第38話「Scum」

 少年は、夢を見ていた。

 妙に鮮明な夢だ。まるで、現実かのように意識がはっきりしていて、リアルな映像が目の前に広がっている。


 夢の中で、少年はどこかの廃墟と思しき場所で拘束されている。

 周囲を見渡せば、見たことのない人相の悪い大男達で溢れている。


 その男達のうちの一人が、ナイフを取り出して、少年の方へと近づいてきた。

 少年は思う。


『あぁ、これでやっと』


 少年の夢は、そこで途切れた。




***




 その日、村の孤児である少年『フィル』は自宅のボロ臭いプレハブ小屋で目が覚めた。

 『なんだ、夢か』と彼は思う。

 体中が嫌な汗でぐっちょりと濡れている。無論、先ほどの夢のせいだ。


 フィルは夢の詳細を、はっきりと覚えている。そしてこのような現象は今まで何度かあった。

 『嫌な予感がする』そう感じるが、もし本当に『そうなってしまった』としても、それを止めることなんてできない。それに、特に抵抗する理由も無い。


 とりあえず、今は余計なことは考えないようにしよう。彼はそう思って、外に擬似太陽の光を浴びに行った。



「お、フィル。今日は具合いいのか?」

 大柄な男性の村人が、彼に尋ねる。フィルは持ち前の可愛らしい笑顔で答える。

「うん。最近はなんだか、結構頑張れちゃうんだ」

 村人も、応えるようにニカッと笑って、こう返す。

「そりゃあ良かった。なんならそのまま、体も強くなっちまうかもな」

「そんな……変な期待抱かせないでよ」

 フィルは困ったように笑いながら答える。


「オォーい! お前、今日『外回り』だよな⁈ そろそろ時間だぞ‼︎」

 向こうから、別の男性が、フィルと話していた大柄の男性に声をかける。大柄な男性は焦ったように答える。

「あぁッ‼︎ スマンスマン、すっかり忘れちまってた‼︎ ……というわけだ。ちょっくら行ってくるわ」

 そうフィルに言って、彼はせっせとどっかに行ってしまった。


「行ってらっしゃい」

 フィルは、少し悲哀を帯びた目で彼を見届けた。


『なんで自分はああなれないんだろう?』

『自分だけ何もしないでいて、いいんだろうか?』

 そんな風に彼は知らない内に自分を責めてみるが、自分を追い詰めたって何かが変わるわけでもない。


 ただ、慢性的な悲しみを、じわじわと募らせていくしか、彼にはできないのだった。



***



 フィラル村の裏口。先ほどの村人たち複数人が、ゴミ山の外をでる。

 今日も、交換材料になりそうな死体や廃材などを、せっせと回収するためだ。それに、昨日来てくれていた第七部隊が、今回は2日間に渡って滞在してくれている。

 仕事がおおかた片付いたら次の街や村に行ってしまうかもしれない。それまでに回収できるものは回収してしまおう。そういった理由から、今朝はいつもより早いのだ。


 いつものように、村の周囲をトラックでパトロールし、誰か倒れていないかを確認する。

 いつものように、あたり一面に広がっている廃棄物の山を切り崩し、指定された通りの量の廃材を回収し、トラックに詰める。


 その時だった。

 先頭を切って歩いていた男が、頭を撃ち抜かれて、その場にバタッと倒れた。


「……は?」


 彼の少し砕けた頭部から、大量の血が地面に染み込んでいく。

 村人たちは一斉に恐怖した。


 逃げる間も無く、男を撃ち殺した張本人が属しているであろう、バイクに乗った集団が彼らを取り囲む。

 −−−−ギャングだ。村の男達は彼らの姿を見て、咄嗟に判断する。

 統一化された黒一色の外見。ブカブカのパーカーやライダースジャケットにダメージジーンズといった服装に、黒のバンダナ。さらに、どこから手に入れたかわからない装備品やアクセサリを装着している。


「カ……カラーギャング?」

「あ……あんたら、なんてことしてくれたんだ」

「そりゃこっちのセリフだろうよ。バレてねぇとでも思ってたのか? えぇ?」

 筋骨隆々としたギャングのボスと思しき男は、ガトリングガンを片手に軽々しく持ち上げながら語り出す。

「つい先日、俺らの貴重な貴重な貨物車がどっかの誰かさんに襲われた。……お兄さん達、心当たりはねぇかい?」


 

 村人の男の片方は、心当たりがあったようで体を一瞬震わす。

 

 彼の脳裏に記憶が蘇る。

 その日外回りに出ていた村の仲間たち数人と一緒に、隙だらけの貨物車を襲った。

 事のきっかけは、運転手がいなく、廃車と勘違いして荷室を開けた事だ。中にいたのは拘束された複数人の人間だった。

 『不味い』と思った時にはもうすでに遅かった。運転手の一人が、たまたま帰ってきたのである。

 銃を構えようとする前に、持っていた鉄パイプでとっさに運転手を撲殺した。そして、証拠隠滅のために、やむなく荷室者の人間たちも殺して、持ち帰った。


 バレたのは、運転手の片割れがその様子を遠目から目撃していた事だ。彼らが青い顔をしてゴミ山の中に帰っていくのをそいつは見ていた。そしてそのままギャングのボスに密告という結果になってしまったのだ。


 巻き添いを食らった村の男の片割れは、息を詰まらせた様子の男を見て激昂する。

「てんメェッ‼︎ あれほど余所の獲物は狙うなつったのにッ‼︎」

 しくじった男を殴り飛ばす片割れの男。そのまま馬乗りになり、悲痛な声をあげながら謝る男の顔面をこれでもかと殴りつける。

「ごめッ……ごめんなさッ……‼︎」

 男は涙目になりながら、彼を殴り続ける。その光景を見て、ギャングのボスはケタケタ笑いながら茶々を入れ出した。

「おいおいマジか、仲間割れかよ。それとも目の前でシメてみせりゃちったぁ大目に見てくれるだろって寸法か?」


 ボスはバイクから降りて、殴り続けていた男の後頭部を鷲掴みにして、ガトリングガンの銃口を突きつける。


「クソ野郎が。遅すぎんだよ。」




***



 方舟の中にある『白光浴(びゃっこうよく)室』

 ここでは、葬人が任務に当たる前に、大量の白光子を吸収させた浴槽に浸かることにより、体内に白光子を貯めることができる。

 無論、機動班員と支援班員共に、仕事の為に身体能力を増強させたり、万が一の敵の攻撃を食らった際に高速で回復する為だ。


 浴槽で目を瞑り、仰向けになっていたミーナが、ゆっくりと目を開けて起き上がる。

 側のケースに置いてあった隊服に手を伸ばして、それを着て部屋の外に出る。



 方舟から外に出ると、すでに隊服を着て準備万端な第7部隊の面々がいる。

「お。ミナっち、長かったね」

「ごめんなさい。つい寝そうになっちゃって……」

「短すぎるよかいいわよ。浴びるほど長くもつんだから」


 

「やはり隊員が多いと、なんかこう、仕事になってる感が出てきていいな」

「『感』だけだろ。とっとと残り方付けにいかねぇと」

 早朝からアルジャーノに突っ込まれるエヴァン。苦悶の表情を浮かべる。

 呆れた表情で彼らを見つめるカナ。ヨクトは立ちながら、鼻から風船を膨らませている。


 その時カナがあることに気づく。


「……何か、聞こえませんか?」


 村の方から、かすかに何発もの銃声が聞こえてくるのだ。危機を察知した第7部隊の面々は、目の色を変えた。


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