4 人嫌いの魔法使い
「命が惜しいのなら、【カルポロス】たちを解放しろ」
静かな声が怒気を孕んで、辺りの空気を揺らす。
その人影はゆっくりと降下して、私と男の横手に浮かんだ。
男の人だった。息を呑むほどに、美しかった。
その人が存在するだけで、不気味だった森が途端に、神聖で清らかに見えてくるほど。
年齢は20代前半くらい。金髪に青い目の青年だ。
月明かりを浴びて、その人の繊細な目鼻立ちに陰影を作る。それが憂いのような色をかもし出していて、うっとりするくらいに、儚げで神秘的だ。
その人は宙に浮かんでいた。
何これ、魔法なの? こんな魔法、見たことも聞いたこともないけど。
男はぎょっとして、後ずさった。
「な、何だてめえ! 何で浮いてやがる……!?」
「警告は一度だけだ。彼らを解放しないなら……お前を潰す」
ひえっ……!
彼の表情を見上げて、私はひるんだ。
この人の目、闘気とか、怒気とか……とにかく強い感情にまみれて、ギラギラしてる。
全身がすくみ上ったのは、ハンターの男も同じだったようだ。しかし、硬直した私とは裏腹に、彼は恐怖のあまり、恐慌状態に陥ってしまったらしい。
「なっ……あ……っ、ふざけんな、てめえええ!」
男はやぶれかぶれになって、棒を振り回す。
先端から光る鞭が伸び、辺りの木々を次々となぎ倒した!
ひえ~、ハンターの人、すっかり大パニックになっているよ。唖然としていると、その鞭が《フルーツどり》たちをかすめそうになった。
危ない……!
私が息を呑むと同時に、《飛行男(名前がわからないので、私が命名)》が静かに腕を振った。
次の瞬間。
見えない何かに鞭が弾かれた。大きくしなって、《ハンター男》の下に舞い戻る。それがぐるぐると彼の体に巻き付いた。ばちっ、と痛そうな音が響く。男は「ぐえ……っ」と声を上げて倒れる。白目を剥いて、意識を失っていた。
え? この人、今、何したんだろう? 間近で見ていたのに、何もわからなかった。
私は間抜けなことに、目も口も真ん丸にして、奇妙な《飛行男》の姿を見上げていた。
彼がおもむろに私を見る。
目が合って、「ひ……っ」と声が漏れそうになった。
だって、怖いんだもん。別に険しい顔をしているわけでもないけれど、冷然とした眼差しだ。人に向ける温度ではない。嫌悪だけでなく、軽蔑とか、あらゆる負の感情をつめこんで、凍らせたような目付きだ。
ものすごく綺麗な人だけど、それ以上にものすごく怖い人……。
「お前も、その子を連れ去る気か」
私は目を瞬かせてから、ハッとした。
もしかして、私も『幻獣さらい』と勘違いされている?
私は顔を青くして、必死に否定した。
「あの……私、ハンターじゃないです!」
早く、早く誤解を解かなきゃ!
その一心で口を開く。
「初めまして! 私、エリンと言います。聖女です……じゃなかった、聖女でした!」
「……は?」
誤解を解くには、自己紹介から! と、私は矢継ぎ早に話した。
「怪しいつもりはないんです! でも、こんな場所を1人でさ迷っていたら、怪しいですよね。私がこんな場所にいるのには、理由があるんです。私は……」
「黙れ」
私の勢いに押されたのか、《飛行男》は呆気にとられていたけど、顔をしかめて言った。
その瞬間、飛行がふらりと不安定になる。彼は頭を押さえて、続けた。
「お前も人間だろ。僕は人間を信用しない」
「はい、人間です! あ、でも、本当にハンターじゃないんです! こんなところにいるのも、不可抗力で……」
――ばちん!
突然、空気が爆ぜる音が聞こえた。
雷光のようなものが弾けて、私のそばの地面を焦がす。
ええ、攻撃された? 私、自己紹介してただけなのに……いきなり攻撃してくるなんてひどくない?
もしかして、この《飛行男》は《非常識男》なんだろうか。
私は口をあんぐりと開けながら、男を見上げた。そして、あれ? と思った。
彼は掌に顔を埋めている。先ほどの冷酷な面持ちが少し変わって、苦い表情を浮かべている。苦しそうにも見える。
「次に口を開けば、お前も――」
《飛行男》がそう言いかけた、その時。
「きゅう~!」
《ライムどり》が私の服の中から飛び出して、私を庇うように浮かんだ。「きゅ、きゅ~!」と何かを説明する。
ああ、《ライムどり》ちゃん、鳴くたびに体が左右にふりふりと揺れていて、それがとっても可愛い!
