5 喋る骨(※頭だけ)

 クラトスは急いでいるのか、森の中を進んでいく。

 私はその背中を追いかけるので、せいいっぱいだった。その間、少しでも情報を得ようと、いろいろと話しかけた。


「ねえ、あなたはどうしてこんなところにいるの?」「ここに住んでいるの?」「さっき、ハンターの人に何をしたの?」


 でも、クラトスから返ってきたのは沈黙。

 完全な無視だった。

 代わりに、何か奇妙な音が彼から聞こえてきた。パキ……ポキ……とか。何の音かはわからない。

 謎だ。本当に何なの、この人。

 私の周りを《フルーツどり》たちがふわふわと飛んでいる。特に《ライムどり》は私に懐いているようで、くるくると周りながら私のそばから離れない。


 不意にクラトスが立ち止まった。

 何もない場所のように見えるけど?

 彼が手をかざすと、その場に闇が生まれる。それは扉のような形へと広がった。

 私はクラトスのそばへと寄る。そこで気付いた。

 《フルーツどり》たちが止まっている。『ここから先へは行けない』とばかりに、その場でふよふよと浮かんでいた。


「あれ……? 来ないの?」


 私が声をかけると、クラトスも振り返る。

 そして、


「――おいで」


 と手を伸ばした。

 さっきの氷点下の声からは考えられないほどに、優しい声音だった。

 《ライムどり》が1匹だけ、群れから離れて、ふわふわとやって来る。クラトスの掌の中にすっぽりと収まった。

 温かな声で、クラトスは告げる。


「この森には、他にハンターの気配はないけど。またいつ、やって来るかわからない。次は捕まらないように気を付けるんだよ」

「……きゅ」


 そこで私は気付いた。これってお別れの挨拶?


「え、ここでお別れするの!? この子たちだけで大丈夫?」

「【カルポロス】はこの森が住処なんだ。幻獣は自分たちの住処で生きるのが一番いい」


 打って変わって冷めた態度で、クラトスは告げる。

 え……変わり身、早……。さっきまでの優しい態度は何だったのか。その優しさの100分の1でいいから、私にも優しく接してくれればいいのに。


「でも……」

「あのハンターのことなら心配いらない。数日は目を覚まさない。明日になったら、街の憲兵に突き出す」

「それまであの男の人は森に放置するの?」

「あの人間がどうなろうと、知ったことじゃない」


 ことさら冷たい声で言って、クラトスは私の腕をつかんだ。

 闇で作られた扉の中に、足を踏み入れようとしている。

 待って、待って! 私、まだお別れできてないから!


「《ライムどり》ちゃん! 気を付けてね! あと……」


 私が言い終わる前に、クラトスは私を引っ張って、闇の中に身を投げた。

 ちょっとおお! この男! 幻獣には優しいくせに、私には容赦がないな!?


「また会おうね!」


 最後にそれだけを言って、手を振る。

 私の言葉に応えるように《ライムどり》はその場でくるくると回っていた。

 闇の扉をくぐると、周囲の景色がぐにゃりと歪んだ。

 あ、この感じ。私が追放された時と同じだ。空間転移!


 酔いそうなほどに景色がよじれて、別のものへと変化していく。

 気が付くと私は室内にいた。丸い部屋だ。四方はガラスで囲われていて、その向こうには夜空が広がっていた。


「ここ、どこ?」

「時間がない。診療室はこの下だ」


 素っ気なく告げて、クラトスは窓際へと私を連れていく。外の景色が見えると、ここが展望台のような場所であることに気付いた。

 窓の一部がドアになっていて、外へと出れるみたい。

 そのドアをクラトスが開け放った。

 勢いよく風が吹きつけてくる。

 うわあ、高い……。下を覗きこんで、足がすくんだ。


 眼下には背の低い建物が見える。上から見るとドーナツのような構造をしている。中央にあるのが、この塔。それをぐるりと囲って、白い建物がある。

 これって、何の施設なんだろう……?

