第4話 王都での生活


 ――王都は薔薇の都と言われているらしい。

 所々に四季咲きの薔薇が植えられ、訪れる人々の目を楽しませる。

 華やかなのは、もちろん植物が織りなす景観のみではない。この王都にある建物は赤みが強い煉瓦で作られている。赤薔薇に似た色味の赤土がこの地の特徴だからだ。

 私が生まれ育った南部地方は白っぽいシンプルな建物が多かったが、ここは荘厳な煉瓦作り。

 そこに集う人々も、それに負けぬほどに華やかでカラフルな衣装を身にまとっている。

 汽車の駅に迎えに来てくれたイザベラ叔母さんと落ち合い、侯爵家の馬車の窓から見る景色に、私は思わずうっとりしていた。

「……すばらしい! 人の数もお店も、南部とは比較になりませんわ」

 田舎者丸出しで、道行く人々や商店の数々を嘗めるようにチェックする。

「あらそう? わたくしは、南部のひなびたところが落ち着くと思っているわ。そのうち、エルフェネス伯爵にお願いして、しばらく静養させてもらおうかしら……おほほ」

「まぁ、それは楽しみですわ!」

 イザベラ叔母さんに適当に話を合わせる。

 私の頭の中では、この王都にカフェを出したらどれほどの集客が見込めるだろう、という計算が働いている。

 カフェは南部で試しにやってみるのと、ここでやるのでは雲泥の差だろう。

 なぜなら、確実に人口密度が違う。

 この王都という場所は、前世の日本でいうところの東京や大阪のような大都市で、国内外の商業の中心である。

 それに対して、南部地方はとっても田舎だ。たとえば地方の中の中心地ベルンであっても、県の中で一番大きな駅の周辺というイメージである。

 大きな駅の周辺だってもちろん魅力的だが、それは住む人にとっての話。

 初めて商売をやるなら、確実に大都市のほうが成功しやすいだろう。

 しかも、これまでにないことをするなら勝機はある!

 そんなことを考えているうちに、私たちを乗せた馬車は王宮やメインストリートに近い赤煉瓦で造られた瀟洒なタウンハウスへと辿り着いた。

 ウルジニア侯爵の領地は、王都の郊外にある。なだらかな丘陵地帯に建てられた広大なカントリーハウスに、お母様……エルフィネス伯爵夫人とともにお邪魔したことがある。

 しかし、こちらのタウンハウスは初めてだ。

 都の中心地でも、中庭があって過ごしやすそうな屋敷だ。

 田舎の広大な屋敷と比べたらコンパクトだが、前世の狭小住宅に慣れっこの私にとっては大豪邸である。

「領地に比べたら小さいけど、意外と住みやすいのよ。母屋も自分の家だと思って、ゆっくりしていってちょうだいね」

 イザベラ叔母さんに案内されて、自分たちが滞在させてもらう離れに行った。

 母屋と中庭を挟んだところにあるその建物は、二代前の老侯爵夫妻が過ごすために作られたとあって、比較的新しい作りのようだった。

 建物が新しいということは、肝心の厨房も新しい。

 母屋に比べたら規模は小さいが、竈があるのがケーキ作りやお菓子作りをしたい私にはとてもありがたい。ここなら、侯爵夫妻の使用人たちの邪魔をせずにレシピの研究もできそうだ。

 裏門が近いというのも、メリットだ。

 イザベラ叔母さんも私の行動には注意を払っていることだろう。未婚の令嬢を預かるのだから当然だけれど、それは要らぬ心配というものだ。

 なぜなら、夜間にどんな人が出歩いているか、どんな店に人が集まっているか、というのもカフェの経営には大事な要素。

 カフェバーのようにお酒も提供する形がいいのか、きっちりノンアルコールだけの店にするのか、など検討材料になる、

 そんなわけで、時にはこっそり街に視察に出かけたりもしたいから、警備の目が厳しい表門よりも手薄な裏門が近いに越したことはない。

 一応、伯爵家からは護衛が一人来てくれているし、侍女のマドレーヌもいるのだから、侯爵夫妻には心穏やかにしていてほしいものだ。

(まぁ、二人とも買収済みだけどね!)

 私はイザベラ叔母さんが見ていない隙に、人が悪い笑みを浮かべた。



 翌日、イザベラ叔母さんは私たちを王都の観光に連れて行ってくれた。

 朝から中心地にある荘厳な大聖堂に行ったり、大聖堂前の広場に出ている市場を見たり、メインストリートを歩いたり……無論、人気があるパティセリ―の視察も忘れてはいない。

