第31話 寝取り令嬢の悔し涙1
あー、やだやだ! 最近、悪いことばかりが続くわ。
いったい何なのかしらね……?
えっ、厄年じゃないかって? ちょっと、あなた。厄年って何よ? この美しくて完璧な貴族令嬢であるわたくしに、そんな世間の常識は通用しなくてよ。
だから、もし何かあるのだとしたらカタリナの呪いとしか思えないわ!
わたくしの運勢が下降し始めたのは、ユーレック商会と「カフェ・カタリナ」によるナンパ男たちに対する告訴だった。
あの貧乏人たち、弁護士費用がないとか言ってきたわ……。
そういうものは織り込み済みで、こっちも謝礼を渡しているんじゃないの! しかも、ギルドに頼む相場よりも高く払っているのよ?
ただでさえ、「カフェ・ベルトラ」の経営がイマイチなのに、それは手痛い出費だったわ。
ただ、それだって新商品を出せば、カフェの客足は戻ると思っていたの。
メアリーに聞いたカタリナの店の発売日よりも早く、うちでは新商品を発売することにした。
まったく、うちのパティシエには頭が下がるわ。
不十分なメアリーの情報から、完璧なまでにカスタードプディングを仕上げてくれた。
少しくらい違っていてもいいのよ。「カフェ・ベルトラ」のスイーツのほうがおいしいし、わたくしと同じような社交界で輝く令嬢たちが喜ぶって決まっているもの!
そうよ、わたくしは貴族令嬢の中心にいるわ。
カフェの店内に入り浸って、メイドの格好をしておままごとしているどこかの変わり者とは違う。
日々、色々な令嬢のお茶会に招かれ、夜はフィリップと共に夜会に出席する日々……それにカフェの視察もしなきゃいけないのよ? 目が回るほど忙しいわよ。
毎日出歩いていれば、ドレスやアクセサリーは新しいものが必要になるから、なかなか物入りなの。
気前のいい婚約者がいるから、そんなのプレゼントで賄えるでしょうって?
それが、そうでもないのよ……。
王都に来てしばらくは、フィリップも婚約者らしいやさしさを見せてくれたわ。
ただ、最近はどうにも不機嫌なのよ。どうしたのかしら?
「君は自分で事業をやっているだろう? たまには自分のお金でドレスを買ったらどうだい。僕はしがない役人なんだから……」
えっ、いったい何なのよ。ふくれっ面しちゃって。
自分が官僚になりたいって言ってなったんだから、そんなにむくれないでほしいわよ。
たとえ役人の給金が大したことないって言っても、仮にもグラストン侯爵家の令息なんだから!
……なんて文句は口が裂けても言えないわ。
仕方がないから、ナンパ男たちの弁護士費用と自分のドレス代を稼ぐためにわたくしは事業に本腰を入れざるをえないの。
そんなわけで、パティシエが作ってくれた新作スイーツには期待をかけていたわ。
硝子のお皿に載った卵と砂糖がたっぷり入ったカスタードプディングの上に、パティシエは甘いチョコレートをかけて周りにフルーツの盛りつけをした。
メアリーが言っていた「カラメル」ってチョコレートのことだったの? よくわからないけれど、おいしいから許しましょう。
甘いものに目がないわたくし……いえ、貴族のご令嬢たちは、このスイーツ「チョコレート・プディング」を絶賛するに違いないから。
発売初日は、なかなかの客入りで注文も結構入った。
砂糖とチョコレートは東方からの輸入に頼っているので、どうしても原価が高くなってしまう。
それでも、売れればそれなりの利益は出るという計算よ。
いえ……カタリナのレシピをよりおいしくアレンジしたのだから、売れてくれないと困るわ。
新商品を売り出して三日目まではよかった。
社交界で懇意にしているご婦人たちが「カフェ・ベルトラ」に足を運んでくれて、チョコレート・プディングを注文してくれたわ。
ところが、異変は四日目にやってきた。
何かと思えば、それは「カフェ・カタリナ」が新商品を発売する日。
店の周りに貼ってあるポスターを見ると……何よ、プディングはどこにあるのよ!?
カタリナの店の新商品は、「東方女性の美の秘訣・オリエンタルゼリー」。
記事で問題にしてやったゼラチンを使っていそうな見た目だけど、オリエンタルっていうから違うのかしら?
何にせよ、そのオリエンタルゼリーという代物を求めて、「カフェ・カタリナ」の前にはウェイティングリストがあり、入店待ちの客が十人ほど椅子にかけていた。
悔しいけど、繁盛しているのね!
ちょうどその時、「カフェ・カタリナ」から知り合いの令嬢たちが出てきたから、わたくし自ら事情聴取してみたわ。
「あぁ、爽やかでおいしかったですわ! そのうえ、痩せる効果もあるとか……」
「斬新ですわよね。お菓子なのに痩せるだなんて!」
「スタッフの方も、試食を二週間続けてウエストラインが三センチも細くなったとか……」
「すごいですわ。タルトをオリエンタルゼリーに変えただけで、つらい運動なしにそんな効果があるなんてねぇ」
「甘すぎないところもいいですわよねぇ……あ、もちろんエレオノールお嬢様のカフェの新作もおいしかったですわよ! また近いうちにお邪魔させていただきますわね!」
そそくさと去っていく令嬢たちの後ろ姿を見送りながら、わたくしは拳を握りしめた。
(なぜ、みんな甘くないスイーツを褒めるのよ? スイーツっていうのは、甘いからスイーツじゃないのかしらっ!?)
そうは思っても、後から後から女性客が店にやってくる。
うちの店は待たないでも入れる状態だというのに、「カフェ・カタリナ」の痩せるスイーツを食べたいために並んで待とうって言うのだ。
まったく、彼女たちの気持ちがわからないわ!
(どうせ、発売から数日だけだわ! そのうち、うちのカフェに戻ってくるわよ)
そう高をくくって、それ以上のことは気に留めなかった。
だって、それでなくともわたくしには考えなきゃいけないことがたくさんあるのよ。
来週の舞踏会に着ていくドレスの仮縫いと、それに合うアクセサリーを選ぶのと、ひっきりなしに届く招待状の返事を書くのと……。
わたくしがこれまで以上に社交活動をすれば、「カフェ・ベルトラ」に活気が戻ってくるに違いないわ。
……この時のわたくしは、心からそう信じていたの。
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