第42話「存在価値」


 一方、フィラル村にて。

 回収の仕事を丸々放り投げられた支援班一行。

 死体をひきずって、トラックに運んでいるミーナ。

「……ふぅ」

 荷台に死体を入れて、一呼吸つく。

「ミナっち、だんだん慣れて来たんじゃない?」

「はい、なんとか……」

 苦笑いするミーナ。

「しっかし、残りの仕事全部押し付けられるとはねぇ〜。ほんと、こう言うのに弱いんだから。うちらのパパは」

 そう言って、せっせと作業するライカ。


「さっきのドンパチのせいで数も増えてるってのに……おまけに見た目もぐっちゃぐちゃ……」

 吐き気を催したのか、青ざめた顔で口を手で塞ぐライカ。

「……あの……」

「ん?」


 ミーナは広場全体を一瞥する。夥しい量の惨殺死体の数々が辺りに散らばっている。


「……隊長やアルジャーノさんは、どうしてあんな躊躇なく戦えるんですか? 私にはとても、耐えられそうには……」

 ミーナは、蜂の巣をつつくような気持ちで恐る恐る質問する。

「……なんでだろうね?」

 ライカはもったいぶってるかのように話をはぐらかす。

「ご、ごめんなさい!こんな話、不謹慎ですよね……」

「そんなことないよ……だってさ……」


 ライカはミーナの方を振り返らずに言う。表情は見えない。


「疑問に思わない方が不健康だしね」



***



 ギャング達のアジトの廃墟。

 中では、エヴァンとアルジャーノの二人が、異形と化したフィルと激しい攻防を繰り広げている。


 一方、外ではカナとヨクトがせっせと気絶させたギャング達を運び出して、一箇所に固めている。

 ギャングを二人両脇に抱えて、走ってくるカナ。

「……はぁ……はぁ……おそらくこれで一階は全部だ!」

「わかった、2階は⁈」

「あの様子じゃ、きっともう……」

 残念そうな顔をする二人。

「……ってことは、これで終わりか」


 ヨクトの言葉を聞いて、カナはすぐに入り口に向かおうとする。

 廃墟内に向かおうとする彼女を見て、慌てて彼女の腕を掴み止めるヨクト。

「待ぁて待て待て‼︎ 行ってどうするつもりだよ⁈」

「決まってるだろ⁈ あいつを助ける‼︎」

「助けるって……一体どうやって助けんだッ⁈ グレイブの時とわけが違うんだぞ⁈」

「どうって……それはッ……!」

「今のお前じゃ二人の足引っ張るだけだろ⁈そりゃあ俺だってキツイけど……他にどんな方法があるって……」

 悲痛な表情でヨクトは言う。

「それに、昨日あったばっかのガキになんでそんなこだわるんだよ! 少しは落ち着けって!」


 それを聞いたカナは、かすれた涙声でこう答える。


「……人を助けようとするのに、連ねた理由など要るのか?」


 それを聞いて、ヨクトはハッとする。

「私が間違ってるのか? なんでだ?なんでみんなこうもんだ? あいつが病弱だからか? 捨て子だからか? 親しくないから? 役割を見出せないから? 仕事だから?……価値がないから?」


