6 傷付いた幻獣と、傷付いた人

「治してほしいのはこの子たちだ。君の力で……」


 クラトスが言い切る前に、私は指を組んで、祈りを捧げるポーズをとる。


「《ペタルーダ様の祝福を》」


 光が幻獣たちに降り注ぐ。

 同時に、いろいろな光景が頭に流れこんできた。


 ◆ ◇ ◆


 ハンターに捕まった幻獣たち……。

 檻に閉じこめられている。幻獣たちはどんどんと衰弱していく。

 彼らの心にあるのは、恐怖――。


 ◆ ◇ ◆


 さっき治療した《フルーツどり》たちと同じ。

 人間に傷付けられたんだ。この子たちの恐怖が、心に直で流れこんできた。

 その感情に同調して、私は胸が苦しくなった。


「ごめんね……。怖かったよね」


 私は一番近くにいた幻獣に声をかけた。リスのような姿をしている。その子はホッとしたような顔を見せて、目をつぶった。疲れていたらしく、寝てしまった。

 クラトスがベッドを回って、幻獣たちを確認する。


「治っている。一度にこんなに多くに祝福をかけられるなんて……」

「すげえ……何て力だ。これだけ、ずば抜けた神からの加護はとんでもねえぞ?」


 ディルベルも感心したように告げる。

 そして、宙を浮遊して、私の眼前にまで迫ってきた。あ、この子の目って不思議だ。眼窩には赤い光が宿っていて、それが目のように見える感じ。


「すげえじゃねえか、あんた。本当に聖女なんだな」

「へへ……。ありがとう。そうやって、誰かに褒めてもらえたの、久しぶりかも」


 私は照れくさくなって、誤魔化すように笑った。

 教会にいた時は毎日、お祈りばかりしていたけど……私の祈りって、本当にすぐ終わっちゃうんだよね。その上、一度に複数人に祝福して、それが終わったら司祭様に連れられて、すぐにその場を離れていたから。私が直接、お礼を言われたり、褒められたりすることはなかった。


 だから、こうやって褒められると、どう反応したらいいかわからなくて、へらへらとしちゃう。……こういう態度がミレーナに、「お姉さまって気持ち悪~い」と言われていた原因なんだろうな。


「なあ、嬢ちゃん。よかったら、俺のことも治療してくれねえか?」

「え? ディルベル……さんも、どこか怪我しているの?」

「見てわかんねえか!? こんな頭だけの生き物がいるわけねえだろ?」


 いや、そんなこと言われても。

 そもそも骨が喋っている時点で……。

 私が困惑していると、どこからか他の骨が飛翔してきた。あ、体の別部位だ! 頭だけじゃなかったんだ。

 骨たちがつながると、竜の体が出来上がる。けど、骨同士はくっついていないから、すぐにばらばらと崩れ落ちた。


「俺たち【カロドラコ】は、体がバラバラになっても死にはしねえんだがな。こうやって元通りにくっつくまで、時間がかかるんだよ」

「なるほど。わかった。やってみるね」


 ディルベルをベッドに横たえて、骨たちを正しい形でつなげてもらう。


 そして、私は祈りを捧げた。


「《ペタルーダ様の祝福を》」


 ◆ ◇ ◆


 衝撃が俺の体を吹き飛ばした。

 くそ! 今度は胴体が吹っ飛んだ。

 その様子に周りにいた人間たちが、どっと盛り上がる。


「すげえな! この骨! 本当に生き物かよ! どんどんバラバラになるぞ!」


 俺の体は、すっかり奴らのおもちゃ代わりだ。

 くそっ……くそ!

 体はバラバラだ。

 残ったのは頭だけ。

 眼前に男がしゃがみこんで、俺を見下ろしていた。


「それで? やるのか?」


 男は威圧的な態度で告げる。

 誰がてめえらなんかの指図を受けるか!


