第40話 お茶会で得た情報


 南部地方には、大した娯楽はない。

 特に伯爵領の辺りは、南部の中心地のベルンにも距離があり、買い物に行くのも半日がかりだ。

 かつて馬鹿みたいにお菓子作りをしていたのは、他にやることがなかったから。

 小麦畑や農場、果実園に囲まれた土地だから、材料には事欠かない。

 しかし、お菓子作りにおいて盟友だったマドレーヌは、いまは王都で「カフェ・カタリナ」を切り盛りしている。

 過保護な伯爵夫妻のせいで身動きがとれない状況で、彼女と護衛のマルコが店に尽力してくれるのは、とてもありがたいことだった。

 でも、やっぱり寂しい。

 ……いまにして思えば、この屋敷でこれまで楽しく過ごせたのはマドレーヌがいてくれたお陰だと言っても過言ではない。

 なぜなら、侍女が変わっただけで、伯爵邸での日々が空虚なものに変わっている。

 いや、ずっとここでの生活はもともとこんなものだったのかもしれない。

 王都にいた時期があまりにも充実していたから、ここの空虚さに気づいてしまっただけ……。

 ウルジニア侯爵夫妻は、やりたいことを自由にやらせてくれた。カフェをやりたいとか絵空事を並べる私の力になってくれて、事業のことを両親に内緒にしてくれた。

 マドレーヌと二人三脚でテラスカフェを計画し、朝早くから焼き菓子やパニーニのパンをたくさん焼いたのはいい思い出。

 そして、リオネル様と偶然に出会って恋に落ちて……事業を拡大させると共に、見た目の美しさばかりではない彼の人となりに魅了された。

 フィリップを奪ってすべてを手に入れたはずのエレオノールが、あんなにも私の邪魔をしてきたのは驚きだった。

 まったく、フィリップさえいなければ、彼女とも友達のままでいられたのに……!

 まぁ、諸々の一般常識が通じないエレオノールがいけないんだけどね。

 そう言えば、彼女はその後どうしているのかしら?

 南部地方に帰ってから、エレオノールの噂話を聞かないわ。

 また、つまらないことを画策していないといいのだけれど……って、さすがの彼女もこれ以上なにもできないわよね?

 さすがに何かやっていたとしたら、その不屈の闘志に敬意を示したいところだ。

「あー、ほかの子たちを呼べば、何かわかるかしら?」

 思わず、そう口に出して呟いていた。

 そうだ……私の友人はエレオノールだけではない。

 王都に行くまでの間にお茶会を開いて、ほんの少し憂さ晴らしをしようじゃないか。



 新しく来た侍女は、私のお菓子作りのアシスタントを拒絶した。

 下級貴族の娘だから、下女の真似をさせられるのが屈辱なのだろう。

「なぜ、わたくしが? こちらのお屋敷には専属の料理人がいるではございませんか?」

「いまのは忘れてちょうだい。雇用契約書にあること以外をお願いするなんて、私が浅はかだったわ」

 私は肩を竦めて、料理人のところに手伝いを頼みに行く。

(あーあ……やっぱり、マドレーヌがいてくれないとねぇ)

 盟友がいない寂しさに、心が押しつぶされてしまいそうだ。

 マドレーヌはよくチップをせがんできたが、ぜんぜん嫌味じゃなかった。

 毎度、冗談っぽく要求してくるのが面倒だったけれど、お金というのはある意味「ありがとう」の形である。

 ギブアンドテイクが気分よくできて、どこまでも私の意を汲んでくれる相手は、今までもこれからもマドレーヌしかいない。

(早く、王都に行きたいなぁ。お店のみんなに会いたいなぁ……もちろん、リオネル様にも……)

 今日のお茶会の主役は、私が大好きなストロベリーズコット。

 ドーム型の見た目が美しいイタリアのケーキである。

 まずは、土台のスポンジケーキに取りかかる。

 基本的な作り方は、卵を泡立てて砂糖を入れてから角が立つくらいまで混ぜる。そこに何度かふるった小麦粉を入れていく。

 様々なケーキ類の中で綺麗に膨らますのがむずかしいのは、何と言ってもスポンジケーキだろう。

 私も独学で作っていた頃はよく失敗した。

 製菓学校で教えられたのだが、卵を湯せんで人肌程度に温めてから泡立てるといいらしい。温度が低いと泡立ちが悪くなってしまうから。

 せっかくがんばったのに、オーブンを開くと謎の固いケーキが現れるあのガッカリ具合と言ったら……。

 でも、失敗した固いスポンジでティラミスを作ったりラスクを作ったり、とリメイクできるから心配無用。材料がおいしいのだから、アレンジ次第で何とかなる。

 さて、竈から出したスポンジケーキは、いい感じで膨らんでいる。

 それを横に二枚にスライスし、一枚は放射状に八等分に切り、ドーム型を作るためボウルの底に敷いていく。

 その上にクリームチーズと生クリームを混ぜたものを塗り、ダイス状に切った苺をたっぷりと入れて、もう一枚のスポンジで蓋をする。

 ボウルを氷水に入れて一時間ほど冷やし固め、お皿の上にひっくり返したケーキの表面にまんべんなく生クリームを塗っていく。

 薄くスライスした苺をその上にトッピングしたら、ストロベリーズコットの出来上がりだ!

