第13話 デートを邪魔しないで!


 ――世界中が薔薇色に染まっている気がする。

 ホテルでのカフェ経営はすこぶる順調。サルヴァドール侯爵という後援者が現れたお陰で、王都の街中にも路面カフェを出店する計画も現実化しそうだ。

 季節は初夏――夜遅くまで外は明るく、過ごしやすい季節である。

 夕方から夜の王都の街並みや人の流れを知るために、私は毎晩のように外食をするようになった。

 どの辺のエリアで出店すれば、効率的に集客できるのかを探るため……要は、エリアマーケティングの意味合いもある。

 大体はマドレーヌや騎士のマルコ、時には手伝いをしてくれたメイドを連れて行くが、最近ではリオネル様と二人で出かけることもある。

 そう……驚くべきことに私たちは、お付き合いを始めたのだ!

 リオネル様はとても紳士的で、私なんかにはもったいないほどスマートでかっこいい。彼と歩いていると、ご婦人方の視線が集まってくるのがよくわかる。

「……リオネル様は素敵すぎるから、わたくしなんかが隣にいていいのか、いつも不安になりますわ」

 王都のメインストリートに面したレストランで、私は彼にそう言った。

 毎回、リオネル様は雰囲気がいいお店にエスコートしてくれる。

 これからオープンするカフェの路面店は女性をターゲットにしたものにしたい、と話したから、視察のためにおしゃれなお店を選んでくれているんだろう。

 食前酒を傾けていた彼は、澄んだ青い目を私を向けた。

「そんなこと……むしろ、こちらが申し訳なくなります。新規出店の準備でお忙しいのに、こんな風に遅い時間にお誘いをしてしまって」

「いえ、リオネル様とご一緒できてうれしいですわ。むしろ、いつもご馳走していただいて申し訳なく思っているくらいです」

「一人で食事するより、カタリナお嬢様とご一緒するほうが楽しいから、お金のことは気にしないでください。いつも、おいしいお菓子をいただいているので、私たちの間に貸し借りはなしですよ」

 そう言ってもらえるのは、こちらとしてもありがたい。

 実は、新規出店に備えてスイーツを充実させようと、何種類かケーキを試作しているところなのだ。

 ホテルのテラスカフェで出すような手軽なものはもちろん、前世の製菓学校で学んでいた本格的なケーキも、新店舗では出そうと思っている。

 まず、テラスカフェは夏に向けてパンナコッタを出すことにした。

 前世のカフェでのバイトで使っていたパンナコッタのレシピは、驚くほど簡単だった。牛乳と生クリームに砂糖、ゼラチンを入れて温めて混ぜたものを、型に入れて冷やすだけ。その上にベリーソースと季節の果物を添えれば、彩り美しいデザートメニューになる。

 新店舗用のケーキは常時用意するメニューなだけに、手間がかかりすぎず、なおかつ、おいしいものでなくてはいけない。

 美しく複雑な造形のケーキは勉強にはいいけど、準備時間に制約があり何種類か用意しなければいけない場合はむずかしい。

 テイクアウトするときの型崩れなども考慮して、土台を使いまわせるタルトをベースにしたメニューを中心にすることにした。

 先日は、苺のパンナコッタとレアチーズタルトを、関係者に試食してもらったが、思ったよりも好評でよかった。

 もちろん、リオネル様も大絶賛だった。

「何というか……カタリナお嬢様の作るお菓子は独創性がありますよね。考えてもいなかったようなものを作られるので、もしかしたら別の世界を見てきたのかなって思うこともあって」

 ……ギクリ。

 鋭いところを突かれて、冷や汗が出る。

 たしかに、この国でタルトを使った菓子はあるが、パンナコッタはない。パンナコッタは前世でも20世紀に生まれ、比較的新しい部類のものなのだ。

 それは、パンナコッタやムースの原料になるゼラチンが、食用に使われるのが遅かったためだろう。

「い、いえ……リオネル様からゼラチンをいただいたので、パンナコッタについては考えることができたのですわ。感謝しております」

「ああ、あの写真用に使うものですよね。あれを使って、お菓子を作ろうとはお嬢様以外考えないでしょう。しかも、とてもおいしかったです!」

 そう褒められれば、悪い気はしない。

 ただ、ゼラチンが食用であることを知っているのは、前世の記憶があるから。そうでもなければ、接着材や写真加工の用途しかないものをお菓子に利用するなんて、考えられないだろう。

(私の前世の記憶、残っていてくれてありがたいわ……!)

