第27話 寝取り令嬢の誤算


 ふふふ、『打倒カタリナプロジェクト』は順調よ!

 中央駅でわたくしが声をかけたナンパ男たち……新聞記者のほうがジュリアン、無職がルブランっていうんだけど、なかなかいい仕事してくれたわ。

 メアリーがこっそり盗んできた「ゼラチン」っていう物体の調査を、ジュリアンが会社の伝手で専門家に依頼した。

 あれは、豚の骨を使っているのね……そんな原料を使っているだなんて、まったく気味が悪いわ。

 それを知ったジュリアンが、前に流行った家畜の伝染病と絡めて面白おかしく記事にしてくれたってわけ。さすが、新聞社にいるだけあって目の付け所がいいわよね。

 ルブランは彼の手先になって動くのと、あの店の周りの平民たちに噂を流す作業を担当した。「カフェ・カタリナ」に入ろうとしている客に、新聞を見せてそれとなくうちに誘導することもやってくれたわ。

 こうして、「カフェ・ベルトラ」は一度落ち込んだ客足を取り戻して、オープン当初に迫る売上を日々更新するようになった。

 この前、カタリナが泣きそうな顔をして歩いているのを見かけたけど、その時ほど、爽快感を味わったことはなかったわ。

 ……ただ、悲しいことにそれをじっと見守っているストーカー……あ、いえ、フィリップを街路樹の影に見つけて、わたくしの気分はどん底よ。

 まったく……役人ってあんなに暇なわけ? 休憩時間でもないのに、メインストリートをうろうろしているのが癪に触る。

 フィリップがいい男なのは確かだけど、カタリナの恋人だとかいうユーレック子爵には劣るのよね……少なくても南部地方では一番の美形だったのに、ユーレック子爵の前では霞んで見えるのが残念よ。

 カタリナから奪いたいくらい魅力的だけれど、わたくしは新興貴族と結婚するわけにはいかない。結局、フィリップと結婚するのが最善なのよね……。

 だから、信心深いわたくしは、礼拝のたびに神様にこう祈っているのよ。

 「カフェ・カタリナ」が売上低迷で閉店するように。そして、カタリナが泣きべそかいて、南部に戻るようにって!



 その後もメアリーには、カタリナのレシピを盗んできてもらった。

 どうやら、「カフェ・カタリナ」は記事に懲りたみたいで、ゼラチンを使わないカスタードプディングを店に出すらしい。

 それを、うちのパティシエに作らせたところ、甘くてもったりしていてなかなかの味。

 悔しいけれど、さすがね!

 ただ、レシピだけでは見た目がわからないから、メアリーにどんな盛りつけにするか聞いたところ、こんな返事がかえってきた。

「これはカタリナ様が極秘に作られているのでわからないのです。盗み見た限りでは、うえにカラメルというものをかけて、周りに生クリームをトッピングしているようでした」

「カラメルってどんなもの? 色とか形は?」

 隣で聞いていたパティシエも、カラメルという単語に首を傾げる。

「黒っぽい液体でしたわ」

「そうかぁ……」

 前から思っていたけれど、どこからこういうお菓子のレシピのアイデアが湧くのかしら? カラメルとか意味わからないし……。

 やっぱり、食べ物に執着しないわたくしには理解できない部分ではあるわね。

「もう! あなたたちに任せるから、適当にトッピングして名前を変えてお店に出してちょうだい。わたくしは忙しいのよ……お友達のお茶会に参加するから、すぐに戻らないと」

 そう伝えてから、侍女を連れてタウンハウスに戻る。

 タウンハウスに戻ると、身支度を整えたフィリップがロビーでわたくしを待っていた。

 今日のお茶会はパートナー同伴ということで、彼にエスコートしてもらうことになっている

 すらりとした体を包む黒のモーニングコート、白いシャツに黒のビロードのクロスタイ、臙脂色のベストにダークグレーのトラウザーズの足はすらりと長い。

 輝くばかりの美形の許婚者に、わたくしは見惚れてしまった。

 彼にエスコートされて、侯爵家の馬車に乗ったわたくしはご満悦。

 だって、こんなに美しい殿方と結婚する将来があって、事業も『打倒カタリナプロジェクト』も順調とくれば、自然に笑みも込み上げてくるわ。

 ところが、わたくしと相反して、フィリップの表情は浮かなかった。

「フィリップ様、どうなさったの? この世の不幸を一身に受けているようなお顔をなさって」

「……何でもないよ。仕事でちょっと疲れているだけ」

 生返事をする婚約者に、わたくしは思った。

(仕事が忙しい? カタリナのストーキングが忙しい、の間違えじゃなくって?)

 思わず心の中で罵ってしまうけれど、愛する婚約者にはそんな様子は見せないわ。

 だって、憂い顔もうっとりするくらい美しいもの。

 わかっているわ……フィリップ。あなたがまだ元の婚約者のことを忘れていないっていうことは。

 せいぜい、今のうちはカタリナをコソコソ追い回しているといいわ。

 近いうちに、彼女はすべてを失って南部地方に戻る。

 そうしたら、あなたはわたくしのことを見るようになるのだから……!



