第40話「未来」


 オンボロの、何もない少し広めの部屋で、フィルは拘束されている。

 周りには先ほどのギャング達の一味が待機している。


 先ほどまでの騒々しい流れが体に触ったのか、フィルは激しく咳き込んでいる。

「おいおい、こいつ病気持ちかぁ? 参ったな、価値が下がるぜ」


 周囲の光景を見渡して思う。『あぁ、やっぱりか』と。

 フィルはそのままギャングのボスと目があう。

「おいガキ、恨むんなら村のやつらを恨めよ? お前にゃあ気の毒だが、コソ泥はいけねぇよな。コソ泥は」

「つって、ボス。俺らだって人攫いで生きてるようなもんじゃねぇかよ」

「おいおい、それを今言うなっての!」

 下衆な笑いをあげるギャングの面々。『こんな奴らに……』と、フィルは虚ろな目で彼らを見る。

「……誰かを恨むのなんて、もう飽きたよ」

 ボソッと言うフィルに、ギャングのボスが反応する。

「ほぉ、偉いな坊主。その歳で、『自己責任』ってやつか?」


 その時、ギャングのボスが座っていた椅子から立ち上がり、フィルに近づく。


「さてさて、こいつにはどんな需要があるかな?マダムの愛玩具(ペット)か?炭鉱の作業員か?それとも……」

「……覚悟はできてる。」

「たぁっはぁー!!最近のガキはマセてて嫌だね!!なんなんだよその『世の中どうせ』みてぇな悟った目!!ガキはもうちょっと感情表現豊な方が可愛げあるんだがなぁ!!」

 

 フィルは虚な目でボスを睨み付けながら言う。

「……『先に見てた』から」

「はぁ? なんてェ?」

 フィルは空虚な目で天井を見つめながら、淡々と語り出す。


「『未来が見える』んだ。僕。……ほんの少しだけだけどね。大概はその数日前に、夢で映像が届けられる。その時は、本当に意識も視界もはっきりしてて、まるで現実みたいなんだ」

 ギャング達の間で、キョトンとしてそれを聞いてる。

「最初は、姉がいなくなったあの日だった。最初は偶然かと思ったけど、それから同じようなことが……」

 彼が話している途中で、大爆笑が巻き起こる。

「アァハッハッッはハッハハハハ‼︎ 未来が⁈ なんだって⁈ こいつぁ本当に将来有望なガキだぜ‼︎」

 ギャングのボスは続ける。

「そんならよ、なんでもいいから一つ当ててみろよ! 当たりゃ仲間に入れてやらんでも……」


 大笑いしている男達の声を遮るように、フィルが言葉を発する。

「おじさんのナイフ、変わってるね。確か穴が6つも空いてる」

 それを聞いて、ギャングのボスは一気に表情が険しくなる。

「へへへッ、ボス。なんてツラしてんスか。……え?」

 ギャングのボスはナイフを取り出して、ブレードの穴を確認している。6つだ。彼らは一気に青ざめる。


「……薄気味悪りぃな。クソガキ」

「ひっどいなぁ。仲間に入れてくれるんじゃなかったの?」


 ギャングのボスは、横になっているフィルの胸ぐらを掴んで体を起こす。そして、首元にナイフを突きつける。

「ボ……ボス! 何してんスか⁈」

「……とっとと殺して逃げるぞ。このガキ何モンだ? 空の仲間か? じゃなきゃありえねぇだろこんなの」



 彼は自分の最後を確信する。

 自分の会話のせいで途中少し改変はあったものの、結局夢で見た通りの展開だ。

 そして、ここから先はわからない。しかし、ここまで来たら誰だって予想食らいつくだろう。


 僕は、今からこのナイフで刺されて死ぬ。


 このまま首を掻っ切られて死ぬか、腹を突き刺されるか、それとももっと残忍に嬲り殺しにされるか、そこまではわからない。

 けど、このまま殺されることだけは確かだ。少年は、この部屋で目が覚めた瞬間に覚悟が決まっていた。


 ……いや、覚悟なんてかっこいい言葉じゃない。これはむしろ『諦め』に近い。

 まるで死の宣告かのような。嫌な力だ。逆に言ってしまえば、先に体験してしまったおかげでいくらか恐怖感みたいなのは薄れている。奇怪な能力がいつのまにか身についていたものだが、メリットは意外とこんなチンケなものだ。


 むしろこんなことより、丈夫な体が欲しかった。少年は思う。

 生きる価値に値するような、丈夫な体が。誰かの役に立てるような、強い自分が。

 いや、もしかしたらそれよりも、そもそも……もっと、根本的なことを望んでいるのかもしれない。


 死の間際になって、皮肉なことに妙に自分の考えていることがはっきりとわかる。


『そもそも、生まれてなんか来なければ良かったのに』


 そんなことを考えてみたが、お望みの世界は一寸先まで来ている。あとは、苦痛に耐えるだけだ。


 さぁ、早く来い。その鋭利に尖った切っ先を早く、この気色が悪いくらいに痩せこけた不健康な体に沈めて見せろ。



 少年が、そんな風に投げやりになった、その時だった。



「そいつを離せ」



 聞き覚えのある、女性の声だった。

 フィルは目を見張った。部屋の入り口に、カナが立っているのだ。


「……あん時後ろにいた女か?」

「……カ……カナ?」

「……交換だ」

 カナはゴミでも見るかのような目でギャング連中に向かって吐き捨てる。その肩には、おそらく物資が満杯に詰められた袋が担がれている。


「おいおい、そんなモンじゃねぇだろ? こちとら量見積もれねぇほど脳みそ腐っちゃいねぇぞ」

「残りは下だ。確認したいなら早くしろ」


 部下のうちの一人がカナの横を恐る恐る通りずぎて、通路の柵から下の工場広間に目をやる。

 すると、カナが抱えているような袋と同じような物がいくつか集められていて、エヴァン、アルジャーノ、ヨクトがそれを見張っている。周囲には、彼らに銃を向けたギャング達。