 カナが言う。


「人の価値って……『価値』ってなんだ?」


 悲壮な表情で、カナはヨクトに訴えかける。ヨクトは何も言えないまま、悲痛な目でただ彼女を見ている。


 −−−−廃墟内から、再び轟音が鳴り響いた。



***



 暗黒物質の装甲が削られ、随分と体が小さくなったフィルが、見てもられないボロボロな姿となって地面にうずくまっている。

 破壊し尽くされた装甲の中心あたりからは、フィルの本体である顔面が少し見えていて、白目を向いて意識を失っているのがわかる。


 少しずつ近づいていく2人。


「随分と削ったみたいだな」

「あぁ。あと一撃で充分だ」

 神器を構えながらフィルに近づくアルジャーノ。

 フィルは、割れた暗黒物質の装甲から、固体化できなかった液体を噴出し、カタカタと震えながら、最後の力を振り絞ってその場から逃げ出そうとしている。

 その様子を、じっと見つめているエヴァン。


「発症者と対峙した時、いつも感じることがあったが、今やっと言葉にできそうだよ」

「あぁ? 何言ってんだこんな時に」

「彼らがもがく様は、まるで『飢えた赤子』が泣いて暴れるようだ」

「……胸糞悪くなるような事言うんじゃねぇよ」


 少し黙ってから、エヴァンは体に円を描くように指で空を切る。円は、アガスティアのシンボルマークだ。


「……いつだってこの瞬間は嫌なものだな。アルジャーノ」


 彼の言葉を聞いたアルジャーノは、あいも変わらず死んだ魚のような廃れた目をしているが、どこか虚しさを帯びているように見える。


 少しの間、黙ってた彼は、覚悟を決めたのかトリガーを引こうと力を入れた。



 −−−−その時、彼の前にカナが現れた。フィルをかばうようにして、背中を向けて、女の子座りで座り込んでいる。


 アルジャーノは、その様子をみて、痛ましい表情を彼女に向ける。


「……おい、そこをどけ。」

「……嫌だ。」

「10秒やる。どけなきゃ、テメェもろとも消し飛ばす」

「……構わない。」

 アルジャーノは、怒号を抑えようと我慢したのか、歯をギッと食いしばる。

「『構わない』じゃねぇんだよッ……自分が何言ってるかわかってんのかオメェはッ‼︎」

 怒りを抑えきれなくて、破裂寸前のアルジャーノ。

 しかし、彼女はそんな彼を無視して、フィルにそっと手を置く。



「……なぁ、フィル。聞こえるか?」



 フィルは、意識があるのか、少しピクッと反応したかのように見えた。

 カナは、彼をなだめるかのように優しい声で続ける。


「お前さ、村のみんなが自分を捨てたって言ってたろ?」


 カナは、彼に語りかける。


「あれは誤解だ。」




***



「……趣味です」

 時は遡り、フィルを救出しに向かう前、集会所での会話のこと。

 カナの意外な回答に、フフッと笑うエヴァン。

「そうか『趣味』か。それなら誰も止める権利は無いよなぁ?」

 カナは表情を明るくする。

「……では、行かせていただけるという事ですね?」

「行って来なさい!……と言いたいところなのだが。」

 カナの表情がまた暗くなる。エヴァンは続ける。

「一番の問題が解決されていないだろ?」

 エヴァンは、小屋の方に親指を刺し、カナはハッとした表情をする。

「……どうしたら……」


 その時、集会所の入り口から声がした。

「その心配は必要ございません。」


 声の主の方に振り向くエヴァンとカナ。そこに、ゾマ含めた村人たちがいる。

「村長……どういう事でしょうか?」


 村人のうちの一人の男が、口を開く。

「……俺、村の畑担当の者です。畑仕事は、作物があんまり実らない分、人員の采配が甘かったりするんですが、フィルには結構助けられてたりしました」

 次に口を開いたのは、村の女性陣。

「私たちも、お裁縫とか洗濯の時とか、ねぇ?猫の手でも借りたいって時に、フィルがぽつんっていたりしたもんだから……」

 次に口を開いたのは、小さい子供たちだった。

「そんなのどうでもいいよ! とにかく、フィルがいなくなんのはいやだ! みんなそうじゃ無いの⁈」

 子供達は、『そうだそうだ』と声をあげる。村の大人達は、それを見て少し涙ぐむ。

「……そうだな、俺たちゃあいつの屈託ねぇ笑顔と人懐っこい性格が、大好きだもんな。」

 そう言った壮年の男性は、しゃがみこんで子供達を抱きしめる。

「目的だの理由だのなんだのって……ほんと……俺たちゃ、いつのまにこんな小狡くなっちまったかなぁ……」

 そう言って、子供達を抱きしめながら涙をボロボロと流す。


 最後に口を開いたのはゾマだった。


「……カナ様」

 村長は、二人の方を見上げる。

「……もし叶うのならば、彼のことを頼めますでしょうか?」


 カナの体中に、熱が走る。心拍数がドンドン上がっていく感じがする。

 そして、これは決して焦りや緊張なんかでは無い。何かが、彼女の奥底から熱く込み上げてくる。



「……任せてください!」



 カナの目に、一切の迷いはなかった。

 こうして、彼女達はアジトへと向かったのだった。



***





「帰ろうフィル。村の皆が待ってる。」



 少女は、優しく少年に微笑みかける。天使のような、邪気一つない笑顔で。


 エヴァンとアルジャーノは、そんな彼女を見て、心が傷ついたのか、痛ましい表情をしている。

 彼らには、彼女の表情、行動全てが、長きにわたる過酷な任務の繰り返しで廃れた心を突き刺すからだ。


 少女の声が聞こえたのか、露わになっている少年の白い左目から、赤黒い涙が一粒こぼれ落ちた。




***




 アジトの外。ギャング達は依然として目覚めないまま。


 壁にもたれかかってしゃがみこんでいるヨクト。

 その目はひどく虚ろで、かなり落ち込んでいる様子だ。


「『自分』に負けてんのは俺じゃねぇか……」


 その時、再び廃墟の中から大きな音がした。


「……カナ?」


 ヨクトは、廃墟の入り口へと走って行った。


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