第51話 幸せな婚約式1


 「カフェ・ベルトラ」があった建物の賃貸借契約は、リオネル様のお陰でスムーズに済ませることができた。

 外装工事は看板の変更だけという居抜きのような状態で営業は開始できるものの、周囲への印象を変えるために、ネズミ駆除の業者を何日にもわたって入れることにした。

 もちろん、作業中は「ネズミ駆除および清掃作業中。期間中はご迷惑をおかけします」というポスターを外壁と扉に貼り、周囲にきちんとした対応をしていることをアピールすることも忘れなかった。

 このメイプルストリート店は一軒家というのもあり、ほぼセルフサービスという路面店との差別化を図るために予約優先とし、各階の貸切での使用も可能、ホテルと同様の接客サービスをすることに決めた。

 一階部分は「カフェ・カタリナ」を意識したシンプルな内装や調度を真似されているものの、エレオノールの趣味が出ているのか二階と三階はそれなりに貴族が好みそうな豪奢な内装になっているのがありがたかった。

 メイプルストリート店には、路面店に置いているもの以外にも、特別感を出すためにショートケーキとレアチーズケーキを置く。

 価格帯を路面店より若干上げることにしたが、セルフサービスではないことで人件費がかかるので、ある程度それは仕方がない。

 気軽に食べたい人は路面店、少し値段が張ってもゆっくり過ごしたい人はメイプルストリート店を選べばいい。

 タウンハウスを持たない令嬢たちのお茶会や婚約式や結婚式などの晴れの席に使えるよう、予約してくれた場合は提携した有名レストランに依頼して、豪華で美味しいフードメニューも提供する。

 そう……いつか何箇所かリオネル様に連れて行ってもらった高級レストランにかけあったら、オーナーが快く応じてくれた。

 以前、デートで食事に行ったときは考えられなかったこと。

 あの時はただのお客さんだった私が、この一年弱という短い期間で対等なビジネスパートナーになったことに喜びを感じる。

 新店舗の準備は、順調に進んでいる。

 求人に応募が殺到したのはうれしい誤算で、連日のように私とマドレーヌは何人もの面接を行うことになった。

 マドレーヌと相談した結果、今回は予定より多くのスタッフを採用することになった。

 フルタイムで働きたい人もいれば、パートタイムがいいという人もいる。その他、本業や学校があるため、月に数回働きたいという人も雇うことにした。

 シフトの組み合わせを考えるのは大変だけれど、従業員の口コミは大事な広告になる。

 これまではギリギリの人員でシフトを回していたが、路面店と違ってパーティーなどの繫忙期があるため、そういう場合に対応できる人材がいるのは安心感がある。

 メイプルストリート店のオープンイベントは、私とリオネル様の婚約式。

 新店舗開店と婚約式の準備の両方があって大変だけど、どっちも喜ばしいことだからがんばらなくちゃ!

 

 

 ――婚約式の当日、雲一つない快晴だった。

 私が着たのは薄いピンクに白いレースをあしらった可愛らしいドレス。

 リオネル様のほうは、襟に刺繍が施されたダークグレーのフロックコート、白いシャツに白いアスコットタイ、黒のベスト、細いストライプのトラウザーズという出で立ちだ。

 いつもにも増して素敵な彼にエスコートされて、裏庭に設えられた会場に入っていくと、私の家族……エルフィネス伯爵夫妻にウルジニア侯爵夫妻、リオネル様のお母様、双方の仕事仲間たちがあたたかな拍手で迎え入れてくれた。

 もちろん、「カフェ・カタリナ」のスタッフもみんな見守ってくれている。

 マドレーヌと目が合うと、ハンカチを握りしめて目をキラキラと輝かせていた。

 これまで苦楽を共にしてきたマドレーヌが、私の晴れ姿を見守ってくれているのが何よりもうれしかった。

「神の名のもとに、ベルクロン王国第二王子リオネル・デ・ベルクロン殿下とエルフィネス伯爵家のカタリナ嬢の婚約式を始めます」

 大聖堂から来てくださった司教様の立ち合いのもとで婚約証明書に署名をし、司教様がその内容を読み上げた後、私たちは婚約指輪を交換した。

 私たちは二人とも碧眼なので、リオネル様と相談して白金の台にサファイアとダイヤモンドを交互に入れた、いわゆるエタニティーリングをオーダーした。

 きらめくブルーの石と、透明な宝石が太陽光にキラキラと光る。

 そんなお揃いの指輪を互いの指に嵌めた瞬間、私は人生で最高の瞬間を味わった。

 誓いのキスについては婚約式では省くことにしたのに、リオネル様はきつく私を抱き寄せてきた。

「リ、リオネル様……」

 皆が見ている中で抱擁されて、顔を覗き込まれる。

「すみません、カタリナお嬢様。やっぱり、誓いのキスをしてもよろしいですか?」

「は、はいっ」

 うっとりするような顔でそんなことを言われたら、拒絶するわけにはいかない。

 私の中にグルグルと渦巻く恥ずかしさとうれしさ……おかしな熱に浮かされたような状態の中で与えられたのは、まるで皆に見せつけるような長すぎるキス!

(ちょ……リオネル様ったら! 激しすぎッ……!)

 あまりのことに気が遠くなりそうな私と相反するように、観衆は割れんばかりの拍手をしてくる。

 ようやくリオネル様が唇を離した時には、彼の腕の中でぐったりしてしまっていた。

 そんな私の様子を、彼は愛しそうに見つめてくる。

「これをもって、神は二人の婚約を正式に認めるものといたします。若き二人の行く末に、神の導きがあらんことを!」

 いやに冷静な司教様の声に、やっと私は我に返った。

 いずれにしても、少しばかり緊張していた婚約式はこれで無事に終わった。

 様々な苦難を経て、リオネル様の婚約者になれたこと……それが何よりうれしい。

 左手の薬指に嵌められた指輪の金属特有のひんやりとした感触が、私の心を逆に高揚させていた。

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