第39話「泥仕合」



 分岐を間違えれば罠だらけの道を、エヴァンとアルジャーノが先導して突き進んでいく。

 広場につきそうになった頃、入り口あたりで、村の青年がこちらに駆け寄ってくる。


「た……たすけッ……」

 葬人達に向けて手を伸ばした直後、後ろから頭を撃ち抜かれた青年は、むごたらしい表情でその場に倒れた。

 第七部隊の面々の目前に、凄惨となったフィラルの広間が広がる。


 銃や刃物、鈍器などを所持したギャングの連中が、返り血を浴びた状態で、鬼のような形相で葬人達を睨む。


「な……なんだよ……これ」

 絶句するヨクト。

 カナの目に、惨殺された村人たちの死体で溢れた光景が飛び込む。


「……おいおい、あんまりトバシすぎんじゃねぇぞ。かっさらう分が無くなるって……ん?」


 ギャングの一人がこちらに近づいてくる。

 エヴァンの前に立ち、持っていたアーミーナイフを首に突きつける。

「ここは今から俺らのシマだ。とっとと退け」


 エヴァンは表情を変えずに、後ろの隊員達に言う。


「……目を伏せてなさい」

「はぁ?」


 エヴァンの一声を聞くと、支援班の先輩組(ライカ、クアイエット、ニア)が、新入り3人組の目を手で覆う。

 

「は、離してくださいッ!!」

「見ちゃダメッ!!」

 決死の表情で、カナの目を塞いでいるライカ。その声色は、普段の明るいそれとは打って変わって深刻さを帯びている。



 −−−−その瞬間、片腕だけ神器の鎧を発動させたエヴァンが、目の前のギャングの顔面を、上から地面に叩きつけるように殴り伏せ、スイカでも叩き割るかのように頭部を粉砕する。


 酷く冷酷な目つきのエヴァンは、同じく普段のだるそうな雰囲気とはかけ離れた表情のアルジャーノに言いつける。


「……アル、構えろ」

「……了解」


 そのまま、全身鎧人間と化したエヴァンが、目にも止まらぬ速さで、広場にいるギャング達を虫でも叩き潰すように殺処分していく。

 銃器を所持したギャング達は、エヴァンに向けて一斉射撃するが、もちろん弾なんて鎧に全て弾かれ、瞬く間にギャング達の数が減っていく。


「ら、らちあかねぇ! お前はガキの方を狙え‼︎」

「ま、待て! あのガキ、どこ行きやがった⁈」


 ギャング達は、逃げ場に困り一箇所に固まってる。

 銃を構えながら、アルジャーノを探す。

 その時、ギャングのうちの一人が彼を発見する。


 すでに神器を発動したアルジャーノが、建物の屋根の上からギャング達に向けて、巨大な真っ白の銃を構えている。銃口にプラズマが結集しており、銃身の紋様が心臓が脈打つかのように発光している。


「……あ……」


 彼らが気づいた時には、すでに遅かった。アルジャーノの神器から、全てを焼き尽くす極太の光線が放たれる。

 その場に密集していたギャング達は一瞬にして消し炭に成り、残った敵はその凄まじい光景を見て絶句し、戦意を失う。


 エヴァンが、怯えて立てなくなったギャング達を、処分しようとゆっくりと歩く。


「おい」


 エヴァンとアルジャーノは広場の通路の方へと振り向く。そこには、フィルを人質に取った彼らのボスがいる。

 フィルは片腕で無理やり抱えられ、こめかみに小型銃を突きつけられている。

 虚な目で、カナの方を見るフィル。カナ達はまだ目を塞がれたままだ。


「……ガキの命はさすがに重てェんじゃねぇの? えぇ?」

 ギャングのボスは冷や汗を垂らしながら、強気なふりをしてエヴァン達を挑発する。

 しかし、二人は黙ったまま、凍てついた眼差しでギャングのボスを見つめる。彼はその眼差しに、思わず恐怖の表情を浮かべるが、なんとか立ち直る。


「あんたら、お空のモンだろ?……ちょいと俺らと仕事(ビジネス)の話をしねぇかい?」

「……残念ながらチンピラ風情を取引相手とは呼べないな」

 じり、と少し近くエヴァン。

「待て! 俺ぁ本気だ! 俺らだってよぉ、できればこんなことはしたくはなかったんだよ。なんせ、先に喧嘩打ってきたのはこいつらなんだからな」

 エヴァンがそれを聞いて少し黙ったので、ギャングのボスは『しめた』と思い、説得を続ける。


「俺らの貨物車がこいつらに襲われたんだ。中には俺らの大事な大事な商品がたくさんあったんだが、皆殺しにして盗ってっちまった。どうだ、ひでぇ話だろ?」

 エヴァンは、黙ったまま。

「確か、あんたらと契約したら死体と物資を交換できるって話だ…つまり、あんたらが受け取ったそれは、元々俺らの物だったってことよ」

「……人を『商品』や『物』呼ばわりか」

 エヴァンはゴキゴキと手を鳴らす。それを見て慌てた様子のギャングのボス。

「いやいやいや! あんたらだって同じようなモンだろうよ‼︎ お互い見下しあうのは一旦無しにしようや!」


 屋根の上からアルジャーノが割って入る。

「……見下しあう? 見下してんのはこっちの方だ。御託はいいから早く要求を言いやがれ」

 鬼のような形相でアルジャーノは銃口をギャングのボスに向ける。ギャングのボスは焦って話を続け出す。


「つまりだ! こいつらに渡すはずだった物資を、俺らにくれりゃいいんだ‼︎ 正当な取引(ディール)だろ⁈ それともあんたら、この村に肩入れする理由が商売以外であるってのかい⁈」

