第47話 彼と共に生きる人生は薔薇色に
「まあ、カタリナちゃん! 戻ってきたのね、歓迎するわ!」
ウルジニア侯爵邸の離れにまた滞在することになった私は、イザベラ叔母さんにハグされて大歓迎を受けた。
「ありがとうございます。マドレーヌとマルコも引き続きお世話になってしまって、恐縮です」
「いいのよ。うちは息子たちが外にいるから、若い人たちがいてくれるほうがいいわ……そのうち長男がお嫁さんを連れてくるまで離れは自由に使っていいからね。まぁ、一生独身かもしれないけどね!」
そんな叔母さんの冗談に笑いながら、私は懐かしい部屋に戻った。
今は南部地方のエルフィネス伯爵邸よりも、このタウンハウスを心地よく感じている。
カフェの色々なメニューを考案したライティングデスク、リオネル様とのデートの前にマドレーヌに髪を結ってもらった鏡台、そして、初めての恋に胸をときめかせながら眠りについた寝台も――。
すべてが、自分にはなくてはならないもののように感じている。
ついさっき、私はリオネル様……ベルクロン王国の第二王子であるリオネル・デ・ベルクロン殿下の王子妃になることが内定した。
正式な婚約式はまだだけど、国王陛下の後押しがあるのだから、さすがのエルフィネス伯爵夫妻でも文句のつけようもない話だろう。
どこまでリオネル様がご自身の身分を公表するか、そして、私が「カフェ・カタリナ」に顔を見せるかは今の段階ではまだ決まっていない。
でも、細々とでもいいからカフェに携わり続けたいと思っている。
その希望を告げたら、リオネル様は快諾してくれた。
「お嬢様がそうおっしゃるなら、できるだけ譲歩しましょう……ただし、私以外の男にその魅惑的な微笑みを分け与えるのはやめてくださいね」
……接客業でお客さんに笑わないのも無理だから、なるべくこれからは経営側に移らなくては、と思っている。
リオネル様は、アステリウス公爵領に行くのは限られた場合のみ。王都に留まって、いまご自身に任されている事業を続けていくとのこと。
国王陛下は若くして事業家として大成したリオネル様の知見を見抜いて、ユーレック商会に鉄道事業を任せたらしい。
公共事業というのは、縁の下の力持ち。とても地味な仕事だが、リオネル様はご自身に与えられた役割をコツコツとやっていくつもりだ。
おそらく、新聞を賑わすのは王太子となる彼の兄だろう。
でも、リオネル様のような人こそが国を支えているのだと知っている。
人知れない苦労をしている彼を、私はそばで支えていきたいと思った。
久しぶりの「カフェ・カタリナ」は、すっかりマドレーヌの天下になっていた。
自分へのマージンが入るからか、店の前にでかでかと焼き菓子マドレーヌのポスターが貼ってある。
しかも、アイスボックスクッキーに倣って、ココアマドレーヌと紅茶マドレーヌという新たな商品を出し、プレーン味を含めたマドレーヌ三色セットまで販売している。
(もう……勝手にそんなことしちゃって!!)
内心呆れ果てる私だったが、ココア味と紅茶味を試食させてもらったら、これがなかなかおいしかった。
売上を確認したところ、お客さんの評判も上々のよう。
今回ばかりは、マドレーヌの商品開発能力を褒めてやらなきゃいけないだろう。
「よくやったわ、マドレーヌ! 私がいなかった間に店舗管理をしてくれたばかりか、売上アップの施策もしてくれるなんて!」
「いえ、お嬢様は大変な思いをされていたんですもの。私がお嬢様の分まで努力しませんと」
にこやかなマドレーヌに、私はひとつ提案をしてみる。
「ねぇ、マドレーヌ。フィナンシェとクッキーが売れても、あなたにマージン入るようにするから、売上アップの方法を考えてくれないかしら?」
「えっ、本当ですか!? それなら、がんばりますっ!」
マドレーヌは即座に答えると、キッチンに駆け込んでいった。
さっそく、パティシエのグラン氏と相談をするのだろう。
その後ろ姿を見ながら、私は微笑んだ。
とりあえず、お店のマネジメントはこのままマドレーヌに任せても大丈夫そう。
彼女を路面店の店長にして、ほとんどの業務に習熟しているメアリーを路面店の副店長に、マルコも駅売店とフランチャイズ店舗を担当する副店長にしよう。
「カフェ・ベルトラ」から移ってきたスタッフも、前に見た時よりもずっと接客態度が良くなっている。
店舗については順調なので、あとは私が頓挫していた社交活動と貴族の屋敷からの菓子の受注を増やす計画を進めて行かなくては。
そう思っていると、リオネル様が上の階から姿を現わした。
改めて店内で彼に会うと、何だか新鮮だ。
この国の第二王子と知った後では、その美貌と品の良さは血筋ゆえの高貴さが滲み出ている気がした。
私を認めると、青い目を細めて微笑みかけてくれた。
「カタリナお嬢様、ごきげんよう。昨日はお疲れ様でした」
「ごきげんよう。リオネル様……!」
私たちが婚約したことを、まだ誰も知らない。
とりあえず、エルフィネス伯爵を説得して、王都にしばらく滞在できるということをマドレーヌたちには伝えただけ。
リオネル様との関係を話せば、彼がどういう素性なのか説明しなくてはいけなくなる。
まだ、ご自身の身分を公表していないタイミングだから、私のほうで周囲に疑問を抱かせる発言は避けたかった。
「あ……お嬢様。昨日お伺いしたことで進展があったので、もしお時間があれば私の部屋で話をさせていただけますか?」
「わかりました、いま伺いますわ」
上の階の執務室に行き、来客用のソファーセットに腰を下ろす。
「……お嬢様がくださった情報で、魔法省が動き始めました。前々から、南部地方を中心にあやしげな事件が起こっていたらしいのです」
「ああ、ベルンの占い館の件ですね!」
「ええ。おそらく、明日にでもオーナーを捕えるそうです。そうしたら、証拠が出ればベルトラ子爵令嬢も今回ばかりは逃れられないでしょうね」
それを聞いて、私は安堵した。
別に、エレオノールの不幸を願っているわけではない。
彼女が本当に占いだけをしてもらいに、その場所に行ったのなら何ひとつ問題はない。
ただ、そうじゃなかったら……禁じられている魔法を使ってよからぬことをしていたら、その償いはしなくてはいけないと思う。
「さて……この件は魔法省に任せることにして、私たちの婚約式のことを決めなければいけませんね」
うれしそうなリオネル様に、私も思わず表情が綻んだ。
「そうですわね。ぜひ、うちのカフェでお食事やデザートを担当させていただきたいですわ!」
「もちろんです。誰を呼ぶか、どんなメニューにするか……少しずつ、決めていきましょう。そうしたら、あなたと二人で会う時間も必然的に増えますからね」
見つめ合った私たちは、どちらからともなく手を取り合う。
こんな優しい時間を過ごせるなら、いくらでも打ち合わせに応じよう。
リオネル様の澄んだ瞳を見つめながら、私はそう思っていた。
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