「相変わらず、お嬢様のケーキは美しいですね! これなら、ご令嬢たちもお喜びになるでしょう」

 作業を手伝ってくれた料理人は、私のデザートを手放しで褒めてくれた。

 お礼にレシピを教えてあげることにしようか。

 ケーキを冷やし固める間、暇だったのでアイスボックスクッキーも焼いてみた。

 ココアがなかったから紅茶の茶葉を入れてみたが、これが香り高くてなかなかおいしい。

 お嬢様たちは、私の作ったスイーツを喜んでくれるかな?



 今日のお茶会に参加してくれたのは、前から仲がいい二人のご令嬢だ。

 そう……王都に行く直前にも屋敷に来てくれたご令嬢たちである。

 さすがにエレオノールを呼ぶのはためらわれたし、本人も嫌だろうから招待状は送らなかった。

 カフェ経営の邪魔をしない限り、私のほうは彼女に対して悪い感情はないんだけど、あっちが敵意丸出しだから仕方がないだろう。

 広々とした庭園が見えるテラスで、香り高い紅茶と赤と白の彩りが美しいズコットを前にして、久しぶりに会う私たちの話は尽きない。

 話題の中心は、ここにいないエレオノールの近況に変わっていく。

「聞きましたわ! エレオノールお嬢様ったら、王都で始めた事業が失敗したとか……新聞沙汰になって、こちらに戻ったらしいじゃないですか!」

「まあ、それはさぞかしお心を痛めていらっしゃるでしょうね」

「他の事業ならともかく、お菓子作りがお上手なカタリナお嬢様にライバル意識を持って、カフェをやろうっていうのが間違いだったんですわ」

「あの方は、思い込みが激しいところがありますから……ああ、このケーキのおいしいこと!」

 ズコットを食べ終わった私は、二人に尋ねた。

「お二人は、どこかでエレオノールお嬢様に会いましたの?」

「ええ、先日の舞踏会で……知らない殿方といらっしゃったので、ご挨拶くらいしかできませんでしたが」

 ほう……婚約者がいるのに、他の男にエスコートされるとはさすがだ。

 もしかして、フィリップに愛想を尽かされそうになっていて、次の恋人探しを焦っているのだろうか?

「あ、わたくしは、ベルンの中心街でお見かけしましたわ」

「そうなんですね。中心街なら、お買い物かしら?」

「それが……」

 令嬢は恥ずかしそうに、顔を伏せた。

「裏通りに、有名な占い館があるのをご存じかしら?」

「占い館?」

「ええ……わたくし、想いを寄せている殿方との将来を占ってもらったのですが、奥の部屋からエレオノールお嬢様が出ていらっしゃって……」

 それを聞いて、私は眉を顰めた。

 彼女も婚約者がいる身だし、昨今、色々とうまくいかないことが多かっただろうから、占いに行ってもおかしくない。

 でも、なぜかおかしな胸騒ぎがした。

「その占い館の店長……、ふつうの占いは絶対に対応していないらしいんですよね。ごく一部の秘密があるお客様しかとらないとか。エレオノールお嬢様もコソコソ顔を隠していらっしゃいましたわ」

「秘密……?」

「……わたくし、実はモンパス伯爵夫人がその部屋に出入りしているのも見たことがあるんです。エレオノールお嬢様も、伯爵夫人からのご紹介じゃないかしら?」

 それを聞いた途端、胸騒ぎの原因がわかった気がした。

 エレオノールはあの性格だから女友達は少ないが、モンパス伯爵夫人とはかなり親しい間柄だ。

 モンパス伯爵の前の伯爵夫人はノイローゼになり、自ら離縁を申し出たのは有名な話。略奪愛を成功させたモンパス伯爵夫人は、稀代の悪女だと噂されている。

 エレオノールが私の婚約者を奪った経緯と、どこか通じる部分があるような気がしてならない。

 もちろん、私はノイローゼになどなってないし、フィリップは勝手に浮気しただけかもしれないけれど……。

 占い館の店長が対応する特別な客。

 そして、略奪愛を成功させた二人の女――。

 何かしら、私の運命を揺らがせる何かが、そこに隠されているような気がした。

 

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