第20話 夢の実現
――オープン当日から、カフェは大盛況。
マドレーヌが作ってくれたチラシやポスターはロゴもイラストも秀逸で、店舗のおしゃれさもあいまって集客につながったのだろう。
もちろん、私が前世の知識をもとに作ったお菓子だって好評だ。
デザート類の一番の売りは、毎日三種類作るタルト。
チーズは定番で、あとの二種は季節の果物を使って作る。あとはパンナコッタが通年メニューで、夏場にはゼリーとアイスクリームを出す予定である。
パンナコッタは『王都で初めての味!』と新聞記事にもなるほどで、連日開店直後に売り切れが続いた。主原料がゼラチンだと完全に秘密にしているので、ほかの飲食店はどうやっても真似はできないだろう。
フードは、ひとまずパニーニのみで様子を見ることにした。中身はその時々で手に入りやすい材料で三種類準備している。
焼き菓子はこれまで出していたビスコッティとフィナンシェの他にマドレーヌもラインナップに入れた。
これは、前々から約束していた守銭奴侍女へのロイヤリティーのため。マドレーヌが十個売れるごとに、彼女の懐に銀貨が一枚入る計算だ。
そのため、彼女は接客をすると、絶対にマドレーヌを手土産に薦めるようになった。
内装にもこだわって、イメージに合わせるためにけっこうお金を使った。
前世で見たカフェの店舗は女性向けだからと言って、すべてがピンク色のパステルカラーというわけではなかった。
ケーキ類を置いているカフェは、緑と白を基調とした店が多く、そのアースカラーがカラフルなケーキを引き立てたりする。
そのため、「カフェ・カタリナ」でもイメージカラーをくすんだ緑と白にして、周囲の店舗との調和も重んじた。
壁紙やカーテンは緑の濃淡でまとめ、窓枠やカウンターの色は白。木製のテーブルにはベージュのテーブルクロスをかけ、硝子の一輪挿しに白い花を飾った。
この落ち着いたインテリアはなかなか好評で、当初はブルジョワや貴族のご令嬢がターゲットに想定していたものの、思いがけず男性のお客様も多く来店する結果になった。
隣接するリオネル様のお母様がされている香水店のお客様には、女性ばかりではなく男性の顧客もいるらしい。調香を待つ間に、一休みするために隣接するカフェに訪れてくれたりもする。
もちろん、ユーレック商会に来訪する取引先の中にも、家族へのお土産にとテイクアウトで焼き菓子を買ってくれるお客様もいた。
男性はあまりピンク色や花柄を使った空間に一人で入りづらいだろうから、落ち着いたインテリアにしたのは実利的な面からも成功だったと思う。
このカフェの営業時間は、お昼にオープンして閉店は七時。
オープン前にホテルへの提供分を含めた仕込みをするので、実際は九時には店に出ることになる。
早番と遅番のシフトを分けて、早番に店舗の開店前の掃除とキッチンの補助をお願いする。
キッチンは、私とマドレーヌが交代で監督をして、早番シフトの子にはすでに計量した材料で作ってもらう。そうすれば、レシピの内容や量は開示しなくて済むからだ。
ゆくゆく実務を離れて、フランチャイズ店との交渉などに回る私の代わりに、監督業務をメアリーにもやらせたいと思っている。
彼女はホテルカフェの時からの仲間だし、仕事ぶりは真面目で後輩たちにも慕われている。キッチンの監督業務をさせるのに、適任なのではないか。
その話を馬車の中でマドレーヌにしたところ、彼女は微かに眉を顰めた。
「……お嬢様がいらっしゃらない時は、私がやりますよ。それじゃ問題あるんですか?」
あらら、これは思いがけない反発だ。
カフェの件では、マドレーヌには世話をかけっぱなし。
いつもは気丈に振る舞っているが、南部地方にいたときの倍も働かせてしまっているし、本人も事あるごとに嫌味混じりにチップを要求してくる。
相当、ストレスが溜まっているのではないか、と心配していた。
私としても、気心知れたマドレーヌには細く長くお手伝いしてほしいので、ブラック企業のワンマン社長みたいに彼女を酷使したいとは思っていない。
それに、高騰し続けるチップを支払い続けるよりは、めきめきと力をつけているメアリーにサポートしてもらうのが得策と考えたのに……。
「えー、なんで? だって、マドレーヌだって一週間フルで出勤するのはいやでしょう?」
「目途が決まっているのであれば、それくらいやりますよ。いまはオープンしたばかりですし、仕方ないって思っています」
「うーん……そうかぁ……」
彼女の意気込みはうれしい。すごくうれしい。
でも、飲食業っていうのは本当に過酷だ。
当面は安息日である日曜日も、街の人々が礼拝帰りに休憩するニーズを考えて、閉店時間は早めるが営業はすることにした。
結局、私が抜けたりするとマドレーヌの稼働が大変なことになるのだ。
(もしかしたら、マドレーヌは自分の立ち位置をメアリーに譲るのがいやなのかしら?)
馬車の窓から外を見ている彼女に、ふとそんなことを考えてみる。
伯爵邸にいた時から、同年代のマドレーヌとは友人のような関係で、前世のお菓子のレシピを共有して楽しく過ごせる唯一の仲間だった。
前世の記憶があるために、どこか余所者のような感覚が抜けない私が伯爵邸で表面上うまく取り繕うことができたのは、マドレーヌの忌憚のない助言があったからだと思っている。
しかし、いま私にはリオネル様という恋人がいる。
将来、家族になるかもしれない彼の存在と、別の相手と結婚していつか私のもとを離れるかもしれないマドレーヌは、友人や仕事仲間にはなれるけれど家族にはなれない。
いまはたしかに家族のようなものだと思っているけれど、ずっとそうだと決めつけるのは、どう考えても私のエゴだ。
だから、公私の切り分けは必要不可欠。
私はきっぱりと彼女に告げた。
「わかったわ。オープンからひと月は、私とあなたでやりましょう。でも、来月からは新しいフランチャイズの加盟店との打ち合わせが入るから、徐々にメアリーに引き継ぎをしていってちょうだい」
そう言うと、マドレーヌは浮かない表情ながら頷いてくれた。
「わかりましたわ、カタリナお嬢様。私はお嬢様の決定に従います」
「ありがとう、マドレーヌ! 最初は不安かもしれないけれど、メアリーなら任せても大丈夫よ。何でもできる子だから」
「そう……ですね」
これで、ひとつ問題が解決しそうだ。
晴れ晴れとした私の笑顔に、彼女もつられたように微笑みを返してくれた。
……その時の私は、カフェの客入りが順調すぎて、浮かれていたのかもしれない。
後日、この決定を反省する出来事が起こるなんて、その時の私は夢にも思っていなかったのだ。
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