 私が呑気に考えていた、その時。


「君を持ち上げるのは無理だけど」

「ん?」


 突然、クラトスが空へと飛び降りた。

 私の手をつないだまま。

 ふわりとした浮遊感。

 ――のちに、


「ひ……わきゃああ!」


 闇の中を、落ちる、落ちる!

 どんどんと近付く地面に、私は心臓も胃もきゅっとなって、叫ぶことしかできなかった。

 地面と衝突する寸前、クラトスが私の手をぎゅっと握る。

 ふわり。浮かび上がって、着地。私は腰を抜かして、座りこんだ。

 こ……怖かったあ。

 ほとんど落ちてたよ! ふわっ、て浮かべてくれたのは、最後の一瞬だけだった!


「降りるならせめて一言……! 一言教えてよ!」

「黙って。君の声は頭に響く」


 冷えきった声が返ってきた。しかも、私の手をぐいぐいと引っ張っていく。あ、またあのふわっとした感覚。私の体は簡単に浮かび上がって、地面を歩かされた。

 何て横暴なんだ、この人。

 上から見えたドーナツ型の建物に、クラトスは入っていく。

 その瞬間、


「クラトス! やっと戻って来たか!」


 声が降ってきた。


「あいつらまずいぞ! ほとんど魔力が消えて、死にかけ……ん?」


 私は固まっていた。

 だって、喋ってる。動いている。

 ……骨が。

 私たちに向かって、勢いよくまくしたてていたのは、骨だった。それも頭しかない。竜の頭蓋骨みたいな形をしている。大きさは私の拳くらいだ。それが宙に浮かんで、口がパクパクと動いて、喋っている。

 私はわなわなと震えながら、骨さんを指さす。


「しゃ、喋ってるぅ~!?」


 一方で、骨さんも驚愕したように口を大きく開けた。


「お、女!? クラトスが人間の女を連れてきた~!?」

「何で喋ってるの!? どうして、頭しかないの!?」

「おい、クラトス! お前、どうかしちまったのか!? 人嫌いのお前が何で!?」

「うるさい……ほんとうに……。頭にひびく……」


 クラトスは心底嫌そうに言ってから、私を連れて、歩き出した。


「ディルベル、説明は後でする。それより今は、あの子たちを助ける」


 骨さんの名前はディルベルというらしい。

 彼はクラトスの前に飛び出して、後ろ向きのまま飛行を続ける。


「助けるってどうやってだよ?」

「この子は聖女だ」

「何だと!? お前……とうとう幻獣のために、聖女までさらってきちまったのか!?」

「ちがう。森で拾った」

「拾った~ぁ!?」


 ディルベルさん、驚きすぎて声が裏返っている。

 確かに、王子と妹にポイ捨てされた元聖女ですけど……。


「お前、今日、俺がゲートを通したのは【幻光の樹海】だぞ!? あんな場所に聖女が落ちてるわけがねえだろ!? もがっ……もがもごもご……」


 クラトスは容赦なく、ディルベルの頭を握った。拳大の骨なので、掌で覆えてしまうのである。それで口を開けなくなって、ディルベルはもごもご状態だ。

 そこで私は「あれ?」と気付いた。

 クラトスはディルベルを黙らせるために、握っていた私の手を離したのである。ディルベルは彼の左側に浮かんでいた。それなのに、わざわざ右手を前へと持って来て、ディルベルを黙らせた。普通、こういう時って、自由に動く左手の方を使うよね?


 クラトスはディルベルを放すと、また私の手を握る。……右手で。

 そういえば、この人、さっきから右手しか使っていない。左手はローブの中に隠れていて、一度も見えていない。

 うーん……何だか違和感。しかし、それを深く考える前に、クラトスは扉を開いた。


 そこは診療室だった。ベッドが両壁に沿って並んでいる。

 中の様子を見て、私は息を呑む。

 ベッドに横たわっているのは、小型の幻獣たちだ。皆、苦しそうな顔をしている。

 私はクラトスの手を振り切って、ベッドへと近寄った。

 弱っている幻獣は、全部で10匹いた。

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