第37話「自責」


 フィルの小屋、彼は布団(と言っても薄い布切れだが)に横たわっている。

 横たわる彼の側には、リリィとカナ、そしてゾマがいる。


「……よぉし、これで楽になったろ?坊主」

「うん。すっごく楽。ありがとうお姉ちゃん」

 フィルは少し元気の無い表情でニコッと笑う。

「いやはや申し訳ございません……薬まで恵んでもらってしまって……」

「いえ、いいんです。大した量では無いので……」

「少量とはいえど、貴重な物資でございましょう。大至急何か対価になるものをお持ちいたしますので……」

「いいんだぜソンチョーさん。あたしら葬人で一番ゆるっゆると称される…もとい馬鹿にされてる第七部隊さ。こんくらいの丼勘定、どうってことねぇ」

 リリィは得意げな顔をしている。

「……おかげでちょっと仕事サボれたしな」

「は?」

 ボソッと呟いたリリィの問題発言に対しカナが突っ込もうとしたところ、村長が強めの口調で言う。

「いけませぬ! そんなこと、万が一別部隊にでも知られてしまったら、私たちは……ッ‼︎」

 つい強い口調で反論してしまったことに、自ら気づき顔面蒼白になるゾマ。

 慌てながらその場でカナ達に土下座する。

「申し訳ございません! 申し訳ございません‼︎ あろうことかこのゾマ、天使様に向かってなんと不敬な発言を……」

「そ、そんな! 気にして無いですよ。顔をあげてください」

 心配してゾマをなだめる二人。


 ゾマは惨めったらしく苦悶の表情を浮かべる。

 カナは、ゾマの方を酷く悲しい目で見つめるフィルに気づき、彼の体に触ってはまずいと考え、慌ててゾマに声を掛ける。


「……一旦外へ!」



***



 ゾマを外へ一旦出したカナ。

「お気を使わせてしまい申し訳ございません。なんとお礼を言って良いか……」

「言いですってもう……」

『なんだか頼りない村長だなぁ』とカナは心で思うが、口には出さないでおく。

「彼は……フィルは、いつからこの村に?」

「赤子の頃からです。実の親の手によってならず者組織に売られそうになった際に、彼の姉が連れ出して逃げていたところを、村の連中が見つけて、村の仲間として迎え入れました」

「親……に……?」

 カナは怒りを覚える。

「地上(ここ)では珍しいことでは無いです。子供は労働力や、酷い場合は戦力として軍事機関に育成される場合もありますので……」

 カナは絶句する。

 ゾマは続ける。

「フィルは聡明です。物覚えが早く、それでいて周囲に気遣いを忘れない、村中から愛される非常に優しい子です。しかし……天性の虚弱体質のために、村でもどのような役目を負わせていいかわからず、そのまま今に至ります」



***



フィルの小屋内で、リリィが涙をボロボロと流し始める。

「そりゃあオメェ……苦労したんだなぁ」

彼女を見てフィルは困った様子で苦笑いをする。

「なんでそっちが泣くのさ。自分のことでも無いのに……」

「だってよぉ、親からは売られて、育ててくれた姉貴はどっかに逃げちゃってって……本当に人間かよそいつらぁ……」

「うーん……でも、ひどく追い詰められたら誰でもそうなる可能性はあるんじゃないかな?」

「そんなことねぇよ! 辛い時こそ支え合うから人間なんだぜ?」

 リリィは泣きながらフィルに問いかける。

「恨んだりしないのか? そんな目に晒されてまでさぁ」

 フィルの目が少し濁る。彼は諦めたかのような笑みを浮かべて、横たわったまま窓の外を眺めて、ボソッと呟く。


「……誰かを悪者にしたって、何も解決しないよ。『恨み』だなんて、いちいち抱えたってキリがないんだ」



***



 その日の仕事を終えて、方舟内に帰還し、広場のテーブルでうなだれているヨクトとミーナ。

「初日、ご苦労様。大丈夫?」

「脳みそが……割れた頭から脳みそが……」

 嗚咽するミーナ。

 グロッキーの二人に苦笑いのニア。

「あはは……大丈夫だよ。続けてたらいくらか慣れてくるから……」

「……あれに慣れちまうのも、なんか嫌なんだけど……人間的に……」

「ちょっと。それ私たちにも失礼よ」

 ムッとするクアイエット。


「お疲れ。カナっちは平気そうだね?」

 ライカが言う。

「あ、いえ……平気ってわけでは……」

「いやいや、初日でそんだけ耐えれてたらすごいよ。よく頑張ったね」


 カナはライカに尋ねる。

「……あんなにたくさん、どこから集めてくるんですか?彼らは」

「この村はちょっと特殊だから……罠にかかる人も、村で餓死したり病死しちゃったりする人もいるし、それに毎日外に出ては廃材の回収と並行して浮浪者の死体も集めるようにしてるはず」

 ライカは続ける。

「村の中で食べ物があまり取れない分、下手したら周辺都市よりよっぽど私たちとの取引に頼ってるかもね……もしかしたら……」

「もしかしたら?」

 ライカは少し考える。

「……ううん、なんでもない。とにかくもう終業なんだし、仕事の話はヤメヤメ!!」

「は、はぁ」




***



 休憩室で、訝しげな表情のエヴァン。

 アルジャーノが入ってくる。

「……なんだ?浮かない顔して」


 エヴァンは回収作業中のことを思い出している。

 数ある遺体の中で、あからさまな打撲痕が残された遺体があったこと、そしてその遺体を見るに、以前村内で見かけた事があったような気がすること。

 

 「……いいや、なんでもない」


 エヴァンは一旦考えることを止めた。



***



 フィラル村の外。ゴミ山から少し離れた場所で、村を見つめる人影が多数ある。


「おい、あそこか?」

「ええ、間違いないかと。奴ら、あんなゴミ山に紛れて擬態してやがるんでさぁ」

「はっ、どうせ入ろうとしたら罠だらけってのが定石だろ。臆病者(チキン)の考えそうなこった」


 その男は、ガトリング砲に銃弾を装填しながら、入念に準備を整えている。 


「『返し』は明日だ。備えとけ、テメェら」


 その集団の元締めらしき男は、不適に笑った。


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