない理屈が、まかり通るとは思えない。


「そんな……無茶ですよ。教会だって納得しないはずです」

「司祭の許可はすでにとってある」

「え……?」


 その時、2人の人物がやって来た。

 片方は私の妹、ミレーナ。彼女は勝ち誇った顔でロイスダール様の下に向かう。2人は親密そうな様子で腕を組んだ。

 そして、もう1人は司祭様だった。

 助かったと思った。私によくしてくれていた人だし、この中では一番の常識人だ。だから、ロイスダール様の暴走も止めてくれるはず。


「司祭様。私の代わりに、ミレーナを聖女にするって……。そんな話、嘘ですよね?」


 私は期待をこめて、司祭様を見つめた。

 しかし、返ってきた視線は、やたらと冷たいものだった。


「私に話しかけるでない。この穢らわしい悪女め!」


 私はひたすら呆気にとられていた。司祭様、どうしちゃったの……?


「エリン・アズナヴェール! 貴様は偽物の聖女だ。女神様からの加護を騙る、不信者だ」

「どういうことですか……」

「貴様が起こしていた奇跡は、すべてまやかしだった。本来、他の神官に与えられるはずだった加護を横取りして、それを不当に使っていたのだ。何と罰当たりなことか!」


 嘘……。まさか、司祭様までロイスダール様に言いくるめられて?

 全身から血の気が引いていく。ようやく事の重大さを認識することができた。

 そんな私の様子を見て、ミレーナがくすくすと笑っている。

 司祭様は冷たい声で告げる。


「殿下。このような不信者を置いていては、王都に穢れをもたらします。この女は即刻、追放するべきです」

「司祭が言うのなら、そうする他ないだろう。お前たち、この女を連れて行け」


 兵士たちが私をはがいじめにする。

 ミレーナとすれちがう時、彼女は楽しそうに笑った。


「ふふ、かわいそうにね。お姉様。ロイ様に選んでもらえなかったばっかりに」


 ロイスダール様が呟くのも聞こえた。


「ああ、よかった。あんな女と婚約せずに済んで。それにこれで、母上に言われた通り、『聖女』と婚約することができる。僕の地位も安泰だ」


 私は兵士たちに連れられて、転移装置の上に。

 弁明する機会も与えられず。

 そのまま転移! あっという間の転移! なんてお手軽!

 気が付いたら、薄気味悪い森の中に、ぽいっと捨てられていた。

 本当に待ってほしい。元聖女の不法投棄、反対~……。




 ――という、経緯がありまして。

 どう見ても、人が足を踏み入れていい場所に見えない地に、私は降り立っていた。


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