第21話 ライバル店あらわる!?
飲食店というのは、オープン当初は流行っていても段々客足が落ちるもの。
「カフェ・カタリナ」も例外ではなく、オープンしてからひと月は連日満席が続いて、私たちスタッフも全員がフル稼働していた。
しかし、目新しさがなくなった二ヵ月目からはランチやカフェの混雑時以外は、少し落ち着いていることが多くなる。
それはそれでいいのだが、客足と収益はなるべく同じ程度に保っておきたい。
私は顧客獲得のために、ドリンクの回数券を販売することにした。
ポイントカードのように名刺サイズで、こちらのほうで使用した回数にスタンプを押していく形で考えた。
カードの作成作業をしていると、通りかかったマドレーヌが感心したように聞いてきた。
「へぇー、先払いってことですか?」
「そうよ。そうすれば、顧客になってくれるでしょう? 一杯十リーブルのところを、回数券十二枚で百リーブル」
「ふーん。二杯、ただで飲めるわけですね! この辺りによく来るお客さんなら、お得ですね」
「そうよ。とってもオトク」
「でも、そうするとカフェ側の利益は減ることになりますけど、こっちにとってなんかメリットあるんですか?」
訝しげなマドレーヌだが、まぁふつうはそう思うだろう。
しかし、私は前世での経験から知っている。
利益を最大化するのは、もちろん大事なことだ。
ただ、それより大事なことがある。継続的な関係をより多くのお客さんと作ることだ。
なぜかといえば、飲食店の寿命は思いのほか短いものだから。
しかも、そんな飲食店の中でもカフェや喫茶店は出店しやすい分、競合も多いため一年で七割が廃業するらしい。
だから、馴染みのお客さん……優良顧客ともお店のファンとも言える存在は、多いに越したことはない。
「ともかく、お店にお客様を呼ぶことが大事なのよ」
「なるほどですね」
「だって、お客さんがわざわざここまで来て、コーヒー一杯だけで帰ると思う? おいしそうなケーキを隣の席の誰かが食べていたら、自分も食べたくなるでしょう?」
「あー、ドリンク一杯の粗利は減っても、他の商品を売れる可能性があるわけですね。ホテルでやったコーヒーとビスコッティ―のセット売りみたいな」
「そうそう。それに、うちとしてもドリンクの利益を十杯分、先に確保できるのはメリットなのよ。仕入れをするうえでもありがたいし」
かくして、この目論見は成功した。
カフェが空いている時間を狙って、ドリンクチケットを使って店舗に置いてある新聞を読みに来る人々が増えたのだ。
新聞目的の人たちは一人で来て時間を潰していくが、結局、口さみしくなるので焼き菓子を買ったり、パニーニを注文してくれたりする。
それなりに長居はするけれど、ありがたい上客になった。
回数券の百リーブルを一気に払えるのは、中流階級以上で生活に余裕がある人が多い。
そういうお客さんには、積極的に顔と名前を覚えて声がけをした。時には、店舗で売れ残りそうな焼き菓子を小さく切ったものを、試食品として提供した。
前世のように添加物を入れないので、タルト類は冷蔵しても翌日が限度だ。
焼き菓子はもう少し日持ちがするけれど、なるべく早めに在庫をなくしたい。
なぜなら、一度食中毒などが出ると店の評判に影響が出てしまう。それゆえ、販売促進の意味と在庫処分の意味で、顧客に試食をしてもらえば一挙両得だ。
うまくすれば、試食したものに興味を持って購入してくれることもある。いわゆる、前世で試食販売の手法である。
慣れないことに試行錯誤しつつも、「カフェ・カタリナ」は二ヶ月目も順調に利益を保っていた。
――しかし、三ヶ月目に入って思いがけないことが起こった。
一日で一番混み合うランチからカフェタイムまでの時間帯に、ぱたりと客足が途絶えたのである。
「あら……今日は、いやにお客さんが少ないわね」
「そうですね、カタリナお嬢様」
不安そうな面持ちをするマドレーヌは、呑気そうな他のスタッフたちをみやった。
新人スタッフたちも三ヶ月目に入ると、仕込みも店舗を回すのにもベテランの域に達している。
メアリーに至っては、キッチンの監督業務も完璧にこなす。
前に引き継ぎを渋っていたマドレーヌも、メアリーとシフトを交互にでき、定期的に休みをとれるようになったお陰で苛々することもなくなったようだ。
それはそれでいいけれど……お客さんは、いったいどうしたんだろう?
開店休業状態のカフェに、お昼時とあってリオネル様と社員の方々が二階から降りてきた。
「あれ? 今日はずいぶんと静かですね」
がらんとした店内を見て、首を傾げたリオネル様に私もため息を漏らす。
「そうなんですよ……こんな日もあるんでしょうかねぇ」
「お昼時だし、外で久しぶりにランチミーティングでもしようかって思っていたんですがちょうどいい」
そう言って、彼は連れの三人に声をかける。
「みんな、今日はここのパニーニでランチミーティングだ。ドリンクとデザートも好きな物を頼むといい。私の驕りだから」
「ホントですか、社長! 俺、この店のパンナコッタ大好物なんですよね!」
「俺はチーズタルトにしようかなぁ」
「フルーツタルトもおいしいよねー」
わいわいとカウンターのほうに向かう社員の皆さんをみやって、私はリオネル様に頭を下げた。
「ありがとうございます! いつも贔屓にしていただいて……」
「気になさらないでください。私としても、ここでゆっくり食事できるのはうれしいんです。オープンからずっと、パニーニもパンナコッタも売り切れでしたからね」
困った時にそれとなく助けてくれるのが、リオネル様の素敵なところだ。
まぁ、借家人がこんな有様では、大家としても心配になってしまうかもしれないが……。
――その時、護衛のマルコが慌てた様子で駆けつけてきた。
「カタリナお嬢様、大変です!」
「あら、どうしたの? マルコったら、そんなに急いで……」
彼には私がここで仕事をしている間は、ホテルカフェとの間の連絡役をしてもらっている。
商品の在庫のチェックに行き、不足分がこちらに余分にあれば渡しに行ったり、多めに余りそうなら引き上げたりする。それをするだけでも、フランチャイズ側の安心感は増すはずだ。
連絡役の彼が息せき切って戻ってきたということは、ホテルカフェのほうに異変があったのだろうか?
「大変なんですっ、裏通りに競合店ができていて……」
それを聞いて、私はまさかと思った。
どうせ、ティールームか何かが出店したのだろうと高をくくっていたのだ。
「とにかく、一緒に来てください。そうすれば、状況はお分かりいただけます」
マルコに急かされて、カフェをマドレーヌに任せて外に出た。
そして、目的地に着くと驚きに目を見開いた。
そこにあったのは、緑と白をベースにした路面店……外観も内観も、「カフェ・カタリナ」にそっくりそのままだったからだ。
しかも、外に張り出してあるポスターに書いてあるメニューも酷似している。
名前は微妙に変えてあるが、パニーニやタルト、焼き菓子などのラインナップもそのままうちと同じ――。
(え……これ、どういうこと?)
そして、看板に書かれている「カフェ・ベルトラ」という名を見た瞬間、これが誰の差し金で作られた店なのか理解した――。
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