第7話 守銭奴侍女の意外な才能


 ホテルのデモンストレーションは、みんなの協力のお陰で成功した。

 経営者側も、私の取り組みを後押ししてくれると約束してくれた。

 できたばかりのホテルで運営をするだけで手一杯。新たな取り組みを積極的にしてくれる協力者は大歓迎と、支配人も喜んでくれた。

 きっと、ウルジニア侯爵の姪でエルフェネス伯爵家の令嬢だという素性が考慮されてのことなのかもしれない。

 この一歩を踏み出す理由がコネだとしてもかまわない。運もコネも実力のうちだから。

 思えば、前世の私には、そのどちらもなかった。

 苦学生だった私は、お金持ちの友人が大学に進学してバイトせずにサークル活動に専念しているのを羨ましいと思っていた。

 でも、そういうときにこう考えることにした。私はお金がない代わりに、バイトをして色々な経験を得られるんだって。

 お金持ちの子のサークル活動と私のバイトで得られる経験値は異なるものだけど、将来自分が行く道で同じように糧になる。

 いや、もし就職していたとしたら、バイト経験のほうが飲食業界では歓迎されるくらいだ。

 だから、嫉妬の気持ちを捨てて前向きに頑張ることにした。

 カフェでバイトをした経験がなかったら、こんな風にカフェをやりたいというモチベーションもなかっただろう。

 それに、支配人からフードについてはよく考えられているって褒められた。

 アイデア自体は前世の知識をベースにしているから、私が考え出したものでも何でもないけれど、誰かから褒められるのは正直うれしかった。

 それが間接的に、ホテルのアピールにつながるなら人助けにもなるし、自己実現もできるし一石二鳥だ。

(私って、本当に仕事が好きなんだわ)

 つくづく、私はそう思った。

 王都に来てから、エルフィネス伯爵夫人から「いい人は見つかったの?」と督促じみた手紙が届いた。

 申し訳ないけれど、夢追い人の私にもう男は不要だ。

 前世の夢……死ぬ前に、カフェ経営をするということ、そして、恋愛をしたいっていうこと。咄嗟にその二つを思い浮かべた私。

 いま、はっきりとわかった。

 どちらかを選ばないといけないとしたら、私は間違いなくカフェ経営のほうを選び取る。

 なぜなら、世の中にはクズ男に溢れている。

 フィリップだって、最初は私に優しくしてくれた。それなのに友人のエレオノールと浮気して、挙句の果てにできちゃった結婚! しかも、それを知らせずに私と婚約破棄したところが度量の狭さを感じる。

 別に腹立たしいポイントは、婚約破棄をされたことじゃない。慰謝料が少なすぎることだ。

 そんな屈辱を受けたら、ふつうは5万ゴールドの慰謝料では足りないはず。

 ところが、すでにエルフィネス伯爵が婚約破棄の書類の取り交わしと慰謝料の受領を済ませてしまっている。いまさら文句を言っても後の祭りだ。

(いいわよ! 足りない分は、経営者として一流になってジャンジャン稼いでやるから!)

 私はテスト店舗で出すメニューを考えながら、決意を新たにした。



 ――カフェのテスト期間は一週間。

 日曜日は安息日とされているが、ホテルに宿泊する人のデータをとりたいので、あえて七日間連続で出させてもらうことにした。

 その代わり、時間帯はとても短い。

 十二時から十六時までの四時間が、与えられた営業時間だ。

 ランチについては宿泊客から簡単にとれる食事が欲しい、と前々から要望があったため。そして、ティータイムについてはメインダイニングがクローズしているから、宿泊客のニーズがあるのではないか、ということで決められた。

