第36話「フィル」
先ほどの建物から少し離れた村の住宅地で、ベンチに座り休憩をとる第七部隊の一行。
「おっちゃんの死体持ち上げたら……蛆虫……腕にわさわさって……わさわさってぇ……」
涙目で訴えるリリィ。相当精神にダメージを受けている様子で、クアイエットが背中をさすってなだめている。
「あなたもまだ初めて一年だもんね…お疲れ」
「防腐処理……切れてた……」
鼻水をすするリリィ。
「みんな。ごはん持ってきたよ」
ニアが弁当箱くらいの四角いケースやボトル状のドリンクが入ったボックスを持ってくる。
普通なら喜びそうな場面だが、全員『ふざけんな』とでも言いたげな表情で彼を睨む。
「そんな顔されても……食べないと僕らが動けなくなっちゃうでしょ?」
「楽しい楽しいはずのお食事でさえわたしらは修行ですよーだ」
渋々ケースを受け取るライカ。
「仕方ないじゃん、最低限の栄養摂取が目的なんだから。食欲ないならドリンクタイプは?ほら。」
ドリンクの方を差し出して、ライカに渡すニア。
「やさしーぃー。」
気怠そうにしながら受け取るライカ。
彼ら葬人の食糧は基本的に極めて質素だ。
人間が生命活動維持の為に必要最低限の栄養素である、カロリー、タンパク質、脂質、各種脂肪酸、炭水化物、ミネラル、食物繊維、各種ビタミン、ナイアシン、葉酸、ナトリウム、カリウム、カルシウム、マグネシウム…などを抽出し加工した、謎のペースト、ゼリー、ブロック状の食品が主な主食である。
もっとも、その原材料は口にしている本人達にも皆目見当がつかない。下手すれば昆虫など普段口にもしたくも無い生物が使用されているかもしれない。
カナは四角いケースの方を受け取って、中を開けると、それぞれ色が違うペースト状の食品が、4区画に分けて詰められてある。
ケースに付属するスプーンで、ペースト状のそれを口に運ぶ。不味くはないがどれもこれも味が薄い。何より、彼女達は常日頃からそれを食している為、既に飽きてしまっているのだ。
一同が談笑しながら休憩していたその時、カナはどこかからか視線を感じた。
視線を感じた方角に彼女が目をやると、物陰から何者かが彼女達を見つめていて、彼女が視線を向けた瞬間に隠れた。
「……」
その人物は、恐る恐るまた物陰から顔を出して、第七部隊を覗く。カナがいない。
「おい」
「う……うわぁッ‼︎」
カナは気づかれないように、その人物の背後へ移動していて、彼は意表を突かれて驚き、転倒する。
彼とは、少年だ。年齢はカナたちと離れているように見える。10歳〜12歳くらいだと推測される。
耳が隠れるくらいの長さの白髪で、小柄でなんだか気弱そうに見える。少年は怯えた目で彼女を見つめ、口をパクパクさせている。
「ごめんなさい‼︎ えっと……あの……その……僕は……!」
「なんだ。私達に用でもあるのか?」
カナがそう聞いた瞬間に、少年の腹が鳴る。少年は一気に顔を赤らめて恥ずかしそうにする。
彼の様子から察したカナは、持っていた先ほどの昼食の食べかけを少年に差し出す。
「食うか?」
「……いいの?」
ケースを手に取り、遠慮がちな目でカナを見上げる少年。ケースには、まだ半分くらいペースト状の食べ物が残っている。
「構わん。味気ない物でよければだが……」
カナは忠告しかけたが、そんな懸念は少年のリアクションですぐに消し飛んだ。
「……すっごい‼︎ こんな美味しい食べ物ってあるんだ!!」
興奮気味でフィルはガツガツとそれを食べている。口に頬張るたびに、幸せそうな彼の表情を見て、思わずカナも顔が緩んでしまう。
少年がカナの食べかけを平らげたあとは、二人はその場にしゃがみこんでしばらく会話していた。
「……ごちそうさま!! あんな美味しいもの、本当によかったの?」
「だからいいって。……お前、名前は?」
「僕? 僕はね、『フィル』って言うんだ」
「わたしはカナ。よろしくなフィル」
「カナ! よろしく!」
屈託無く笑うフィルの笑顔は、まるで天使のようだ。
「すまないな。 余所者が出入りしてしまって」
「なんで謝るのさ。みんな葬人でしょ? お空からわざわざご苦労様」
フィルはなんの抵抗も無しにニコッと笑う。カナはその反応を見て驚く。
「……なぜそれを?」
「そりゃあ、服装でわかるよ」
フィルは無邪気にニコニコ笑いながら話す。カナは恐る恐る聞く。
「……私たちが怖くないのか?」
「怖い? なんで?」
「私たちは……葬人は地上からは疎まれていると聞いた。力で皆を支配して、傍若無人に振る舞っていると……」
「……そうかな?そうは思わないけど……」
フィルは続ける。
「……その人達はもしかしたら、『楽になりたい』のかもしれないね」
「楽になりたい?」
フィルは、年不相応にやけに冷静だ。
「うん。だってさ、お空を悪者にしておけば、明確な敵が生まれるわけでしょ?敵がいるとみんなのストレスの捌け口が出来る。地上(ここ)じゃ毎日色々あるからさ……そうやってみんなで仲間意識を共有して少し安心してるんじゃないのかな?……本当は誰のせいでもないのにね」
彼の考えを聞いて、カナは少し驚いている様子。
「あ……ごめん。一人で喋っちゃって」
「……フィルは聡いんだな。」
フィルは照れ臭そうに笑う。
「ううん、そんなことないよ。……とにかく」
カナに向かってニコッと笑って、フィルは言う
「少なくとも僕には、カナみたいな優しい人を、そんな風に思えないかな」
目を丸くするカナ。そして、みるみるうちに顔を真っ赤にしていく。
「もしそんな風にいう奴らがいたら、僕、ちょっと怒っちゃうかもしれない」
「わ……私はッ……‼︎」
その時、フィルが急に咳き込みだす。
あまりにも激しく咳き込んでいるので、カナは心配して声をかける。
「お、おい!大丈夫か?もしかして……さっきの……あたったか⁈」
「ううん……違う……大丈夫、今日は調子いいはずだから……」
そうは言うが、フィルの咳は益々酷くなっていく一方だ。
彼の口元を抑えている手に、かすかに血がついていることにカナが気づく。
「大丈夫じゃないだろ‼︎ だれか……だれか‼︎」
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