「やるわけがねえだろ」


 俺が答えると、奴はほくそ笑んだ。


「そんなことを言っていいのか? これを見ても?」


 男はそう言って、後ろの手下たちに合図をする。

 すると、男たちは箱のような物を持ってきた。布がかけられていて、中身が見えない。

 男が布を引き下ろす。その中に入っていたのは――。


 ◆ ◇ ◆


 ハッとして、私は我に返る。

 今の光景……。

 ディルベルが男たちに囲まれていた。それで、何かの話をしていた。

 何を話していたのかはわからないけど、彼もまた、人間に傷付けられたんだ。

 その様子に私は心を痛めた。


 ――私には不思議な力がある。


 治療した時に、その人の記憶を覗くことができるのだ。見える光景は、私が「知りたい」と思ったものであることが多い。

 それは私が無意識に思っていたことであっても適用される。

 今の私は、「ディルベルがどうしてこんな姿になったのか知りたい」と、ぼんやりと考えていた。だから、その時の光景が見えたみたい。


「おお、くっついてる!」


 ディルベルが歓声を上げる。

 空中に彼の体は浮かび上がっていた。大きさは子犬ほど。翼だけが骨じゃなくて、羽のような黒い光が浮かび上がっている。


「ありがとな! そういえば、まだ名前を聞いてなかったな」

「エリン・アズナヴェールだよ。ちゃんと治せたみたいでよかった」

「エリン! あんたは本当にすごいな! こりゃ、人嫌いのアイツも、あんたのことだけは一目置くだろうな。なあ、クラトス? おい……クラトス?」


 ディルベルはよほど嬉しかったのか、飛び回りながら騒ぐ。

 返事はなかった。

 クラトスは壁に寄りかかって、下を向いている。髪が目元にかかっていて、どんな表情を浮かべているのかわからない。

 何か考え事?


「おい……。クラトス!」


 ディルベルが再三、名前を呼ぶと、クラトスは鬱陶しそうに顔を上げた。

 私を見ている。というか、睨みつけている。何か目付きが悪いし。

 じとりと睨まれて、むっ。

 それがお礼を言う態度なのでしょうか。私はあなたの要求を受けて、幻獣たちをちゃんと治療してあげたと思うんだけどなあ?


「そこの君。もう帰ってもいいよ」


 しかもしかも!

 あまりに冷たすぎるこの言いよう! ひどすぎるっ!

 元聖女をまたポイ捨てしようとしてます?


「ディル。その子を外に送って」


 そっけなく言い放って、クラトスは背中を向ける。

 部屋を出て行こうとしたみたいだけど……。

 あれ? クラトスさん……? そっちは、扉じゃなくて壁……。

 私がそう思った直後、クラトスは派手に額をぶつけた。

 何だか、どんくさくない、この人!?


「クラトス……? 何やってる?」


 ディルベルも呆れたように言う。

 クラトスはぶつけた額を押さえて、下を向いている。


「……ああ……もう……」


 毒づいてから、彼は扉を開いて部屋を後にした。

 その瞬間、ディルベルが何かに気付いたみたいで、


「クラトス……。お前、まさか? おい、エリン! あいつを捕まえろ!」

「は……はい?」


 私は怪訝に思いながら、廊下に出る。

 クラトスがふわりと飛び立ったところだった。

 その時、私も気付いた。

 飛び方が安定していない。初めて見た時は、もっとちゃんと飛んでいた気がするのに。

 そういえば、さっきクラトスは私を持ち上げようとして、ふらついて、つらそうに頭を押さえていた。


 あれってもしかして、「私が重かったから」とかじゃなくて……?

 そして、あの人はさっきから左手を頑なに使おうとしない。

 嫌な予感が私の中で持ち上がった。

 考えるより先に、体が動く。


「あの、クラトスさん!」


 私は廊下を走った。

 ふらふらと飛んでいるクラトスに追いつくと、


「待って!」


 服の裾を捕まえる。あっさりと体勢が崩れた。

 飛行能力が解除されたらしく、私がこめた力以上に、ぐんと下に引っ張られる。

 そして、彼は落下した。


「わー! 大丈夫!?」


 転ばせるつもりじゃなかったのに、結果的にそうなったので、私は焦る。

 クラトスは床にうつ伏せになる姿勢で、倒れこんだ。

 その際、ローブに隠れていた両手が外気にさらされる。

 その手を見て、私はハッと息を呑む。

 そうか、この人は。

 態度が悪いのも、ふらついていたのも。私を睨んでいたように見えたのも、本当はこれを我慢していたからなんだ。


「クラトスさん……」


 私は彼の前へと回りこんで、しゃがむ。

 クラトスは顔をしかめている。その額にはうっすらと汗がにじんでいた。

 それは、『苦痛に耐えている表情』だ。

 ディルベルが飛んできて、私の隣におすわりした。


「クラトス。お前は、どうしてこう無茶をする……?」


 クラトスの左手は、指が3本、青黒く変色して、腫れ上がっていた。

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