第41話 いざ、再びの王都へ!
名も知らぬ王子殿下との謁見の日が近づいてきた。
相変わらず、エルフィネス伯爵夫妻は私への監視を弱める気配はない。
王都での宿泊先はウルジニア侯爵のタウンハウスではなく、ホテルにすると決めたらしい。おそらく、王宮まで目と鼻の先だからだろう。
いまはフランチャイズ店舗になっているものの、ホテルの一階には「カフェ・カタリナ」の第一号店がある。
伯爵夫妻は、路面店に私が行くのをひどく警戒している。
なぜなら、店舗の貸主がリオネル様だと知っているから。
もといたタウンハウスのほうが、路面店には近いのでこっそり抜け出して彼に会いに行くんじゃないか、と心配しているのかもしれない。
久しぶりの王都の景色……至る所に咲き誇る薔薇も、赤みの強い煉瓦の建物も前に見た時のままだ。
しかし、悲しいことに馬車では左右を両親に挟まれ、前には険しい表情をした侍女と護衛がいるという緊張状態。
せめて、ひと目だけでも路面店がどんな状態か見たかったのに、わざわざメインストリートを迂回させる徹底ぶりに、思わず笑いが込み上げてきた。
(どうしちゃったのよ、二人とも?)
エルフィネス伯爵は、時折何かに操られているかのような闇深い表情を見せてくる。
有力貴族の家門を守る危機感というのは、こんなものだろうか……?
そうだとしても、王都に行く前に比べて変わりすぎじゃない?
(せめて、自由に恋愛くらいさせてほしいんだけどなぁ……)
心の中でぼやいたが、南部地方にいるよりは遥かにリオネル様には近づいているはず。
そんなことを思っているうちに、馬車はホテルの正面玄関に到着した。
馬車を降りて中庭を見ると、懐かしいテラスカフェが営業中である。
天気がいいせいか、ありがたいことに商売繁盛しているようだった。
ちょうどティータイムとあって、焼き菓子を買い求めて日向ぼっこしながら読書をするお客さんや、タルトと紅茶を友人同士で楽しんでいるご婦人たちが目立つ。
そう……これは、私が作った「カフェ・カタリナ」の原型。気軽に色々な人に楽しんでもらいたいと、前世の夢を叶えるためにがんばってきた。
つい懐かしくなって、私は先を急ぐ両親を呼び止める。
「お父様、お母様、お菓子をあそこで買ってきてもいいかしら?」
そう聞くと、二人は警戒したように顔を見合わせる。
「そんなことは後で侍女にやらせればいいわ。あなたは、わたくしたちと共に部屋に行きましょう」
「はい。わたくしが後で行って参ります」
残念ながら、侍女さえも味方ではなかった……。
私は顔見知りのスタッフと話す機会さえ与えられないまま、カフェの賑わいを見送った。
……はぁ、本当に嫌になっちゃうわ!
この厳戒体制は、いったいいつ解けるのかしら……?
用意されていたのは、ホテルで最上階に位置する広すぎるほどのペントハウス。
ベルクロン王国でまだ数台しかない昇降機がこの階専用に備えられ、荷物の上げ下ろしなど利便性についても前世の日本と大差ない。
内部には広々とした四つの寝室とちょっとした晩餐会が開けそうな長いテーブルがある食事室、応接間、小さな使用人向けの部屋が三つも備えられている。
エルフィネス伯爵の話では、ホテルに滞在すると言ったら、わざわざ王室がここを準備してくれたらしい。
民間に払い下げられたこのホテルも、諸外国からの要人を宿泊させるために、この階だけは、まだ王室が所有権を持っているようだ。
ここが諸外国の貴賓を迎え入れる場所だと考えれば、設えの豪奢さやバルコニーから王都の市街地や王宮を一望できる眺めの美しさ、利便性などの点において申し分がないことは理解できる。
――ただ、ここの室内があまりにも快適すぎるのは考え物だ。
食事時にダイニングルームに行けば、顔見知りがいるから何とかマルコに手紙でもメモでも渡せるはず。
そう思ったのも束の間、エルフィネス伯爵は私にこう言ってきた。
「食事については、ここで食べることになっている。このホテルの極上の料理をルームサービスで楽しめるなんて、贅沢なことじゃないか! その予定だから、カタリナは外に出ないように」
「そうよね、あなた。このホテルは、下の階に平民たちが宿泊しているんですもの……カタリナちゃんの身に何かあったら怖いわぁ」
「その通りだよ。新興貴族やブルジョア……あいつらは、どんな名前を使ったとしても所詮は平民だからな。私たちのような根っからの貴族を憎んでいるに違いない。関わり合うと、ろくなことにならないぞ」
偏見に満ちた二人の会話を聞いているだけで、息が苦しくなってくる。
……たしかに昔から、堅苦しい物の考えをする人たちだった。
私が前世の記憶があるからじゃないか……そう思うことにしていたが、最近の彼らはおかしすぎる!
そもそも、貴族や王族に生まれたから素晴らしい人間だっていう考え方がおかしい。
もちろん、知性や教養があって貧しい平民たちに施しをする領主は、平民たちからも尊敬されることだろう。
しかし、そもそも平民たちが汗水垂らして働いているからこそ、彼らはそこから税金を徴収して、富める暮らしをすることができるのではないか。
(だから、労働者を敬いなさいよっ)
そう心の中で叫びながらも、表面では両親に微笑んで見せる。
そう――何があっても表情はにこやかに。
これこそ、前世で培った接客業の極意である。
「わかりましたわ、お父様、お母様。ご心配なさらないで……わたくしは、王都では王宮以外には参りませんわ」
「よかったわ、カタリナちゃんが聞き分けのいい子で! 欲しいものがあれば、店の者をここに呼べばいいから絶対部屋を出ちゃダメよ?」
それを聞いて、私は伯爵夫人に懇願した。
「お母様……! マドレーヌをここに呼んでいただけないでしょうか?」
「……えっ?」
「明日の王子殿下との顔合わせは、エルフィネス伯爵家の娘として間違いなく伺います。しかし、わたくしは確認せねばならない帳簿がございます。カフェを経営している以上、彼女とのやり取りは欠かせないものですわ」
機嫌を損ねた様子で、伯爵は渋い表情をする。
「まったく、お前は……貴族の娘らしく社交活動をしているのかと思ったら、商人の真似などして! そんなことをしているから、変な男が寄ってきたのではないのか!?」
「……あなた、落ち着いて! あまり頭ごなしに怒ってしまうと、縁談の席で泣き出してしまうかもしれなくてよ!」
「それは困る!」
キンキン声で私を悩ませてくる伯爵夫人も、この時ばかりは娘を持つ母親らしいフォローを入れてくれた。
「そうですわ……わたくし、自分の作ったカフェがどんな有様なのかを数字で確認せねば、ゆっくり眠れません……!」
「……うぬぬ。わかった、人を遣わせてマドレーヌをここに呼ぼうではないか。ただ、私たちが見ている中で話をしてもらうから、そのつもりで」
「お父様、ありがとうございます! それで十分ですわ!」
四面楚歌な状況の中で、一歩前進することができた。
マドレーヌとの面会は、いまだ軟禁状態が解けない私にとって一縷の望みだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます