第43話「生まれて良かったと言えるように」



 慌ててアジトの中へと入るヨクト。


 彼の目に飛び込んで来たのは、衝撃の光景だった。


「なんだよ……こりゃあ……」


 カナとフィルがいた場所に、巨大な暗黒物質の柱ができている。地面から天井にかけて、隙間なく。


 エヴァンとアルジャーノは無事なようで、ヨクトは彼らの元へ駆けつける。


「二人とも! これ、なんなんだよ⁈」

「……彼の最後のあがきだ」

「は、はぁ⁈ わけワカンねぇって!」


 その時、ヨクトはあることに気づく。カナがいない。


「……なぁ、カナは? あいつ、どこいったんだよ? なぁ⁈」


 悲痛な声で尋ねるヨクト。


 二人は、怪訝そうな表情で暗黒物質でできた柱を見つめていた。



***



 薄暗い小さな洞窟のような空間で、カナは目がさめる。

 辺り一面、天井から床まで暗黒物質で形成されていて、出口は見当たらない。


「……っ……ここは?」


「僕の中だ」


 カナが振り返ると、暗黒物質で体を磔状態にされているフィルがいる。


「フィル……お前! 意識はあるんだな⁈」

「なんとか……さっきまでのことも、うっすらとなら覚えてる。」

「良かった……なら、早くここから出よう!壁を消してくれ!」

 カナは彼に頼むが、フィルは虚ろな目をしたまま黙っている。


「……どうした?なんで何もしないんだ?」

「できないんだ」

「はぁ?」


 フィルは気まづそうな表情でこう言う。

「……わからないんだ、『これ』の扱い方が。さっきだってそうだ。理由もなく嫌な感情が溢れるばかりで、これは僕の意思とは無関係に『生まれる』」


「……生まれる?」

「……なんでだろう。『生まれる』って言葉がしっくりくるんだ」


「……だとすれば、この空間はどうすれば?」


「僕を殺してくれ」


「……は?」


「僕を殺せばコイツらは消える。僕が媒体になって生まれてきてるんだから。」


 フィルの言葉に、カナは思わず目を見張る。


「さっきの剣みたいなので、僕を刺すんだ。早く」


「……」


 カナはしばらく黙っていたが、何か決心づいたのか、神器を発動する。

 カナの手元に真っ白の粒子が集まっていき、甲冑と極太の棘上の双剣になる。

 それを見て、フィルは安心したかのような顔をする。彼はすっと目を閉じる。彼女に刺されるのを待つかのように。


 『これでやっと。』彼は心の中で呟いた。


 その時だった。


 『ガキン』と、金属同士が思いっきりぶつかるような嫌な音が鳴る。

 フィルはその耳障りな騒音に驚いて、目を開ける。目を開けた先を見て、彼は思わず目を見張った。


 カナが、神器を暗黒物質の壁に何度も打ち付けているのだ。


「……何をしてる?」

「何って、見りゃわかるだろ⁈掘ってる‼︎」

 『クッソ、結構硬いな』と、彼女は悪態をつきながらも発掘作業を進める。しかし、全然暗黒物質の壁はそう簡単には砕けなくて、ただひたすら汗を流すだけである。


「無理だ。そんなんじゃ、きっと砕けない」

「何を根拠に言ってんだ。決めつけは良くない」

「『感じる』んだよ。さっきのと一緒だ。きっと、そいつらが教えてくれてるんだ」

「じゃあそいつらに聞いてみてくれ。『お前達の壊し方を教えろ』って」


 フィルは歯を食いしばる。彼の腹の奥底からふつふつと怒りが込み上げてくる。


「……あぁもう……いいから殺してくれよ‼︎ もう嫌なんだよ! 役立たずのまんまで生きるのは!」


 フィルはカナに向かって怒号を浴びせる。いつもの朗らかな雰囲気とは打って変わって凶暴な表情だ。

 

「どうせ帰ったって、また寝たきりの生活だ! 村の皆んなは優しいけど、それじゃダメなんだよ! 僕がいたって何もかも余計に食いつぶすだけだ! 極め付けにこんな化け物みたいな力も付いてきて、何かの拍子にみんなを傷つけてしまったらどうするんだ⁈」


 カナはそれでも何も言わずに、彼を無視しながら壁に神器を叩きつけている。


「誰だよ僕をこんな風に作ったのは……ふざけるのも大概にしろ……もう散々だ……こんな……こんなことなら……僕なんて……僕なんていっそ生まれて来なきゃ良かったんだ‼︎」


 フィルの体中から、また少しずつボコボコと赤黒い液体が滲み出てくる。

 周囲の空間には、いくつもの点が生まれて、その点へと暗黒物質が集まっていく。


 カナはフィルの方へと振り返る。謎が解けたのか、晴々とした表情だ。


「なぁんだ。わかったぞ、こいつらの正体が」

「……は?」

「こいつらはな、きっとお前の『潜在意識』ってやつの現れだ」


 カナはフィルに語り出す。

「人の意識にはな、『顕在意識』と『潜在意識』の2つがあるんだ。前者は思考とか自我といったもので、後者は自覚の無い『無意識』に似た物だ」


 カナは悪戯っぽく笑う。


「本当に死にたいなら、そんな風に自分を責めて苦しんだりしないよ。お前の本音は『死にたい』じゃなくて、『強く生きたい』んだ」


 フィルは思わず目を見張る。そして、睨むようにカナに凍ついた視線を向ける。


「だからなんだって言うんだ……本心がそうだからって……この体がいきなり強くなることなんて……」


 カナは周りの暗黒物質を見渡す。

「……こいつらは、そんなお前から案外溢れでてる生命力に呼応して生まれた……つまり……」


 カナは、再びフィルに近づいていって、彼の頬を両手でそっと包む。



「大丈夫。お前は、お前が思ってるより充分『強い』」



 屈託無く笑う彼女の言葉を聞いて、フィルは思い出す。



***



 フィラルの奥にある、小さな畑。

 畑を担当している男性と、フィルが仕事に勤しんでいる。


「しかしよぉ、本当に大丈夫なのか? フィル。手伝わせちまってよぉ」

「しつこいなぁ。今日は結構調子いいって言ったじゃん。それに、適度に体動かしとかなきゃ」

「つってもよぉ、お前いっつもそればっかじゃねぇかよ。……なんか無理してねぇかぁ?」

 採れた野菜が詰まったカゴを、持ち上げるフィル。

「もう、心配性だなぁ……ほら見て!重い物だってこんなにたくさん持て……うッ‼︎」

 持ち上げた瞬間、笑顔のまま吐血して、その場に倒れる。


「おまッ……だから言わんこっちゃねぇ! ……誰か⁈ 誰かいねぇかッ⁈」

 男は急いで村の広場に助けを呼びに行こうとする。

 男のズボンの裾を掴んで、男を止めるフィル。

「大丈夫……大丈夫だって……」

「大丈夫なわけあるか! いいから大人しく寝とけって!」

 フィルは体を起こして、口元に血を残したまま不適に笑う。


「……『アタシがあんた連れて逃げた時は、文字通りゴミ食ってでも生き延びた。』昔、嫌ってくらい聞かされたんだ」


 フィルは口に付いた血を拭って、強い目つきで言う。

「これしきのことで根ぇあげてたら、アイーダに蹴り飛ばされるだろ?」


「お……お前なぁ……」









***



「……ねぇ、カナ。聞いてもいい?」


「ん? なんだ?」


「カナは、なんでそんな風に人に優しくできるの?」


 カナはハッとした目をて、少し顔を赤らめる。

「……なんだよいきなり……そんなこと……」

「さっきだってそうだ。あのおじさん達、きっとカナなら殺せたはずだ。なのにどうして……」


 カナはしばし考えた後、こう答える。


「……私はな、思うんだ。『幸せ』って物は、きっと与えれば与えるほど、巡り巡って大きくなるものだって。それが例えどんな人間にだったとしても」


 東部での学院生時代、カナの机に仲間達が集まっているのを、彼女は思い出す。


「最初は気づかないが、諦めずに続けていればゆっくりと時間をかけて皆に伝わり、成長していくんだ。やがて大きくなった『幸せ』はより大勢の人々を幸せにして、最後に自分にも返ってくる。こんな世界だからこそ、みんなで幸せになった方がいいだろ?」


 少し恥ずかしそうに言ってみせるカナを、フィルは見つめる。


「……この世界でそんな綺麗なことを言えるのは君くらいだ」

「何を言ってる。お前だってそうじゃないか」

「……え?」


 フィルに向かって、ニコッと笑うカナ。


「あのとき、『優しい』って言ってくれた」


 二人の頭の中で、出会った時の会話が思い出される。


「自分じゃない誰かを一人でも幸せにできるんだ。お前は『生まれて来なければ良かった』やつなんかじゃないよ」


***



 暗黒石の柱が、大きな音を立てて粉々に砕ける。


 砕けた破片は、さらに砂となって消えていく。


 頭上から落ちてくるカナとフィルを見て、驚きを隠せないでいるエヴァン、アルジャーノ、ヨクト。



「……僕が……誰かを幸せに……?」


「あぁ。もし、それでもお前が諦めるのなら、私がまた立ち上がらせてやる。お前がどれだけ自分を痛めつけても」



−−−−『生まれて良かった』と言えるように−−−−



 エヴァンとヨクトは咄嗟に動き出し、エヴァンがフィルを受け止め、ヨクトはカナを受け止めようとして彼女の下敷きになる。



 気絶したヨクトを下敷きにしながら、体制を立て直したカナはエヴァンに抱えられたフィルの方を見る。


 静かに涙を流す少年を見て、彼女は安心したかのように笑った。



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