 二人とも黙ってるので、ギャングのボスは続ける。

「……村から東に進んだ先に俺らのアジトがある。ポツンとある廃墟だからわかるはずだ。リミットは今日中。……待ってるぜェ」

 攻撃をしてこないのを見て、ギャングのボスはニヤッとして、仲間達と一緒にそこから逃げ出した。



***



 集会所らしき、大きな建物の中で、ゾマ含め村の生き残りと、第七部隊の面々が向かい合って話している。

「……それでは、連中が言っていたことに虚偽はないと?」

 先ほどの襲撃で怪我を負ったのか、頭に包帯を巻いているゾマが言う。

「はい。こいつに洗いざらい話させた結果、真実とのことです」

 そう答える男の隣には、顔面を腫れぼったくした元凶の男がいる。

 男は絞り出すかのようなか細い声で謝罪している。

 ゾマはひどく落胆した様子で、肩をすぼめる。

「……なんと愚かな…目先の欲に目が眩んだばかりに……」

 エヴァンはゾマの目を怪訝そうな目で見つめている。ゾマはそれに気づいていない。


 その時、大きな音を立てて入り口の扉が開く。開けたのは怒りの表情を隠しきれないでいる様子のカナだ。後ろに彼女をなんとか止めようとしたのであろう、引きずられてボロボロのヨクトとリリィが、彼女の足にしがみついている。


 エヴァンを睨みつけるカナ。冷静な目で彼女に視線を向けるエヴァン。


「……リリィさんから聞きました。連れ去られたの、フィルだって」

「あぁ。間違いないが、どうした?」

「助けに行きます。今すぐ」

 カナは、今にも暴れだしそうな表情で即答する。

 それを鎮火しようとする、足元の二人。

「お前、ちょっと落ち着けって‼︎ 今そのために話し合ってんだからよ‼︎」

「落ち着いていられるわけあるか‼︎ 子供が拐われてるんだぞ‼︎」

「カナ坊……怒っちゃ嫌よぉ……」

「リリィさんも……なんでそんな冷静でいられるんですか⁈」

 リリィは泣き出しながらこう答える。

「そりゃあリリィだって嫌だよこんなの……なんでよりによってあの坊主なんだって……こんなの……あんまりだよ……けど……」

「『けど』って……『けど』なんなんですか⁈」


 その様子をエヴァンは虚しそうな目で見つめてから、ゾマの方に目をやって、彼に尋ねる。


「……村長。単刀直入に聞きます。この村、住民を間引きしていませんか?」

 彼の問いかけを聞いて、硬直するゾマや住民達。ゾマは段々と身を震わせる。

「……ど、どういうことでしょうか?」

「失礼ですが、私見です。昨日回収した死体の中に、以前見かけた住民と酷似した人物がいた気がしたもので。加えて、リンチされたような打撲痕も」

 ゾマは、それ以降何も答えない。ただ俯いている。

 カナとヨクトは驚いた様子で彼を見つめていて、リリィはすでに察していたようで、黙っている。


 ゾマはゆっくりと口を開く。

「……言い訳と思っていただいて結構です。口減らしは、おっしゃる通り決行していました。……しかし、それは村にとって『害悪』と判断した場合に限ってです。稀に出てくるのです。掟を守らない危険人物や、日に日に堕落していくもの、働かないばかりで権利ばかりを主張するものが」

「答えづらい事を伺ってしまい申し訳ございません。……それでは最後になのですが」

 エヴァンは見下しているかのような、諦めているかのような冷めた目で少し間を置いてから続ける。

「拐われたフィル君、このまま村にいたらどうなっていましたか?」

村人達は、一斉に静まり返る。そして、何も言わない。


 エヴァンは彼らを、冷酷な目で見つめる。

 カナとヨクトは、地獄でも見てるかのような目で、その様子を見つめている。


 エヴァンは立ち上がって、カナの方を向く。

「……カナ、ちょっといいかい?」



***



 集会所の外で、二人で話すカナとエヴァン。

「……というわけだ。嫌な予感が当たってしまった」

 絶望しているカナを見て、エヴァンは続ける。

「おそらく、彼らは揺れている。皆がしばらく生きるための物資と彼の儚い命を天秤にかけて」

「……そんな」

「言いたくないが、酷く病弱な彼が口減らしの対象に上がってないわけがない。黙ってても、もしかしたら彼は殺されてたかもしれないんだ」

 エヴァンは続ける。

「彼らから要望が無いのに加え、きっかけが村側にある以上、奴らの理屈も間違ってはいない。となれば、これは我々の仕事の枠外になってしまう」

「……しご……と……」

「……そんなしがらみを無視して助けに行くこともできるが、それでは我々は理由のない『ただの大量殺人鬼』になってしまう。わかるね?」

 カナはかすかに震えだす。そして、ポタポタと涙を流す。とても悔しそうな表情をしながら。


「……なんで……なんでこうなってしまうんですか……彼が……一体何をしたって……」

 エヴァンは、彼女を虚しい目で見つめる。


「無実である事が命の担保をする事には繋がらないよ。……諦めよう、カナ」


 −−−−その時、カナの頭の中である考えが閃く。

 

 カナは目を丸くしたのちに、ゆっくりと口を開く。

「……つまり、『殺さず』に『仕事でなければ』良いのですか?」

 エヴァンはそれを聞いて目を見張る。

「……?……どういうことだ?」


 カナは決心したかのように、顔をあげた。

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