第41話「理想主義」
「……つまり、『殺さず』に『仕事でなければ』良いのですか?」
先刻、フィルの救出に第七部隊一同が向かう前の、集会所前での会話の途中。
何かを決心したかような目でエヴァンを見上げるカナ。
「まぁ、そういうことだが……」
「……考えがあります」
カナの説明はこうだ。
彼女の神器は、空気中に微小に流れる電気を集め、自身の意識によって増幅、操作を可能とする。
これを利用して、神器の発動中に彼女自身の意識で電荷量を微調整すれば、殺傷力を抑えることができる。
神器を敢えて強力な『ただのスタン棒』のように扱い、あとは彼女の持ち前の身体能力を用いて、相手を全員殺さずに失神させればいい。
カナは目を光らせてエヴァンに力説する。
「……ほお……」
「私にしかできないことです。ですので、行かせていただけませんか?」
真剣な目で懇願するカナ。エヴァンは顎に手を当てながら、真顔で考える。
「単独行動で構いません。処罰も覚悟の上です。初任務から出過ぎた真似とは重々承知していますが……どうか!」
頭を下げるカナ。
エヴァンは顎に片手を添えたまま、カナに尋ねる。
「ちなみに聞くが、なぜ君はこうもあの少年を助けたがる?」
カナはそれを聞いて、目を丸くする。
「なぜって……」
***
ギャングの部下達の内、一人の顎に、見事なフックが炸裂する。
殴ったのは、エヴァンだ。その表情は晴々としている。
「ふむ、やはり生身の戦闘はいいな。なんというか、スポーツのようだ」
「で、結局機動班みんな付いてきてんじゃねぇのか……よっ!」
ヨクトは、別の部下がうつぶせに倒れているところに馬乗りになって、歯を食いしばって踏ん張りながら彼の首を締め上げている。
「新入り一人で行かせろってか? 冷たいこと言うなよ」
「こっちは何もかも初体験でヒヤヒヤしてるっての……」
彼にとっては、一応これが初めての戦闘だ。光殻の身体機能強化作用のおかげで、なんとか太刀打ちできてるが、それでもかなり苦戦した様子で、彼はボロボロだ。
「……アル!! 応援いるか?」
アルジャーノの周囲にはすでに2〜3人の屍が倒れており、彼は片手で、顔面が腫れ上がったギャングの首根っこを掴み、引きずっている。
彼の真っ白の隊服が、殴った際の返り血で染め上げられている。
「……あ?」
「あ、いえ。なんでもないです」
ヨクトの目には、彼がやけに不機嫌そうに見えて、なんとなく殺される予感がしたので、それ以上追求は辞めた。
「にしても、君の幼馴染には驚かされるよ。殺傷能力の無い神器なんて、史上初なんじゃないのか?」
「……神に愛されたのか、はたまた見捨てられたのか……どっちにせよ、神器にも性格が滲み出ちまったんだろうな」
ヨクトは、すでに気絶した敵の背中に座りながら、答える。
「性格ね。ふふ、人助けのことを『趣味』なんて言い切るくらいだもんな」
エヴァンは微笑みながら話す。
「あいつはあぁなんだ。昔っから」
幼少期の頃のことを少し思い出すヨクト。彼女に助けられてきた記憶ばかりが思い出される。
「ってか、良かったのかよ。しょっぱなから職務放棄って……一体どうなってんだこの隊は」
「なぁに、遅れた仕事の責任は俺が被ってやる。それに、まんざらでも無いからお前も付いてきてくれたんだろ?」
「……ヘッ」
ヨクトは少し恥ずかしそうにしながら、変な相槌で誤魔化す。
「……ずっとこんな仕事ばかりだったらいいんだがな」
ヨクトに気づかれないように、エヴァンは寂しげに呟いた。
その時、2階のカナが入っていった部屋から大きな音が聞こえる。硬い鉱物と鉱物がぶつかり合ったかのような音だ。
何事か?と思い、3人はそちらに目を向ける。すると、扉から負傷したギャングのボスを抱えたカナとともに暗黒石の棘がいくつか飛び出てくる。
「は、はぁあああぁあ⁈」
カナは柵を飛び越えて、1階に飛び降り、着地する。
「フィルが……フィルが『発症』しました‼︎」
「今か……薬は?」
「違います! どういうことですかあれは⁈」
「『自然発症』だな……」
エヴァンはこう説明する。
「PSYの発症パターンは、薬による『人為発症』と、本人自身が原因の『自然発症』の2つだ。これらの違いは、端的に言えば『永続性の有無』」
エヴァンは、2階を睨む。フィルだった生命体が、徐々に扉を壊して出てこようとしている。
「……つまり、『自然発症者』はもう元には戻らない」
彼の言葉を聞いて、カナは絶句する。
2階の扉は、どんどん破壊され、瓦礫が落ちてくる。
「……それでは、私たちは……」
2階の扉が完全に壊れ、巨大化したフィルが上から襲いかかってくる。
それと同時にエヴァンとアルジャーノが神器を発動する。
「……察してくれ。」
上から落ちてくるフィルが、腕を巨大なブレードにして振り下ろしてくる。
それを鎧化したエヴァンが受け止めて、怪力を発揮してそのままフィルを横方向に放り投げる。
フィルは、投げ飛ばされた先の壁に激突し、体制を整えようとする。
彼が起き上がる寸前に、アルジャーノがプラズマ砲を射出する。フィルはとっさにそれを避けようとするが、右半身に直撃して超音波のような叫び声をあげる。
「私達がフィル君を引きつける! 2人は彼らを外へ!」
「わ……わかった!」
ヨクトは、先ほど気絶させたギャング達を担ぐが、カナはなにやら躊躇している。
「……待って……待ってください‼︎」
カナの悲痛な叫びを聞かずに、次の砲撃の動作をとるアルジャーノ。エヴァンも彼女にいっさい振り返らずに、戦闘体制を崩さない。
「そんな!……まだ……まだなにもわかってないのに‼︎」
「カナッ! なに言ってんだ! 状況考えてみ……」
ヨクトがカナに一喝入れようとした時、アルジャーノが強い口調で割って入る。
「お前、なに勘違いしてんだ?」
アルジャーノがレールガンのような神器を構えたまま、カナに言い返す。
「今現在俺たちの役目は『発症者による犠牲を出さない事』それのみだ。奴の保全は二の次。万が一逃走されたら、周囲にどれだけ危害が加わると思ってる?」
「け、けど……もしかしたら、元に戻す方法が……‼︎」
「んな贅沢な発想は運良く無力化できた時のモンだ。ましてや持ち帰った後の研究者の役目、俺らには関係ねぇ」
アルジャーノは続ける。
「……元はと言えばお前のわがままに付き合って来てやってんだ」
「……アル、やめなさい」
アルジャーノは、エヴァンを無視して、しばし閉口した後、心を鬼にして口を開く。
「……お前、その理想で一体何人殺すつもりだよ」
「アル‼︎‼︎」
アルジャーノが、鋭い目つきでカナを睨む。
「そん……な……私は……」
カナ泣き出しそうな表情。
「出ろ……この仕事向いてねぇよ」
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