5 明かされる真相
レオルド様が私たちに協力してくれることになった。
私たちはさっそく教会に向かった。
礼拝堂はさっきと変わらず、長蛇の列ができている。
ミレーナのせいでごめんなさい。すべてが終わったら、私が代わりにお祈りするから、それまで待っていてください。
彼らの脇を通り抜けて、私たちは礼拝堂の中へと入る。
レオルド様はフードを外して、堂々と歩いていく。だから、誰に咎められることもなかった。
奥の扉の前では、魔法士の人が警備をしていた。
「司祭マルセルに用がある。通してもらうぞ」
「はっ、殿下」
彼は深く頭を下げてから、不思議そうに私たちを見た。
「殿下、この方たちは?」
「ああ。――マルセルの来賓だよ」
レオルド様は悪戯っぽく答えた。
彼が一緒にいるおかげで、転移装置の部屋まで苦労せずにたどり着けた。
だが、そこでは司祭様が待っていた。
私たちに気付くと、彼は胡散臭い笑みを浮かべる。
「おやおや、レオルド殿下。困りますなあ。神聖な教会内に、そのような不躾な者たちをお招きになられるとは」
司祭様の横には転移装置がある。それをレオルド様が鋭く睨みつけた。
「マルセル。その転移装置を調べさせてもらうぞ」
「それには応じられません。この装置は教会の管理下にあるのですよ。いくら殿下といえど、教会の物を監査する権限は持ち合わせていないはずですが?」
抜け抜けとそんなことを言ってみせる。
私は彼の前に立った。
「司祭様、お久しぶりです」
フードを外してみせると、彼は目を見張る。
「……【幻光の樹海】に送ったはずだが……。どうやって」
「私が偽物の聖女だと言い出したのは司祭様でしたね。その根拠もレオルド様からお聞きしました。ペタルーダ様が私のことを偽物だとおっしゃっているそうじゃないですか」
「すべては女神様のお導きでございます」
「まだそう言い張るつもりですか?」
私はレオルド様に向かって、
「レオルド様。剣をお借りできますか?」
「ああ。何をする気だ?」
この様子では、司祭様は絶対に認めないだろう。
それなら、何よりの証拠を見せてあげましょう。
レオルド様が剣を引き抜く。その刃に私は手を伸ばした。
――その直前で、横から伸びた手が剣を握った。
「クラトス……!?」
「君が傷付く必要はない」
血がにじんだ手を、クラトスは私に差し出す。
「さあ、治して」
「ごめんね……。《ペタルーダ様の祝福を》」
私の祝福がクラトスにかかった。
◆ ◇ ◆
幻獣が人間のハンターに捕らえられていた。
傷付けられて、自由を奪われて、その命を軽視されている。
――ちがう。
僕は、こんなことのために、こんな世界を作るために、――……したんじゃない。
◆ ◇ ◆
かすり傷だったから、光景はすぐに消えちゃった。
でも、強い後悔の念が私に流れこんでくるのがわかった。
クラトス……いったい何を後悔しているの?
ううん、今はそれよりも。
私の祈りでクラトスの怪我は治っている。それを司祭様に示した。
「見ましたか、司祭様。ペタルーダ様は私に今も加護を与えてくださっています。これが私が偽物でないという、何よりの証拠です」
「…………」
「これでもまだ、認めていただけないというのなら、礼拝堂には今日、たくさんの方が訪れていますよね。その方たちの前で、同じことをしてみせましょうか? そうすれば、皆さんもわかってくれるはずです。私と教会、どちらが嘘を言っているのか」
司祭様は大きなため息をつく。胡散臭い笑顔の仮面は、まだ剥がれなかった。
「【幻光の樹海】で、とっくに幻獣の餌食になっているものと思っていましたが……あなたが生きてここに戻って来るとは、予想外でしたよ。エリン」
彼は丁寧な物腰で、レオルド様に頭を下げる。態度の節々から、きな臭い雰囲気が漂っていた。
「殿下は魔法を愛していらっしゃいます。そして、エヴァ博士を崇拝していらっしゃいますよね」
「ああ。それが何だ」
「でしたら必ずや、殿下にも私の崇高な研究をご理解いただけるにちがいありません。転移装置の仕組みについてでしたね。お見せいたしましょう」
司祭様が転移装置の扉を開ける。中が見えた。
四角い檻が埋めこまれている。鉄棒の周囲がばちばちとして、何かの力が弾けている。その中に1匹の竜が捕らえられていた。サイズは子犬ほどだ。
美しい緋色の竜は、檻の中央に浮かんでいた。
翼も目も閉じられている。
「ミュリエル……!」
ディルベルが叫んだけど、反応はなかった。
ミュリエルさん……意識がない? 眠っているの?