 歩き疲れ、私たちはウルジニア侯爵が仲間たち何人かと出資しているという、中心地近くに新しくオープンしたホテルに行った。

 そこはまるで、前世で言うところの高級ホテルそのもの。

 貴族のカントリーハウスの優雅さと居心地のよさを具現化したもので、私は夢見心地で豪華なランチをいただいた。

「ここは、どんな方々が宿泊されるのですか?」

 私はランチのデザートに出てきたベリーのチーズタルトの味をチェックしながら、イザベラ叔母さんに尋ねた。

「そうねぇ。うちみたいにタウンハウスを持っていない新興貴族とか、ブルジョワの方々が多いみたいよ」

「新興貴族とブルジョワ……ですか」

 周りを見回して、私は納得する。

 ダイニングルームは、お昼時とあって席がほとんど埋まっている。

 見たところ、いかにも旧来の貴族という雰囲気の人が少ない気はしていた。

 どちらかというと、若い男性たちが商談がてら食事をしているのが目につく。貴婦人も中にはいるが、彼女たちからは優雅な雰囲気というよりも力強さを感じた。

 貴族の令嬢は、まだ仕事を持つことがむずかしい世の中だ。

 それと相反して、新興貴族やブルジョワの階級の女性たちは元々が平民なだけに、商売をやることも仕事をすることもためらいがない。

 そうした新たな価値観を持っている人々が多いから、このホテルは賑わっておりエネルギーに満ち溢れているのである。

 ただ、イザベラ叔母さんは生まれながらの貴族階級なだけに、あまり彼らに対していい感情は持っていないようだ。

「……あの人たちにあるのはお金だけ。王室とコネを作ることは、なかなかできないの。きちんとした貴族じゃないと、この辺りでは土地を借りることができないからねぇ」

「ああ、土地は王室のものなんですね!」

「そうよ。この王都の土地はすべて王室が持っているの。だから、借りる場合には国王に謁見する必要がある……新興貴族たちは、なかなかそれができないのよ。そもそも、王都の土地が足りていない、っていうのもあるけれど」

「だから、このホテルを作ったんですね。さすが叔父様、頭がいいですわ!」

「一概にそうとはいえないわ。何人かで発案したようになっているけど、実際そうかどうかはわからないわ」

「そうなんですね。建物も素敵だから、誰か大物が出資しているかもしれないですよね」

「ああ……建物自体は、国王が諸外国の使節用に作った城館を使っているらしいわ。設備が古くなったことや、昨今の使節団の縮小で王室が払い下げを行ったんですって」

「そうなんですね! どうりで……」

 私は改めて、ダイニングルームを見回した。

 水晶がふんだんに使われたシャンデリア、上品なデザインの壁紙、そして、陽光が入ってくる大きな窓や緑豊かな中庭が見えるテラス席。

 その一つ一つが上質でセンスがいいのは、元は王室の所有物だったからなのだ。

「まぁ……でも、このホテルがあれば宿に困る人もいなくなるでしょう? 一時期、宿が足りなさすぎて、城下街の宿代が高騰してしまって大変だったのよ。このホテルに泊まれるほどの人ならいいけど、中流階級の人たちも安宿の相部屋で泊まっていたくらいですもの」

 その説明を聞いて、私は納得した。

 数年前、王国の政策が変わったお陰で、王都への人の流れが一気に増えたらしい。

 かつては戦争をして領土を広げ、その土地から得られる収穫物や鉱物などを奪取するという野蛮な手法で、各国の君主は勢力を伸ばしてきた。

 しかし、いまは外交努力で互いの利益を追い求める手法……すなわち各国の往来を前よりも自由にして貿易を活発化することにシフトしていっている、と聞いている。

(まさに、これは近代化ってやつね!)

 世界史の授業は、覚えることが多くて苦手だった。

 しかし、ふんわりした知識程度でも、この西洋風のファンタジー世界と私が前世で学んできたヨーロッパの歴史は酷似しているとわかる。

 すでに鉄道が設置されていること、新興貴族やブルジョワが力を得ていることを考えると、おそらく19世紀辺りに匹敵するのではないか。

 ……だとすれば、やはりカフェ文化は浸透して然るべきだ。

 街を歩いても、喫茶室のようなお店はけっこうあった。

 しかし、前世の日本でおしゃれと言われているようなオープンテラスが併設されているような店舗はなかった。飲み物のテイクアウトもなさそうである。

(失敗するかもしれないけど、色々試してみたいわよね)

 私は、心底そう思った。

 いきなり店舗を借りてやり始めるというのは危険だから、似たような客層がいる場所でテストをしてみたい。

 デザートを食べながら考え込む私を見て、イザベラ叔母さんはにっこり微笑む。

「……でも、よかったわぁ! お姉さんから色々聞いたから心配していたのよ。思ったより、元気そうで何よりだわ」

 ――ぎくっ!

 咄嗟に嘘泣きの準備をしようとしたが、長々と午餐を楽しんでしまったためにハンカチに仕込んだ玉葱はすっかり干からびてしまっている。

 マドレーヌが予備の玉葱を用意しているが、こんな時に限ってお手洗いに行って席を外していた。

 仕方がないから、笑って誤魔化すことにした。

「おほほ……そうですね! あまりにも素敵な場所でお食事をさせていただいたので、つらいことなんてすっかり忘れていましたわ」

「あら、よかった! 大丈夫よ、いい人見つかるわ。王都には、美人のカタリナと似合う身分の男性がたくさんいるもの」

「そう……でしょうか?」

「そうね。このホテルで出会う男性は、まぁ……そうね。お若い方もたしかに多いけれど、客層が新興貴族とブルジョワだからおすすめはできないわ」

 そう聞いて、私は適当に頷いた。

 新興貴族にブルジョワ……上等じゃない!

 19世紀に必要なのは、身分じゃない。お金だ、お金!

 昔ながらの王室の権力は、近代化の時代には翳りを帯びている。

 なぜなら、私が知る限りではヨーロッパの王室はただの象徴になっていき、実際に政治や経済を回すのは平民のお金持ち……銀行家や商売人たちに移り変わっていく。

 だから、この場所に集う人々の意見や嗜好を新しくやるカフェに取り入れたいと思った。

 私は侯爵を通じて提案することにした。

 このホテルで、期間限定でカフェをやらせてもらうことを――。

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