第16話 路面店の出店計画


 カフェ店舗のオープン計画は、着々進んでいった。

 サルヴァドール侯爵の友人の新興貴族やブルジョワたちも、テラスカフェを視察してスポンサーになってくれると申し出てくれた。結局、サルヴァドール侯爵を含めて十人の後援者が集まったことになる。

 これだけいれば、初期投資の費用としては十分だが、失敗したときのために実家にもお小遣いをせびってみる。

『流行のドレスを着た令嬢たちが素敵な殿方と仲睦まじくしているのを見ると、心が締めつけられるようです……社交費用を追加でいただけないのでしたら、わたくしは修道院で神の花嫁になりとうございます』

 要するに王都は物価が高く、ご令嬢たちとの社交にお金がかかる。

 月々送金いただいているもの以外にも、グラストン侯爵家から受け取った慰謝料があるのだから、その範囲内で融通して頂けないか、と――。

(まぁ、エルフィネス伯爵はケチじゃないから大丈夫でしょう!)

 そう思って、にやにやしているとマドレーヌがやってきた。

「お嬢様、月締めの帳簿を確認してくださ……え、どうしたのですか?」

「いえ、お小遣いをもう少しもらおうと思って」

 そう言いながら、私はマドレーヌから帳簿を受け取った。

「今のままでも、十分じゃございませんか! だって、お嬢様は王都に来てからドレス一枚あつらえてないでしょうに」

「むしろ、要らない宝石を売ったりしたわよ。だって、お菓子の材料を買うにも資金が必要だったんだもの……まあ、今じゃ利益で宝石なんて自腹で買えるけど、新しくお店をオープンするから余裕があったほうがいいと思って」

 マドレーヌは、私の手紙を覗き見て深く嘆息した。

「カタリナお嬢様、いい度胸していらっしゃいますねぇ。 旦那様を相手にゆするだなんて……」

「人聞きの悪いこと言わないでよ! 予想外にあなたのチップが高騰しているからっていうのもあるんだから!」

「ふふ、仕方ありませんよ。伯爵家と取り交わした雇用契約の範囲外のこともやらされているんですから」

「そう言われると文句言えないけどさぁ……」

 唇を尖らせながら、蜜蝋を使って手紙に封をした。

 たしかに、マドレーヌは昼夜問わず働いてくれている。

 カフェの従業員の新人教育から実務、売上の集計と帳簿付け、屋敷に戻ったあとは新規店舗のポスター案の作成やメニュー表の準備までお願いしているのだ。

 前世の常識で考えても、求めるものがマルチタスクすぎる。

 さながら、そんなことを要求している私は、ブラック企業のワンマン社長というところか……。

「うーん……マドレーヌが過労死したらまずいから、路面店を始めたらテラスカフェのほうはやめようかしら?」

「えっ、もったいない! それこそ、ホテル側に売るべきじゃないですか!?」

 私の呟きから、また違うプロジェクトの芽が生まれる。

 ホテルのテラスカフェのオープンから、二ヵ月ほどが経とうとしている。

 その間の収益はかなり安定したものになっている。天気による売り上げの変化など、私は自分が後から見てわかるように前世の表計算ソフトを思い出しつつ、グラフを使ってまとめていた。

 それと、私が作ったメニューのレシピ、マドレーヌの描いたイラストが載ったポスターやメニュー表。

 それらを合わせて、事業家に売ればそれなりの収益になるのではないだろうか?

(でも……それだと、私のレシピが勝手に使われてしまうかもしれないわ。情報の流出はよくないわよね)

 その危険性を考えると、完全に売ってしまうのは考え物だ。

 考えあぐねる私の頭に浮かんできたのは、前世の街でよく見かけていたコーヒーチェーン店やコンビニ。

 あれは、たしか直営じゃなくてフランチャイズ形式だったのでは……?

 フランチャイズなら、ノウハウを保持しながらメニューを提供することが可能なはず。

 その対価として、加入費用はもちろんその後も継続的にロイヤリティーを受け取ることができ、マドレーヌや古参の従業員の負担も減る。

 店舗の経営に口出しもできるので、一石二鳥じゃないだろうか?

 実はテラスカフェの成功を知った近隣のレストランオーナーたちが、パニーニや菓子のレシピを欲しいと言っていたから、需要はあるはずだ。

 今後、路面店を出したらそういう要望もさらに高まるに違いない。

「マドレーヌ、いいこと考えたわ!」

 私がそう言うと、マドレーヌは首を傾げた。

「どんなことでしょう?」

「売らずに口出しだけできる方法。それには、あなたにまた手伝ってもらわないといけないことが多くなるわ」

 彼女は両手を胸の辺りで組み、天を仰いだ。

「あぁ、神様……カタリナお嬢様がまたもや私をこき使おうとしていらっしゃいます! どうか、天のお恵みを与えてくださいますよう……」

「わかった、わかった! ギャラアップね。了解!」

「さっすがお嬢様! 神様よりもお嬢様でございます!」

 まったく、守銭奴侍女は調子がいい。

 この前、クズ男に私の五分間を売った恨みはまだあるが、いつもこき使いすぎているのもあるから、今のところはおあいこにしてあげよう。

 ――というわけで、二店舗経営するという激務を短期間に済ますべく、フランチャイズ方式を取り入れる。

 路面店が軌道に乗った暁には、テラスカフェを運営を任せられるよう計画を変更することになった。



 調理や接客、店舗のマネジメントなら前世のバイトで散々経験してきた。しかし、経営者がやる諸々のことは、実際のところふんわりとしかわからない。

 たとえ私が、前世で経営について熟知していたとしても、ベルクロン王国の法律関係を学んでいないから、いきなり実務を単独でできるわけもない。

 そんな時に頼りになるのは、リオネル様だ。アカデミーで学んだ知識と、ご自身で事業をされている経験との両方があるのだから。

 というわけで、私はリオネル様にコンサルティングをお願いした。

 天使のように優しい彼はご自分の事業も忙しいのに快諾してくれた。

『ちょうどよかった! うちの母も、カタリナお嬢様にご挨拶したいそうで……ぜひ、我が家で夕食を一緒にとりましょう』

 ありがたくも、そう言ってもらえたのだ。

 いつかはこういうこともあるかと思っていたけれど、こんなに早く親公認の彼女になるなんて驚きだ。

 だって、相手は美形で優しくてお金持ちの青年……婚約破棄されて半年も経っていない私がこんな幸せになっていいのだろうか?

(……お母様に気に入ってもらえるといいんだけど)

 多めに作ったフィナンシェを手土産に、リオネル様が住んでいるご自宅に向かった。


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