 マルモット伯爵夫人のお茶会は、王都でも大規模な催しだ。

 古くからの有力貴族でありながら、新興貴族にも門戸を広げているとあって、広い庭園内にはすでに色とりどりのドレスを着た貴婦人方の姿がある。

 ほとんどの貴婦人が隣にはパートナーを連れていて、楽しいひと時を過ごしているように見えた。

 わたくしは、さっそく招待状を送ってくださった伯爵夫人のもとに挨拶に行った。

「ごきげんよう、マルモット伯爵夫人。今日はお招きいただきありがとうございます」

「よくいらっしゃったわ、ベルトラ子爵令嬢。お隣にいらっしゃるのが、婚約者の方ね……たしか、グラストン侯爵家のご子息様よね」

 にこやかに声をかける伯爵夫人に、フィリップは優雅な仕種で挨拶をする。

「初めまして、マダム。フィリップ・グラストンでございます」

「素敵な婚約者様だこと。お二人とも楽しんでくださいね。今日は、おいしい紅茶とお菓子を用意していますからね」

 あらかじめ決まったテーブルに案内され着席すると、入口のほうから新たに男女がやってくる。

 わたくしたちが最後かと思っていたのに、と視線を凝らすと……そこにいたのは、カタリナとユーレック子爵ではないか!

 その姿を見た瞬間、フィリップは悲痛な面持ちになっていた。

 カタリナはわたくしたちのほうを見ると、にっこりと余裕のある笑みを浮かべて会釈をしてくる。

 自分のところのカフェが大変なことになっているというのに、平然とこんなところに来るだなんて驚きだ。

 まだ、懲りてないようならこちらももっと邪魔するだけの話だわ!

 マルモット伯爵夫人と歓談したカタリナは、なぜかそのまま席につかずに夫人の横に控えている。

「皆様、本日はわたくしのお茶会にお越しいただきありがとうございます。楽しい時間を皆様と共有できることをうれしく思いますわ」

 すっくと立ち上がった夫人が挨拶を始めた。

「今日、ご用意させていただいたお茶は、こちらにいらっしゃるユーレック子爵にお願いして入手いたしました東方の茶園のファーストフラッシュでございます。お菓子はそれに合うものを、エルフィネス伯爵令嬢にご準備いただきました」

 ――えっ、どういうことよ?

「初めまして、カフェ・カタリナでオーナーをしているカタリナ・エルフィネスです。本日は特別に、店舗では出していない苺のズコットというケーキをご用意しました。生クリームとふわふわしたスポンジケーキ、そして苺の爽やかな酸味があるドーム型のケーキでございます。ファーストフラッシュとともにお楽しみくださいませ」

 人々の拍手とともに、カタリナはうれしそうにお辞儀をする。

 その笑顔に、わたくしは激しく嫉妬した。

(なぜ、伯爵夫人はわたくしにも相談してくれなかったのかしら? わたくしだって、カフェのオーナーなのに……!)

 この大がかりなお茶会でスイーツを紹介できたら、それは店舗の売上にいい影響を及ぼすに決まっている。

 そんなチャンスを、わたくしはみすみす見逃したっていうの? カタリナよりも、わたくしのほうが王都での社交活動に専心しているっていうのに。

 目の前に運ばれてきたのは、見たことがない美しいケーキだった。

 切る前はドーム型だっただろうケーキは、断面から何から美しかった。

 表面には生クリームのデコレーション、上には苺のトッピングがされ、中はスポンジ生地に生クリーム、そして苺がふんだんにサンドされている。

 一口食べると、見た目よりも軽やかな味わい。

 もっとこってりして甘ったるいのかと思っていたのに、意外に甘さが抑えられていて爽やか。春摘みの紅茶のすっきりした味わいとのマリアージュが素晴らしい。

 周りの紳士淑女たちも、口々に彼女のケーキを褒めそやしている。

(……まったく、なんて悪運が強い子なのかしら!)

 恐らく、カフェの窮地を知って、彼女に手を差し伸べたのはユーレック子爵だろう。

 もしかしたら、カタリナを破滅させるには、あの黒髪の美青年を彼女から離したほうが早いのではないか。

「あぁ……やっぱり、カタリナの作るケーキはおいしいなぁ」

 隣でうれしそうにケーキを食べるフィリップが、わたくしの苛々に拍車をかけた。



 ――それから数日後、事件が起こった。

 朝、カフェに出かけようとしているわたくしのところに、ジュリアンとルブランが駆けつけてきたの。

「ちょっと、こんなところまで来ないでちょうだい! ここはわたくしの婚約者のタウンハウスなのよ。見られでもしたら大変じゃないの!」

 怒るわたくしに、二人はそれ以上の剣幕で怒りだした。

「ふざけるなよ、お嬢さん! 俺たち、告訴されちまったんだぜ?」

「告訴……?」

「そう。あんたが依頼してきたあの仕事で、ユーレック商会が名誉棄損で訴えてきやがったんだ! つまり、あんたに弁護士費用を出してもらわないと困るぜ?」

 それを聞いて、わたくしは表情を強張らせた。

 そして、思わぬカタリナの反撃はこれだけに留まらなかった――。


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