「ボス。本当みてぇです」

「早まるな。次は中身だ」

 カナは少し進んで、部屋の真ん中あたりに肩に担がれた袋を下ろす。


 カナが入り口の方に戻ると、先ほどの部下が中身をチェックしようと袋を開けて中を探る。


「……んん?」

「おい、どうした」

「なんスか? この白い筒は」

 部下は袋から『ソレ』を一つ取り出してまじまじと見つめる。

 カナはなぜか目を閉じている。


 勘の鋭いギャングのボスはすぐにそれが何か気づいた。

「……⁈……おい!そりゃあ……!」


 部下が持ち上げた『ソレ』は、その場で爆発を起こして閃光を放った。

 部下達は、とっさに目を瞑るが、再び目を開いても視界に何も映らない。


 スタングレネードだ。完全にしてやられた。とギャングのボスは思う。



 一瞬のうちに、カナは神器を発動する。

 目にも留まらぬスピードで、最短のルートを辿って部下達をなぎ倒していき、最後にギャングのボスに斬りかかろうとする。


「待ちやがれ」

 斬りかかる寸前でカナはピタッと静止する。

 ギャングのボスはスタングレネードの閃光から目を守っていたようで、視界良好な様子。フィルにナイフを突き立てて盾にした状態で、カナと対面する。


 『あと一息のところで』と、カナは小さく舌打ちをする。


「いけねぇなぁ姉ちゃん。お空の人間ともあろう者が、踏み倒したぁ面目立たねぇだろ?」

「……子供を盾にするクズに払う物など無い」

「ハッ‼ よく言うぜ‼︎ クズはあのゴミ山の連中の方じゃねぇか‼︎」

「どう言うことだ⁈」

 カナの目が一層怒りを帯びる。

「外から奪って生きながらえてんのはどっちも変わんねぇ! 無闇に殺してねぇだけこっちのがマシだ! 俺らは無価値で可哀想な人間を売りさばいて、存在価値を見出してやってんだからな!」

 ギャングのボスは声を荒げる。

「そのくせ、あいつらはなんだ⁈ 殺して盗んで、挙げ句の果てにテメェらにケツ持たせて太刀打ちさせませんってか! 弱者のポーズ取ってうずくまってりゃ、なんでも許されるってのかよ‼︎」

「貨物車の襲撃は村の掟を破った者の過失だ! あの村は……元々外の死体を集めていただけだ! お前たちが襲ってきた人間の数の方が何倍も……」

「俺らより殺してこなかったって言う確証は⁈ そもそも『数』の問題か⁈」

「ッ……屁理屈をこね回すなッ!!」


 お互い一歩も譲らない状況が続く。カナが反論しようとしたその時だった。


「もういい、カナ」

 口を開いたのは、虚ろな目をしたフィルだった。まだ視界がおぼつかないようで、目がぼんやりとしている。


 カナは、思わず目を丸くして彼に向ける。

「どのみち交渉を無視してきたってことは、僕が選ばれなかったってことだろ?」

「……お前……何を言って……。」

「……いいんだ。それなら……もう、僕は……」

 フィルが空っぽになった目で、淡々と語る。


 そこに、ギャングのボスが割って入る。

「だぁっはっはっは‼︎ そうだよなぁ⁈ お前が捨てられたって事実があんなら、まず元も子もねぇよなぁ⁈」

 ギャングのボスは笑い声を落ち着かせてから、こう続ける。

「……おい女。物資はいらねぇから俺達を逃せ。このガキ一匹で手ぇ打ってやる」

「なっ……フィルをどうするつもりだ⁈」

「なぁに。悪いようにはしねぇよ」


 ギャングのボスは、生気を失っている少年の方に目をやり、ニヤッと笑ってからこう語り出す。

「哀れなガキだぜ。こんな病気持ちの役立たずなら、どうせこのまま生きてたって誰からも必要とされねぇんだ」

 フィルは、それを聞いて目を丸くする。

「ところがどっこい、俺様の手にかかりゃあそんなクズの命もプレミア商品に早変わりだ。……幸い見てくれも悪くねぇし、デケェ都市のトチ狂った変態がもらってくれんだろ」

 下衆な笑みを浮かべるギャングのボスに対し、カナは思わず我慢しきれなくなり、激昂する。


「……この下衆野郎ッ‼︎‼︎」

「狂ってんのは需要そのものだろ⁈ 恨むんならあの狂人共をうら……」


 その時、ギャングのボスの脇腹を、暗黒石の突起が貫く。

「…めッ…?」


 フィルの体から、無数の暗黒石の棘が突き出ている。

 カナはそれを見て、言葉を失う。


「そうだよ。僕なんか」



『生まれてこなければ良かったんだ』



 フィルの体から急激に暗黒子が溢れ出て、膨張する。

 みるみる彼の体は暗黒石でできた肉体の中へと呑まれていき、巨大な鉱物の生命体が生まれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る