第2話「擬態」
ーーーー時刻は深夜。冒頭のバーが閉店時刻に近づいた頃。
グラハムが本日の集計を終えたその時、1人の客が入ってくる。この客もまたまた貧相なローブをかぶっていて、素性がわからない。
「……すいません、あんまり強くなくて、甘めのお酒を、お任せで一つ」
声色は、少し幼いが透き通っていて、聞いていて不快感のない落ち着く声。声質や背丈からして、あからさまにエリオットくらいの歳の子供だ。
「おいおいその声、あんたまだガキじゃ」
グラハムは驚いた様子で少女に聞くが、少女は「しーっ」と人差し指を口元に添える仕草をとり、小声でグラハムに語りかける。
「……こんなご時世でそんなこと気にする人、います?」
そう行ってローブを脱いだその姿は、可憐な少女だった。髪は肩まで届かないくらいのセミロングで、全体的にうねったウェーブがかかっている。少女は小悪魔のようにいたずらっぽくニコッと笑って見せた。
ローブの少女は、『物騒な夜中なんだから早めに帰りなさい』と言うグラハムの助言を聞いてるのか聞いてないのかわからない様子で流して、この街の近況について色々と訪ねてくる。
グラハムは仕方なく、少女の質問に受け答える。
「よそ者が増えた?」
出された酒を飲みながら、少女は興味を示す。
「あぁ、嬢ちゃんも含めてな」
グラハムは説明する。
最近テロリストの被害が立て続けに増えてるせいで、この街は警戒態勢に入っている。
そんな時に、壊滅させられた他都市の住人達が、何人もこの街に逃げ延びてきたのだ。
中には銃火器開発やら、戦闘技術に長けてるらしくて、テロリストからの襲撃の対策もあってか、住民達の反対を押し切って市長が逃亡者達を受け入れてしまったのだ、と。
それを聞いて少女の目の色がかすかに変わる。が、グラハムはそれに気づいていない。
「……彼らから何か変わったことは?」
「ん? 特にはないが」
『そうですか』と相槌をうつ少女。少し間を置いてグラハムが口を開く。
「しかしまぁ、おかげさまで気が休まらんよ。現地民さえも面倒見きれてないのに……おまけにいつ攻撃されるかもわからんってんだ。」
少女は優しく笑ってこう返す。
「大丈夫ですよ。いざとなったら葬人が駆けつけてくれます。」
なんの疑いもなく言う少女に対して、グラハムは少し眉にシワを寄せてから答える。
「あいつらがマトモに間に合ったことなんて数えるほどしかねぇよ。この街は俺たちで守ってんだ。」
少女の表情が少し曇る。それに気づかずグハラムは続ける。
「中にはあんたグレェのガキも戦ってんだぜ?」
グラハムの脳裏に、銃を持ち目の前のテロリストの死体をみて虚しい表情をするエリオットが映る。
「兵隊が足りねぇからってよ、あんなガキの頃から銃の握り方なんて覚えさせちまって……俺たちゃ大人は一体何を……」
「……店主さんは、きっと悪くないですよ」
少女は優しい口調で、グラハムを励ます。グラハムは、それを聞いて少し黙ってから不平不満をこぼし出す。
「……にしてもよ、あいつら(葬人)は一体何やってんだ?俺らは普段から決められたこと、しっかり守ってんのに、いざ出番が来ても、まともに間に合ったことなんてほんの数えるくらいだ。」
「それは……きっと悪気があるわけじゃ……」
少女の声は少し震えている。
「悪気が『ある』『ない』じゃない。『信用』の問題なんだ。自分らで決めた約束もまともに守れねぇ、下手したら守る気すらねぇ奴らが、あんな樹のてっぺんで偉そうに踏ん反り返りやがって…結局俺らはコキ使われてるだけじゃねぇかってんだ」
グラハムは、だんだん怒りが込み上げて来るのに気づいて、少し自分を落ち着かせる。落ち着いた途端に、彼の脳裏にある記憶が映し出される。
「……一度だけ、奴らの戦闘に居合わせたことがある」
思い出すのは、彼がまだエリオットくらいの年齢の頃、遅れをとって避難し損ねた若き頃のグラハムは、目の前で葬人の戦闘を目にしていた。
「……あれは決して『天使』なんかじゃなかった。あれは……」
物陰に隠れて、恐る恐る戦場に目をやるグラハム。
そこには、おびただしい数の酷い姿になった死体と、単身でそれを成し遂げたと思われる、葬人隊員の、返り血で染まった姿。隊員のそばには、おぞましい真っ白のワニのような四足歩行の化け物が敵を食い殺している。
「ありゃあ……まるで……」
グラハムは、言ってはいけない単語を言いかける前に、自分が喋りすぎたことに気づく。 あれだけ今日二人に下手なことは言うなと言い聞かせたのに、完全に油断して自分がやってしまった。そう後悔して振り返る。
「すまねぇ嬢ちゃん! せっかく来てもらったのにこんな話付き合わせて……今サービスでもういっぱい作ってやっからよ……」
振り返った先に、少女はもういなかった。代わりに、カウンターの上に見るからに注文よりも多いであろう額の金が代金として無言で置かれていた。
「……嬢ちゃん?」
ーーーー先刻、エリオットが災難な目にあっていた路地裏で、何やら話し声が聞こえる。
「……うん、『処理』は任せて。みんなまとめて『方舟』に……」
こめかみ付近に手を添えて、はたから見れば独り言に見えるようにローブの人物がブツブツとつぶやいている。
怪しげに呟く人物は、先ほど酒場でグラハムと会話していた少女だ。
バーで穏やかに話していた調子とは打って変わって、酷く無感情で冷酷な目つきをしている。
隣には、背を向けていて表情は見えないが、とても大柄で筋肉質な大男がいる。
その男が、白目をむいて気を失っている先ほどのゴロツキたちを二人を一気に抱えている。生死は、定かではない。
そして、少女が跨っている下には、先ほどののされたはずのゴロツキのリーダーがうつ伏せになっている。こちらは意識がまだあるようで、「ヒュー、ヒュー」と呼吸をしながら、恐怖でガタガタと震えている。
「……た、頼む、命だけは勘弁してくれ……頼むから……」
「そっちもゆっくり休んでね。お休み」
まるで何かの『連絡』のようにも聞こえる独り言を終えると、真夜中の路地裏に鈍い音が鳴り響く。
こうして、あくまで時間帯だけである夜は明けていった。
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