第50話 伯爵令嬢の事業拡大計画
「魔女の館」のオーナーが逮捕され、顧客たちが大騒ぎしている――そんなニュースが世間を騒がせるのに、それほど時間はかからなかった。
そして、グラストン侯爵令息フィリップが二度目の婚約破棄をし、元婚約者であるエレオノールが壮年の貴族の後妻になるため隣国に行かされたという話も。
おそらく、「カフェ・ベルトラ」の失敗と相次ぐ示談金などによって、ベルトラ子爵家は困窮してしまったのだろう。
持参金を用意するどころか、どこかの中年男に娘を売らねばならないとは、ベルトラ子爵家にとってもエレオノールにとっても残念すぎる結末である。
でも、彼女の境遇に同情はしない。だって、一歩間違えば私のほうがそうなるところだったんだもの!
魔女が関わった事件の被害者には調査結果を知らせる、というのが魔法省の方針のようである。
役人が訪ねてきて、私は説明を受けることになった。
エレオノールはフィリップを私から略奪するため、魔女を頼ることになった。彼にやましい夢を見せて、既成事実があったと思い込ませたらしい。
フィリップが私と婚約破棄をしてエレオノールと婚約したのは、彼がクズだったからではなく、エレオノールが腹黒だったから……そう知った時は、正直驚いた。
……だからと言って、フィリップに対する気持ちは変わらない。元々、恋愛感情がない相手だから、恨みが消えたことで愛が生まれるわけもない。
そして、エレオノールの罪はそれだけではなかった。
彼女はリオネル様と私の仲を引き裂こうと、魔女の力でエルフィネス伯爵に悪夢を見せた。
南部地方に私が戻されて軟禁じみた生活を送らされ、リオネル様と二度と会えないかもしれない危機に陥ったのは、すべてエレオノールのせいなのだ。
彼女が関わった黒魔術の二件とも、ターゲットはこの私。
その執念と悪意を感じ取ったことで、彼女に対して微かに残っていた慈悲の心は綺麗さっぱり消え失せた。
(結局、自滅したのね。これに懲りて、変な対抗意識を持たないでほしいものだわ)
そう思いながら、私は意地悪な笑みを浮かべた。
凋落した彼女と反対に、私のほうはすべてが順調だ。
社交活動や貴族の邸宅からのスイーツの受注生産に加えて、「カフェ・カタリナ」の新店舗として、メイプルストリート店をオープンさせることになった。
実は、このメイプルストリート店はかつて「カフェ・ベルトラ」だった建物。
新聞記事のせいで事故物件になってしまった「カフェ・ベルトラ」跡地は、せっかくの好立地なのに借り手がつかなかった。
内装も外装も「カフェ・カタリナ」にそっくりだということに目をつけたオーナーが、安い賃料でいいから借りてくれないか、と私に泣きついてきた。
ネズミ被害のネガティブなイメージはあるものの、それ以上にいいイメージを植えつければカフェ事業の発展に役立つ物件になりそうだ。
最近では、路面店のイートインは新商品オリエンタルゼリーの効果で大繁盛!
お茶の時間帯ではお客さんが入り切らず、利益をみすみす逃している状況が続いている。
そんな状況だから、路面店から近い「カフェ・ベルトラ」の店舗は、なおさら魅力的でもあった。
あちらは三階建てを丸々店舗にしているし、裏庭に面した大きなテラスもあるので外を眺めながらお茶を飲むこともできる。
一度ついたネガティブなイメージは、それ以上のポジティブなイメージで払拭すればプラスになるはず。
そう信じて、二階にいるリオネル様のもとに相談に行く。
路面店を出す時にも法務手続きを教えてもらったが、今回も自分一人でやるには荷が重い。
目下進行中の鉄道事業に加えて、貿易事業の帳簿も確認しなければならない月末は、リオネル様が多忙を極める時期である。
そんな中で、私の事業の相談対応までさせてしまうのは心苦しかった。
しかも、私がコンサルタント料としてお渡しするのは、階下で焼いたパニーニとカフェオレ。
謝礼も払うと言ったが、「お嬢様の手料理がいいです」と固辞されてしまった。
書類が山積しているデスクを横目に、私たちは軽い夕食を取りながら話し始める。
「実は、カフェ・ベルトラが入っていた物件を借りようと思っているのですが、リオネル様はどうお考えになりますか?」
「ああ、たしかに外観が似ていますものね! 追加工事が少なくて済むから、いい投資だと思いますよ」
思いがけず、リオネル様は乗り気のようだ。
こんな提案までしてくれた。
「例えば、あの店舗のプレオープンイベントとして、私たちの婚約式をするのはいかがでしょう?」
「えっ……第二王子殿下の婚約式ですよ!? ふつうは、王宮でやるものではないのですか?」
「問題ないですよ。そのほうが、新店舗をアピールできるでしょうし」
「本当にそうできるならありがたいですが、国王陛下がどうおっしゃるか……」
「王太子殿下に何があっても世継ぎにはならない、という意志表示のために、私はこれまでの暮らしを続けたいのです。それについては、国王陛下にもお話しています」
パニーニを片手に、リオネル様はうれしそうに笑う。
ふつうだったら、王子の地位を与えられればより大きな権力を求めるはず。
王都には私よりもふさわしい家柄の令嬢はたくさんいるし、彼が望めばいくらでも有利な婚姻を結べるだろうに。
それなのに、リオネル様は私を選んでくれた。
そして、私の事業にここまで協力してくれるだなんて――。
「リオネル様、ありがとうございます! なんとお礼したらいいか……」
「カタリナお嬢様のしあわせが、私のしあわせですから」
こんなに優しい恋人がいる私は、王都で一番幸福な令嬢ではないだろうか?
彼と出会うきっかけをくれたエレオノールに、今は感謝するばかりだった。
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