 お菓子作りに関して言うなら、絶対的にあったほうがいい。

 うっかり記憶を消し忘れた神様に、感謝したいくらいだ。

 そして、レストランで出される今夜の食事もとてもおいしそうだ。

 目の前に運ばれてきたのは、金の縁取りがある白い皿。

 その上に載っているのは、牛フィレ肉のパイ包み焼き。切れ目が上に向いており、中から美しくローストされた肉と、香草や松の実、マッシュルームなどの具がたっぷり入ったフィリングが覗く。

 肉汁とグレイビーソースの香りが鼻腔を掠め、一気に食欲が湧いてくる。

「わぁ、おいしそうですね!」

 目を輝かせる私に、リオネル様はにっこりと微笑みかける。

「そうですね。冷めないうちに、食べましょう」

 猫舌の私がふーふーしながら、肉料理を口に運ぶのをリオネル様はうれしそうに見つめている。

 この店は控えめに言っても素晴らしい。

 前菜は山羊のチーズと香草のサラダと帆立のソテーを添えたものだが、皿の上に絵を描いたような絶妙な配置とソースの色味の美しさが目を引いた。

 スープも手間暇かけて裏ごししたポタージュスープである。ミキサーが存在しないため、具材の形は残っているものの、それがむしろ私には新鮮で美味だった。

 こんな風にすばらしい品々を楽しませてもらうと、最後のデザートも期待する。

 最後に運ばれてきたのは、可愛らしい色味の苺ケーキ。

 ベルクロン王国では、クッキーのような焼き菓子がお菓子の主流。ケーキと言っても、前世の日本のようなショートケーキというのは存在しない。

 そもそも、あんな風にスポンジ生地を生クリームでコーティングしたケーキは、欧米にはないらしい。ショートケーキは、日本式のケーキと呼ばれるそうだ。

 そんなわけで、この19世紀ヨーロッパ的な世界の苺ケーキは、イギリスのスコーンやショートブレッドなどのような生地の間に生クリームや果物を挟むスタイルである。

 このレストランは高級店なので、ケーキの周りを取り囲むように苺やベリーを配置し、赤いソースと生クリームで皿全体をデコレーションしている。

(コース料理の最後にこれは……なかなか重いわね)

 食べたことがある方はお分かりだろうが、スコーンやショートブレッドはけっこう油分が多い。それに生クリームが加わると、たしかにおいしいけれども、とにかくヘビーの一言なのである。

 そんなことを考えながらも、私はぺろりと完食していた。

「おいしかったですね!」

「そう言っていただけて、ホッとしました」

 食後のコーヒーをいただきながら、リオネル様と和やかに語り合っていると、どこかからか不穏な視線を感じた。

 あまりにも彼が素敵なので、また貴婦人の視線を攫ってしまったのだろうか?

 そう思いながら店内を見渡したが、私たちのテーブルに視線を投げていたのは一人の紳士……私のほうを見て、情けない顔をしているフィリップ・グラストンがそこにいた!

(……出た! クズ男!!)

 わかりやすく顔を顰める私を見ると、クズ男は情けないどころか泣きそうな表情になる。

 しかし、幸いにもエレオノールは彼の隣にいなかった。

 同年代の紳士二人と会食中のようだから、フィリップが変にこちらに突っかかってくることはないだろう。

 そう思って、完全無視を決め込んだ。

「……どうされたのですか?」

「いえ、何でもありませんわ……! リオネル様とご一緒させていただいていると、時間が経つのが早いな、と思って……」

 たしかに、もう侯爵邸に戻るべき時間だった。

 他人様の離れを使わせていただいている身の上なので、門限が設定されていなくともあまり遅い時間に帰ってはいけないと思う。裏門からコッソリ出入りするのは、この先あるかもしれない緊急事態にとっておきたいものだ。

「あぁ、もうこんな時間ですね。ウルジニア侯爵邸までお送りさせていただきます」

「ありがとうございます、リオネル様!」

 親密そうに話をしながら、私たちはレストランを後にした。

 ちらりと後ろをみやると、クズ男は恨めしそうな目線を投げてきただけ……デートを邪魔されなかったことに、私は胸を撫で下ろすのだった。

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