第6話 黒髪の美青年との出会い2
「なんだ、いったい何だよ? 割り込んでくるなよ」
「そうだ。このお嬢さんと話していたのは俺たちだぞ。邪魔しようっていうなら、名を名乗れ」
男の一人が忌々しそうにそう言うと、黒髪の青年は肩を竦めた。
「そう言うあなたたちこそ、何者だとおっしゃるんですか? 人に名前を尋ねる時は、自分から名乗るのが筋でしょう?」
あまりの正論に、男たちは悔しそうだったが渋々名乗り始める。
「くそっ……俺はジュリアン・マルニアックだ」
「ルブラン・ベルジーニだ」
マルニアックとベルジーニを見比べて、黒髪の青年はふわりと微笑んだ。
「ああ、鉄道駅に納入する資材の入札にいらっしゃった方々ですね? たしか、ルドニック合同会社だったかな」
「うっ……そういうお前は……?」
図星をつかれたのだろうか。呆然とする二人に、青年は優雅に礼をする。
「申し遅れました。私はリオネル・ユーレック……ユーレック商会の会長です」
「えっ……!」
二人は驚愕して、途端にかしこまった表情に変わる。
「……会長でしたか! お若い方だとは聞いておりましたが……大変失礼をいたしました……!」
「会長、申し訳ございませんでした!」
ユーレック氏は、二人ににっこりと微笑んだ。
「あなた方は、私の大事な友人を困らせていたのです。今更、謝られても困りますね……入札については、他の業者に声をかけることにさせていただきます」
冷酷に切り捨てようとしているユーレック氏に、二人の男はぶるぶると震えている。
「ひっ……そんな馬鹿な!」
「そうです! その女性と仕事は別問題ではありませんか!」
男たちはあろうことか、私を睨みつけてくる。
とんだとばっちりだ……あっちから勝手にナンパしてきたのに、仕事がダメになりそうになった途端、私を犯人扱いしてくるなんて!
その二人とは正反対で、ユーレック氏は常識的な人間のようだ。
「資材入札の業務は、ベルクロン王国の王室からの依頼で請け負っているものです。ですから、ベルクロンの国民に害を成そうとするような方に機会を与えるわけにはいきません」
「そんな……」
「もし、私の友人に真っ先に謝罪したなら、さすがに考え直したと思います。しかし、それさえもしないとはビジネスパートナーの前に、そもそも人として問題があるでしょう……そんな倫理観がない相手と商売をしたいだなんて、少なくとも私は思いませんね」
「そ、そんな……! 入札で負けるならともかく、それにさえ参加できなかったと知られたら、私たちは会社を解雇されてしまいます!」
必死で喰らいついてくるマルニアックを、ユーレック氏は嘲笑した。
「あなた方のご事情は存じ上げません。この紳士淑女が集まるホテルの建物内で、破廉恥な真似をしようとした自分たちを深く反省しなさい」
呆然とする二人の男を残して、ユーレック氏は私に手を差し出した。
「さあ、お嬢さん。待たせましたね。ご一緒させていただきましょう」
さっそうと現れたユーレック氏に手を取られ、胸が早鐘を打ち始める。
彼の手は指が長く、綺麗な形をしていた。私より高い体温が、触れ合った肌を通じて心地のよさを伝えてくる。
転生してから美形の男性はたくさん見てきた私だが、ユーレック氏はこれまで見た中で一番美しい顔立ちをしていた。
見上げれば、美しい横顔――艶やかな黒髪、すっと通った形のよい鼻筋、高い頬骨、少し薄い唇。
ひとつひとつのパーツが完璧で、そのバランスも整った完璧な造形に、私の視線は釘付けになっていた。
(や、やだ……かっこいい……!)
男性不信のくせに、一気に私の脳内はお花畑になる。
最初に断っておくけど、ルックスもかっこいいとは思う。
そうは思うけど、どちらかと言えばこういう顔かたちの人が私をならず者たちから助けてくれた行動が素晴らしい。
――こんなできすぎたシチュエーションは、滅多にないと思う。
変な男たちに絡まれて困っているメイドを、美青年が助けてくれる……しかも、この人は若そうなのに、その男たちを権力でねじ伏せられるような凄い存在なのだ!
これまで私が出会った色男の筆頭が、婚約者の友人と浮気をするクズ男だから、私の男性への視線のハードルはやたらと低い。それは、百歩譲って認めよう。
それにしたって、いまの私は一介のメイドであり、確実に社会的弱者に見えるはず。
ウルジニア侯爵家の縁戚という立場や、伯爵令嬢という肩書きがない私を助けてくれるなんて、公明正大で心が真っ直ぐな人ではないか。
見返りを求めずに善行を施してくれる人を、私は心密かに天使様と呼ぶことにしている。
確実に、ユーレック氏は天使様だ。見た目も心も素晴らしいから、大天使様に格上げしておこう。
「ここまで来れば大丈夫でしょう。彼らもどこかにいなくなったようですし」
振り向いて、さっきの場所を確認したユーレック氏は、そう言って私の手をそっと放した。
「ありがとうございます……! ユーレック様」
私は笑顔で、彼にお辞儀をする。
「いえ、礼には及びません。紳士たる者、ご婦人がお困りになっているなら助けるのがマナーだと心得ております」
ユーレック氏はにっこりと笑った。
切れ長の青い目は、さっき男たちと対峙していた時は冷酷に見えたが、笑うと目尻が少し下がって柔和な印象になる。
それは、とてつもなく魅力的で……再び、私は彼に見惚れてしまっていた。
(あー……! ダメ、すごいイケメンだからって。さっき会ったばかりの男性をじろじろ見るなんて失礼だわ)
心の中で、自分を叱咤する。
私の視線には一銭の価値もないけれど、私が作ったお菓子にはいくばくかの商品価値があるのだ。
手にしている籠には、焼き菓子が余分に入っている。何かあったときのために、多めに焼いてきたのだ。
その中から、薄紙に包まれたフィナンシェを彼に手渡す。
「これ、よかったら召し上がってください。私が作ったものです……焼き菓子なんですが、これから売り物にするものなので、味は保証できます!」
「……えっ、お嬢さんが?」
彼は手にした袋を開けて、中に入っている金塊型のフィナンシェをしげしげと眺めた。
「クッキーみたいな大きさだけど、柔らかそうですね。こんな独創的なお菓子を作るなんて、もしかしてパティシエールなんですか?」
「見習いみたいなものです。金塊の形に作っているので、金運アップに御利益あるんですよ! 名前はフィナンシェと言います」
「へぇ……お金持ちという意味ですね。いい香りがする」
珍しそうに袋を覗き込んでいる彼を見て、私は得意になって補足する。
「アーモンドパウダーと焦がしバターの風味のせいだと思います。コーヒーにも紅茶にも合いますから、お仕事の休憩時間にぜひ召し上がってください」
「ありがとうございます。コーヒーと一緒に楽しみます」
私が作ったお菓子を、美青年が喜んでくれるなんてうれしすぎる。
晴れやかな気分でペコリと再度お辞儀をして、ナンパ男たちがいなくなったテラスのほうへと向かおうとした。
「……じゃあ、本当にありがとうございました!」
「あ……すみません!」
「……?」
「お嬢さん……もし失礼でなければ、お名前をお伺いしても……?」
そう尋ねるユーレック氏は、微かに頬を赤く染めている。
彼は私よりは年上かもしれないが、まだ二十歳を少し超えたくらいの年代である。もしかしたら、異性と話をするのがまだ不慣れなのかもしれない、と思った。
「カタリナです。カタリナ・エルフェネス」
「……カタリナ嬢、ですね。また、いつかお会いできるでしょうか……?」
その問いに、私はにっこりと微笑んだ。
「はい、もちろん! 近々、そこのテラスでカフェの試験店舗をやるんです。ぜひ、ユーレック様もいらっしゃってください!」
この時の私は、リオネル・ユーレック氏のことをイケメンの有望顧客としか考えていなかった。
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