6 王都の危機

 レオルドは教会の外へと出た。

 王都エヴァは、混乱に包まれていた。

 突如として上空に現れた、緋色の竜。その竜が口から炎を吐き出す。そして、街を焼いた。いたるところから悲鳴が上がる。市民たちは竜に恐怖し、逃げ惑った。


 火の手が上がっている。レオルドは即座に水の魔法を放って、鎮火に努めた。

 街の上空を火竜が飛び回っている。口から小粒の火玉をいくつも吐き出した。

 小粒といってもそれは竜の巨体からすればという話であって――人間からすれば、大岩ほどの大きさである。

 それが建物に着弾して、弾けた。


 教会の向かいにある建物が崩れ落ちる。通りにはまだ避難中の住人が大勢いる。そこに向かって、瓦礫がなだれこんだ。


(しまった……!)


 レオルドは防御魔法を展開しようとするが、間に合わない。

 魔法は同時に複数を行使することはできないのだ。鎮火のために水を使ったせいで、即座に切り替えが効かない。

 その時――。

 落下する瓦礫を受け止めるように、闇色の力場が展開する。

 誰かがレオルドの脇を、すさまじいスピードで通り抜けた。

 その姿を見て、彼は驚愕する。


「ディルベルか!?」


 ディルベルの見目が変化している。頭につけていた猫のお面が外れ、代わりに角と翼が生えていた。

 彼は宙を軽やかに飛行して、手を掲げる。闇色の力場があちこちで展開し、建物の崩壊から市民を守った。

 レオルドも彼の下へと駆けながら、防御魔法を行使する。彼の手が回っていない箇所を補佐した。


「君は、竜だったのだな」

「まあな」


 ディルベルはこちらを向いて、ニッと笑う。


「なぜ私たちを助けてくれるんだ?」

「あ?」

「さっきの竜は、君の知己だったのだろう? あの竜を苦しめたのは私たち人間だ」


 ディルベルは目を細め、真剣な顔付きをする。

 そして、手の向きを変え、別の場所に防御を展開。また市民を守った。


「ミュリエルはな、本当は優しい竜なんだよ」


 彼は迷わず、次々と防御の力場を作り出す位置を変えていく。その下を通ろうしていた市民を庇った。


「自分のせいで誰かが傷ついたと知ったら、あいつが悲しむだろうが! だから、そんなことはさせねえ!」


 レオルドは目を見張る。そして、穏やかな表情で頷いた。

 鎮火活動を再開しながら、声を張り上げる。


「協力に感謝する! 心優しき竜よ」

「おうよ」


 2人は共に通りを進んで、住人が無事に避難できるように道を作る。

 しかし、これではキリがない。レオルドは焦燥感をにじませ、上空を見上げた。


「大元を絶たねば、この事態は収拾しないぞ」

「あっちはエリンに任せるしかねえよ」

「何!? エリンならあの竜をとめられるのか?」

「エリンなら、じゃねえ。エリンにしかできねえんだ」


 ディルベルは確信を得ているのか、たくすような笑みで空を見る。


「エリン、頼んだぜ。俺を救ってくれた時のように、ミュリエルを救ってくれ」


 ◇


 クラトスは私を片腕で抱えたまま、一気に高度を上げる。

 ミュリエルとの距離は、あっという間に縮まった。


「マルセル! ミュリエルさんに、こんなことをさせるのはやめて!」


 ミュリエルの背に乗ったマルセルがこちらを見る。

 そして、驚愕の表情を浮かべた。


「なぜ空を飛んでいる!? ……いや、そうか。わかったぞ! あなたも私の同志なのですね!? はは、あなたはどの幻獣の力を使っているです?」

「お前、ずいぶんと勝手なことを言うね」


 クラトスが拳を握りしめて、吐き捨てる。冷静なように見えて、よほど怒っているみたいだ。その証拠に、掌に爪が食いこんで、血がにじんでいた。

 マルセルは薄ら笑いを浮かべ、私たちを見据える。


「いいでしょう。エヴァ博士の魔法を超えた、私の奇跡……あなた方にお見せしてあげますよ。ミュリエル、私を浮遊させなさい!」


 ミュリエルの目が怪しく光る。

 すると、マルセルの体が浮かび上がって、私たちの前に降りてきた。


「ははは! 見ましたか!? 魔法では実現不可能であるとされた、空中飛行! それすらも幻獣の力を借りれば可能となるのです! これこそが技術の進化! この世はエヴァ博士の理想にまた一歩、近付いたのです」

「……魔法書は技術書だから、思想については記していないんだけど」


 クラトスが冷淡に告げて、掌をマルセルに向ける。

 彼らが話す間にも、ミュリエルは次々と炎を吐き出している。それが眼下に飛んでいって、街に着弾した。


「クラトス、街が……! 早くミュリエルさんを元に戻してあげないと」

「大丈夫。そんなに時間はかからないよ」

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