 ホテルのメインダイニングに集まるお客さんと、カフェに来るお客さんでは同じホテルに泊まっていると言っても客層も用途も違う。

 私がターゲットにしているのは、メインダイニングでゆったりコース料理を食べたい人々ではない。どちらかというと、仕事に追われているビジネスマンである。

 そうした人たちは、長々と何皿もあるような料理を待っている時間も、友人たちと語らいを持つ時間もない。

 新聞を片手に、パンやサンドイッチをかじってコーヒーで胃袋に流し込むのが、いまの彼らのランチ事情である。

 彼らは接客サービスを求めない。食べながら新聞を読む場所があれば、セルフサービスのほうが適している。

 そのため、テラスには今よりも席を多く配置した。

 前世のホテルや旅館でよくあるように、主要な新聞を何種類か用意して、手ぶらで来店したお客さんが読めるようにと配慮することにした。

 食べ物については、午前中には手軽なランチにできるようホットスナックを充実させ、午後はスイーツを多めにする。

 コーヒーはハンドドリップしかできないので面倒だが、そこは侯爵家のメイドたちがけっこう上手だから任せることにした。

 マドレーヌと私は、フード作りとカウンターでの接客をメインに担当する。

「あら、カタリナお嬢様。それは何ですか?」

 大きな紙に鉛筆でデッサンをしていると、マドレーヌが手元を覗いてきた。

「ああ……ポスターを作ろうと思って」

「ポスター! それは、本格的ですね!」

「だって、一週間だけで時間も限られているからね。お客さんにとって、わかりやすいほうがいいでしょう?」

 前世でのおしゃれなカフェのチラシを思い出しながら、レイアウトを考える。

 ここの世界は、前世のようにパソコンがないのがともかく問題だ。

 字も手書きというのがいただけない。写真はあるけど、まだ白黒の時代だしそのうえ高価だから使いづらい。

 残る手段は、イラストである。

「……ところで、お嬢様。これはいったい何ですか?」

「……え!? どこをどう見ても、コーヒーカップとパニーニじゃない」

 すると、マドレーヌがクスクスと笑い出した。

(何がおかしいっていうの? 失礼な女だわ!)

 憤りを露わにする私を見て、彼女は真顔に戻った。

「ちょっと貸してください」

「……!?」

 マドレーヌが、私の下書きの上からさらさらと絵を書き足した。

「え、なに……あなた、絵心あるじゃない!」

 そう叫んでしまうほど、彼女が筆を加えただけでコーヒーとパニーニのイラストがおいしそうに見えた。

「……カタリナお嬢様がド下手……あ、いえ、独特なだけでございます」

「失礼だけど、認めるわ。あなた、今からポスター担当就任ね!」

「えー、いいですけど私のこと酷使しすぎじゃないですかぁ? こんなに低賃金でこき使われると逃げ出しますよ?」

 唇を尖らせる彼女に、私はにっこり笑った。

「ボーナスはずむわよぉー。今回の一番の貢献者はマドレーヌだものぉー、だからがんばってちょうだい!」

「えー、ほんとですか!? ボーナス楽しみにしていますね!」

 ぱっと表情を明るくしたマドレーヌを見て、正直ほっとする。

 ……彼女が貢献してくれているのは本当だった。

 侯爵家の侍女たちへのレクチャーだったり、お菓子作りの手際の良さだったり、これまで彼女がやってきてくれたこともすごいと思っていたけれど、イラストまで上手いとは!

 まさに、これこそスパダリならぬスパ侍女ではないか。

 マドレーヌは私のカフェ経営の成功になくてはならぬ存在だ。

「ねぇ、マドレーヌ」

 私は鉛筆で下書きを仕上げにかかっている彼女に話しかけた。

「はい、何でしょう? カタリナお嬢様」

「ギャラはずむからって、他の屋敷に行ったりしないでね。私にとって、マドレーヌは大事な侍女だから」

 それを聞いたマドレーヌは、にやりと不気味な笑みを浮かべた。

「……今後、お嬢様からいただくボーナスの額によって考えさせていただきますわ」

 守銭奴侍女に情で訴えかけるのは時間の無駄。

 そう悟ったのは、この日の最大の収穫だったかもしれない。

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