装置の内部を見せられて、皆は愕然としている。
そんな中、マルセルだけは誇らしげだった。
「エヴァ博士の偉大なる発明のおかげで、私たち人類は大きな進歩を遂げました。魔法、魔導具……それはもはや、現代になくてはならないもの! しかし、魔法では実現不可能な事象がまだこの世には存在します。この装置は幻獣の力を引き出すことで、空間転移を可能とするのです! この装置をエヴァ博士にお披露目できないことが、残念でなりません。彼は必ずや、この発展を歓迎してくれるにちがいない」
「するわけがない」
クラトスが吐き捨てるように言った。
「そんなことのために、お前は幻獣を苦しめるのか? 苦しむ者がいるのに、そんな上に成り立つ進歩を誰が望む?」
「その通りだ」
次にレオルド様が、冷え冷えとした声で告げた。
「いくら便利な道具や、技術を作ろうとも……そのせいで、誰かを犠牲にするなんて、そんな考えは間違っている」
「てめえ……! ミュリエルを返せ!」
ディルベルは憎しみを叩きつけるように怒鳴った。
私は司祭様……ううん、もう『様』なんて必要ないよね! 司祭マルセルを軽蔑をこめた目で睨みつける。
「自分の行いが正しいものだと思うのなら、なぜ私を追放したんですか? 知られたらまずいことだという自覚があったはずです。マルセル」
私の言葉に、マルセルは嫌そうに顔をしかめた。
「斬新な発明は、はじめは反発があるもの……ですが、そのうち、市民もこの技術を受け入れてくれるにちがいありません……」
「いいえ。あなたの発明はこれきりです。そして、それが世間に公表されることもありません」
レオルド様が毅然とした様子で、彼に詰め寄った。
「エリンに不当な罪をきせ、追放したこと。そして、お前の非人道的な発明について、しかるべき処罰を受けてもらうぞ」
「ああ……殿下」
マルセルは嘆くように目を伏せた。
「同じエヴァ博士を崇拝する者同士……殿下には、わかっていただけると思っていました。ですが、殿下にご理解をいただけないのであれば、仕方ありませんね。――目覚めなさい、ミュリエル」
ミュリエルが目を開く。
同時に、転移装置内を巡っていた何かの力が消え去った。檻が開いて、ミュリエルが外へと出てくる。
「ミュリエル! 返事をしろ! 俺だ!」
ディルベルの声に応えない。
ミュリエルの表情も目付きも、作り物のように無機質だった。
「無駄ですよ。そういう制約を課しています。そして、主人である私にこの竜は逆らうことができません」
「俺が食らったのと同じ、【隷属の魔法陣】か!?」
「ミュリエル、私を乗せて飛びなさい」
マルセルが命じると、ミュリエルの姿が変化した。
体が巨大化する。荘厳で立派な、竜の姿となった。
マルセルはミュリエルの背に飛び乗る。
「この国では私の発明は、いささか革新的すぎたようですね。私を理解してくれる地に旅立つことにします。ああ、そうそう。その前に……私を理解しない無能な市民どもに、罰を与えてからにしましょうか。王都を焼き払うのです! ミュリエル!」
ミュリエルが口を開く。
次の瞬間、炎が吐き出された。
クラトスとレオルド様が手を掲げる。2人は同時に防御膜を張った。
炎は防御に阻まれる。
レオルド様が驚いたように隣を見た。
「クラトス、君は低ランクの魔法士じゃなかったのか!?」
クラトスの方は冷然と応じる。
「王子、結界を張れる?」
「あ、ああ……」
「じゃあ、街の方は君に任せる」
崩壊する音と、大きな振動。
ミュリエルが壁を破壊して、外へと飛んで行く。マルセルも一緒だ。
このままだと逃げられちゃう……!
私は声を張り上げた。
「クラトス、私の祝福でミュリエルさんを助ける! 連れて行って!」
「もちろん」
クラトスが地面を蹴り上げて、私に手を向ける。
私の体も宙に浮かび上がっていた。
空中で私を抱えこんで、クラトスはスピードを上げる。そのまま一気に、教会の外へと出た。
◇
エリンとクラトスが飛行していく。
その光景にレオルドは目を見開いていた。
「空を飛んだ!? 魔法では実現不可能なはずだが……!」
彼は胡乱げに呟く。
「何者なんだ、彼は……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます