第52話 幸せな婚約式2
婚約式に続く婚約披露パーティーは、一転してカジュアルなものになった。
その分、招待客も百名を超えた。
メイプルストリート店の一階は立食式のパーティー会場に姿を変え、テラスに至るまで参加者が座ることができるカウチや椅子を配置した。
一つ残念なことは、リオネル様のお父様……国王陛下については参加がむずかしいということだった。
リオネル様が庶子であることよりも、王宮外での催しに国王が個人で参加することは許されないのだ。それがたとえ、息子の結婚式であれ同じである。
(せめて、結婚式だけは王宮の中でやらないと……)
なるべくこれまで通りの暮らしをしたいと望むリオネル様の願いには反するけれど、私としては血が繋がった父が子の結婚式に姿を見せない事態は悲しいと思っている。
一方、私が招待したのは婚約式の出席者に加えて、王都の社交界で交流がある貴婦人たちや仕事関係の知人。そして、南部地方で仲良くしてもらっていた令嬢たちも、王都の観光がてら参加してくれた。
彼女たちの興味関心は、私の相手がどんな人なのかということ。
そして、リオネル様が呼んだアカデミー時代の学友たちや仕事関係の殿方との運命的な出会いを期待しているに違いない。
いずれにしても、今回の催しは多くの人に「カフェ・カタリナ」のメイプルストリート店をお披露目するためのもの。目的さえ達成できれば、令嬢たちが条件のいい子息を狙おうが何をしようが構わない。
カルテットが音楽を奏でる中、今日の主役である私とリオネル様がダンスを一曲披露した。
その後は、引き続きダンスを楽しむ男女、ブッフェテーブルに並んだ数々のご馳走や私がスペシャルレシピで作った生菓子、日頃「カフェ・カタリナ」に出しているお菓子類に舌つづみを打つ人々、主役の私たちにお祝いの言葉を伝えてくれる人々……と、即席のパーティールームになった一階とテラス部分は華やいだ賑わいを見せている。
そんな中で、南部地方で仲良くしてくれた令嬢たちがさっそく話しかけてきた。
「カタリナお嬢様、おめでとうございます! 驚きましたわ、お嬢様のお相手が王子様だなんて……」
「本当に素敵ですわ! 南部地方の殿方たちが霞んでしまうほど、美しい殿方ですこと!」
「ありがとうございます。お二人に会えて、とてもうれしいですわ。わざわざ、こんなところにまで足を運んでくださって……」
微笑んだ私に、令嬢たちは耳打ちしてくる。
「そう言えば、お聞きになりました? エレオノールお嬢様のこと」
「え、ええ……何でも隣国に嫁がれたらしいですわね?」
「相手の男性は貴族とは名ばかり。元々は金融業をしていた異教徒らしいですわ。しかも、何人も愛人がいるともっぱらの噂……エレオノールお嬢様はお飾りの妻として、屈辱的な毎日を過ごされているとか……」
「私のところにも、ベルクロンに戻りたいって書いてきましたわ。隣国の暮らしが慣れずにつらいだけかと思っていたけれど、旦那様との仲にも問題がありそうですわね」
その令嬢たちは、私と違ってエレオノールと手紙のやり取りをしているらしい。
これまで、エレオノールがしてきたことを考えると、それくらいの不幸はざまぁみろって感じ。
好きでもない男の元に嫁がされるのはさぞかし屈辱的だろう。自分がそんな目に遭ったらって思うと背筋が寒くなってくる。
やはり、人の不幸など喜んではいけないのだ。
(それに比べて、私は幸せだわ……いい人たちに囲まれて)
私は会場に集まってくれた人々を見てそう思った。
黒魔術が解けたら途端に泣いて詫びてくれた両親、我が子のように私の婚約を喜んでくれるウルジニア侯爵とイザベラ叔母さん、適宜エレオノールに関して情報をくれる南部の令嬢たち。
「カフェ・カタリナ」の路面店を出す際に出資してくださったサルヴァドール侯爵や投資家の皆さん、邸宅で行う行事のスイーツを「カフェ・カタリナ」に依頼してくださるマルモット伯爵夫妻、社交界で仲良くしてくれてよくお店に遊びに来てくださる令嬢たち。
ずっと友人であり頼るべき右腕であるマドレーヌやマルコ、メアリーや他のスタッフたちは皆きびきびと動いて、素晴らしい宴を過ごせるように尽力してくれている。
そして、誰よりも愛しいリオネル様――。
取引先との挨拶を終え、ユーレック商会の皆と歓談しているのを盗み見た途端に、彼は私の視線に気づいてこちらに近づいてきた。
あれ……何だか、心配されているみたい?
「カタリナお嬢様、大丈夫ですか? 何だか顔が赤いようですが」
「そ……そうですか?」
あまりに楽しすぎて、少し葡萄酒を飲み過ぎたかもしれない。
だって、私にとって最近の社交の場は営業活動の場でもあった。毎回、お酒は出されてもグラスに口をつけて飲んだフリをするだけ。
今日はメイプルストリート店のお披露目でもあるけれど、スタッフたちがきちんと動いてくれるお陰で、私はありのままの自分でいられるのがよかった。
婚約式が終わり緊張も解れて、差し出されて飲んだ葡萄酒はとてもおいしかった。何杯か忘れるほど飲んでしまったのは、今考えたら失敗だったけれど……。
「少し飲み過ぎたみたいですわ。いやだ、恥ずかしい……」
頬に手を当てて恥ずかしがる私に、彼は手を差し出した。
「外で風に当たりに行きますか。私たちがいなくても、皆さん楽しく過ごしていらっしゃるようですし」
「それもそうですわね」
令嬢たちがリオネル様のご学友と楽しそうに話しているのを見て、私たちはテラスの脇の階段からライトアップされた裏庭へと降り立った。
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