7 彼の正体

 クラトスとマルセルが視線を交える。

 次の瞬間、クラトスは魔法を放った。風でできた刃がいくつも飛翔して、マルセルを狙う。

 マルセルは余裕の笑みを見せながら、手を前へ。

 防御膜を作り出して、その風刃を防いだ。


「なるほど。あなたもそれなりに優秀な魔法士のようだ。だが、エヴァ博士の理想については理解不足のようですね。彼が魔法を人類に授けてくれたのはなぜだと思いますか!? それは彼が何よりも、人間を愛し、人間の世の発展を望んでいたからです!」

「それ以上、口を開くな」


 次に攻撃をしかけたのはマルセルの方。

 彼が作り出した火炎弾をクラトスは、冷静に防ぐ。こちらに届く前に霧散していった。対抗魔法だ。

 平然と魔法の力を操りながら、クラトスは告げる。


「人の気持ちを勝手に代弁されるのは、不快だ」

「な……っ?」

「え……?」


 私たちは呆気にとられた。

 えーっと、クラトスが言っていることって。

 まさかね?

 クラトスは侮蔑をこめた眼差しで、マルセルを見据える。


「僕、人間が嫌いだよ。特にお前のような奴」

「貴様……? さっきから何を言っている!?」


 私と同じ予感を、マルセルも抱いているのだろう。でも、彼は頑なに信じたくないみたいだ。

 私たちの様子に構わず、クラトスは魔法の詠唱を始める。

 すると、マルセルの目に勝気な色が戻った。


「ふ……はは……敵の前で詠唱を始めるとは、無防備な!」


 マルセルは勢いづいて、氷の槍を放つ。

 しかし、それは私たちにぶつかる直前で消滅した。

 あ……これって。ディルベルと戦っていた時にもやっていたよね? 2つの魔法を同時に詠唱するやつじゃない?

 私は見たことがあったから、まだ冷静でいられたけど。

 マルセルはそうじゃなかったみたいだ。

 彼は泡を食ったように、うろたえた。


「なっ……2つ同時に魔法を? いや、この詠唱……防御も……!?」


 マルセルはハッとして、傍らに視線を寄せた。

 その時、ちょうどミュリエルが大きく息を吸いこんでいた。街に向かって炎を吐き出そうとしている。

 ミュリエルが大きく頭を振りかぶって、口を開く。

 炎が街に向かって噴射される――しかし、建物に命中する寸前で、防御膜が展開。炎を弾き飛ばした。

 この防御魔法を唱えたのって……。

 マルセルが愕然として叫ぶ。


「3つ同時に……だとぉ!?」


 その瞬間、クラトスの詠唱が完了。

 風刃がマルセルに襲いかかった。

 マルセルは咄嗟に防御を展開する。しかし、それを易々と切り裂いて、刃はマルセルに届いた。


「ぐ、ぁあ……!」


 マルセルは全身を切り裂かれ、体を折りたたむ。傷口を押さえ、荒い息を吐き出した。苦痛に眉根を寄せながらも、マルセルの視点は一か所に固定されている。

 滝のような汗が、彼の額をすべり落ちた。

 マルセルはクラトスから目を逸らさない。逸らせないのだ。

 だって、彼の視線の先にいるのは――。


「何だ、その魔法は!? 魔法を同時にいくつも発動させるなんて……防御を打ち破る攻撃魔法なんて! そんな方法は、エヴァ博士の魔法書には載っていなかった……」

「うん。手順が複雑すぎて、書くのを断念したやつ」

「なぁ……っ!?」


 あー……マルセルがとうとう顔を真っ青にして、震え出しちゃった。

 気持ちはわかるけど。私も未だに、理解が追いついていないよ。

 だって、さっきからクラトスが言っていることってさ。つまり……。

 マルセルが私と同じ結論に至ったみたい。

 彼は渇いた笑い声を漏らした。哀れで、虚しげな声が響き渡った。


「は、はは……。嘘に決まっている! 存在するはずがない! 千年前の人間が! こんなところにィッ! はは……あはははは……、っ、うそだうそだありえないぃい!」


 驚愕に瞳孔を開いて。

 この数秒で一気に老けこんでしまったかのように、生気のない表情で。

 マルセルはクラトスに尋ねた。


「貴様……名を、なんという……?」

「クラトス・エヴァ」


 クラトスは掌をひっくり返して、そこに魔法を集約させている。

 凝縮された空気の塊。まるで彼の怒りを表現するように、それは一気に膨らんだ。

 嘘でしょ? マルセルと一緒に私も呆けていた。

 それじゃあ、クラトスの正体って。

 魔法をこの世に生み出した、世紀の大天才……。


「エヴァ博士!?」


 その瞬間、クラトスが何気ない様子で集めていた魔法が、放たれた。

 それがすさまじい勢いで飛来。マルセルの腹部に命中する。


「ぐっ……ぁあああ……!」


 吹き飛んで、無様に宙を転げ回って――。

 一定の距離まで弾き飛ばされた時、彼の体が大きく傾いた。

 そうか。マルセルはミュリエルの力を使って飛行しているんだ。だから、ミュリエルと離れるとその効果が切れてしまう。

 そのことに気付いて、マルセルは顔を青くする。

 すがるように竜へと手を伸ばした。


「ミュリ、ぇ……っ!」


 しかし、あと一歩、間に合わなかった。ミュリエルに命令する前に、彼は落ちた。

 悲鳴が空に響き渡り、どんどんと遠くなっていく。

 マルセルが落下していく様を見下ろしながら、クラトスは冷ややかな声で言った。


「お前みたいな下種に使われるくらいなら、魔法書なんて書くべきじゃなかったね」

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