《飛行男》は顔をしかめて、
「なぜ庇う」
「きゅぅ~!」
これって会話が成立している……のかな?
《ライムどり》が必死に「きゅ」「きゅ~」と言うと、男は呆れたように手を下ろした。
そして、私に興味を失くしたように背を向けて、
「何者かは知らないが、すぐに立ち去れ」
何だか偉そうに言いつけると、宙を飛んでいく。
彼は《フルーツどり》たちの頭上へと飛行した。彼が手を振ると、網が見えない刃で切り裂かれる。《フルーツどり》たちは自由になって、ふわふわと空へと飛び出した。しかし、半数は動けないらしく、地面に転がったままだ。
そうだった、あの子たちも怪我をしているんだ! 早く治療してあげないと。
私はそう思って、彼らに近付いていく。
手を伸ばそうとすると、
「触るな!」
鋭い声が飛んできた。
《飛行男》がすさまじい剣幕で、私のことを睨みつけている。
「怪我をしているんだ。見ればわかるだろ」
本当はちょっとひるんだし、怖かったけど、ここで引くわけにはいかない。
「わかるよ。だから、助けようとしているんじゃない」
私が言い返したのが意外だったのか、彼は呆気にとられている。その間に、私は《フルーツどり》たちに手をかざす。
そして、祝福の力を使った。
「《ペタルーダ様の祝福を》」
その瞬間、複数の記憶が一気に頭に流れてきた。
◆ ◇ ◆
森、空、地面を転がる光景。
怖い、嫌、やめて。
そんな感情の奔流。
そして、ハンターらしき男たちの怒号。
◆ ◇ ◆
それらが混ざり合って、脳内で弾ける。
うぷ……。
複数への祝福はやっぱりきついな。いろいろな光景が頭の中をめまぐるしく切り替わっていくので、私は目を回してしまった。
でも、怖がっているこの子たちを、これ以上、怖がらせるわけにはいかない。空元気かもしれないけど、へへ、と笑ってみせる。
「もう大丈夫だよ。怖かったね」
すると、《フルーツどり》が1匹、また1匹と飛び上がってくる。私の体を純白の羽でふわりと撫でた。
ありがとうって言っているのかな?
この子たち、やっぱり果物のいい匂いがする!
あっという間にふわふわの果物たちに囲まれて、私はくすぐったい気持ちで「へへ」と笑った。そんな私の様子を、《飛行男》が唖然として見つめている。
「太陽神の祝福? こんなに強い加護を受けている人間、初めて見た……。君は、何者?」
「元聖女です。エリン・アズナヴェールです」
って、さっきも言ったんだけどね。
彼は「初めて聞いた」という顔で驚いた。
「聖女!?」
いや、だからさっきも言ったんだけどね!
この人、何にも聞いてなかったな。まあ、いいけどさ。
男は難しそうに考えこんで、「なぜこんなところに? 聖女の祝福って、こんなにすごかったのか……」と、独り言を言っていた。
突然、私の方にぐいっと近付いて、
「お願いがある」
真剣な表情で切り出された。
作り物よりも端整な顔が目の前に映って、私は焦った。
「君が必要だ。僕と来てほしい」
「え、あ、あの……?」
何それ。
私、口説かれて……、
「治療してほしい子が、いるんだ」
……るわけ、ないか。
ともかく、「治療してほしい子」とは聞き捨てならない。この人がこんなに必死に言うからには、きっと緊急事態なのだろう。
「もちろん。私の力で助けられる子がいるのなら」
人でも、幻獣でも助ける。そのためにこの力を使う。私はそう決めていた。
すると、彼は私の腰に手を伸ばしてきて……って、何してるの?
「ちょ……えっ!? 何!?」
腰を抱かれた。抱き寄せられて、距離が近付く。
男は私の訴えを無視して、地面を蹴り上げる。
すると、私の体がふわりと浮き上がった。うそ、飛んでる?
しかし、感動に浸る間もなく、飛行がふらふら。安定せずによろめいて、私は着地していた。
男はつらそうに頭を押さえる。
「だめだ。……運べない。歩くよ」
それだけを言って、すたすた。
私は呆然として、その背を見つめる。
えっと? それってもしかして、私が想像以上に重かったってこと!?
「ちょっと、そこの《飛行男》さん!? いきなり触ってきて、重量オーバーだから、ポイとか! 失礼じゃない?」
「うるさい……。……《飛行男》って誰だよ!?」
「だって、私は名乗ったけど、あなたは名乗ってくれないじゃない」
「……クラトス」
「クラトスさん! クラトスさんって何者? 何で空飛べるの?」
「…………だから、うるさい……」
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