第44話「巡り巡って」


 時は過ぎて、夜。フィラル村の広場。

 帰還する起動班一行と、住民達に心配をかけたためか、小恥ずかしそうにしているフィルを見て、安心した村人達が彼の元にかけてくる。


 大勢の村人達が、彼を迎え入れ、抱きしめる。

 涙を流し合い、喜ぶ村人達。


 それを見て、嬉しそうに笑う支援班の一同。

 幸せそうに見つめるカナ。

 少し複雑そうに見ているヨクト。

 後ろめたいような、暗い表情のままのアルジャーノ。

 どこか悲しそうに、それでいて安心したように微笑むエヴァン。



 カナ達の、少しレールから外れた初任務は、こうして幕を降ろした。




***



 傷だらけの格好で、たむろしているギャングの一味。


 そこにカナとエヴァンが現れる。

 無表情のまま、言葉も一切語らずに二人を睨みつけるギャングのボスの目の前に、エヴァンが肩に抱えた大きな袋をどさっと置く。

 二人の後ろを見れば、同じような袋がいくつも置いてある。


「……話を聞いて推測した人数分の支援物資だ。本来ならば無契約では渡せないが、これで痛み分けとさせてくれ」

 表情を変えずに、袋に手をやるギャングのボス。

 その後すぐにカナの方にちらっと目をやってボソッと呟く。

「……なんで助けた」

 厳しい目で彼らを見つめるものの、どこか複雑そうな様子な彼女はこう答える。

「なんでって……これ以上の死傷者を出さない為だ」

 それを聞いた彼は答える。

「しみったれた情けかけやがって……そんなに泥かぶるのが嫌かよ」

「は……はぁ⁈ なんだその言い草は‼︎ わざわざ治療までしてやったってのに!」

「んなもん頼んでねえよ」

 憤慨するカナを無視して、彼は『おい』と部下達に声をかけて立ち上がる。退散するようだ。

「……胸糞悪りぃ。俺らばっかりクズ扱いじゃねぇかこれじゃあ」


 その場を立ち去ろうとする彼らを見て、カナは声をかける。


「……おい‼︎どうしてお前達は人攫いなんて悪業に手を染める!?」

 立ち止まるギャング達。

「……生きる為だよ。他に何かあんのか?」

「ッ!!……他に生きる道は無いのか?! 私たちと契約すれば、物資の支援だって……」

 それを聞いたギャングのボスは間髪入れずに返す。

「アンタなぁ、そうやって無策に傘下増やしてったら、果てはどうなるよ?傘下同士で食い合いが始まるだけじゃねぇのか? 下手したら、支援目当てのための戦争が始まるぜ? それとも、生きた人間でも渡すか? 倫理がどうとか人権がああだとか言うんだろどうせ」

 何も返答しないカナを見て、呆れた目をしてギャングのボスは続ける。

「……いい加減にしてくれよ。それに、これでも俺らだって上手いこと周りと棲み分けして生きてんだ」

「だ……だからって人攫いなんて‼︎」

「『人攫い』じゃねぇ。『人身取引』だ」

「どちらにしたって悪業だ!!」

「『悪』ねぇ……」

 彼はタバコに火をつける。


「悪りぃかよ人間売って生きてちゃあ。そっちが死んだ人間有効活用すんなら、こっちは生きた人間有効活用するだけだ。俺達が扱ってんのは債務者だとか捨てられた奴、露頭に迷ってた奴だとかそんなんばっか……仕方なく俺らがそんな奴らに価値つけて買い手を探すんだ」

 咥えていたタバコをふかすギャングのボス。

「……それに所詮、黙ってたらただ死ぬだけの非力な奴らだ。生きられるだけマシと思って欲しいもんだね。……それとも、そいつら全員あんたらが保護してくれるってかい?」

 表情がみるみる内に曇っていくカナ。見てられなくなったギャングのボスは、彼女達に背を向ける。


 カナが口を開く。

「私が……私がいずれその現状を打破して見せる。必ずだ」

 ギャングのボスは舌打ちをして、こう言い残す。

「ざけんじゃねぇ……俺たちの仕事が無くなんだろ」



 彼らは歩を進めるが、また立ち止まる。

「俺はバッカス。あんた、名は?」

「カナだ。アマネ・カナ。」

「姓なんて俺らにゃあ必要ねぇよ。名だけで充分だ。」


 そう言い残して、彼らはふてぶてしく立ち去ってしまった。



「くそっ……なんなんだあいつら……ああ言えばこう言いやがって」

 悔しそうな顔をするカナに向かい、エヴァンがなだめるように微笑みかける。

「まぁまぁ、何はともあれとりあえず一件落着だ」

「いいのですか?奴らをのさばらせておいて」

「人身取引は確かに犯罪だ。……しかし、彼らが周辺都市の労働力の増加に貢献している側面もあるんだよ。よって彼らの処遇は各都市に任せてある。彼らを裁くのは我々であってはならないんだ。」

 ムッとするカナ。

「……隊則とはいえ、地上法を破る犯罪者を私たち葬人が逮捕できないのは少々歯痒いです」

「私達は警察では無いからね。あくまで提携都市を管理し、防衛するのが役目だ。……それに周辺都市ではそれぞれの都市法があるし、外部の村にはそれぞれ独自のルールが存在する。それぞれの自由を尊重した上、アガスティアはこの事を認めている。私達が取締るのは、我々アガスティアに直接に背いた反逆者のみだよ」

「大体、何故裏社会の人間達を都市側が迎合しているのですか?正当な人材派遣会社を通して外部から人材を集めればいいものを」

「……裏からしか入れない枠が存在するんだよ。そうでもしないと働けない人間が存在する以上、彼らの出入り口を閉ざしてはいけないんだ。それが例えなの温情だとしても」

「あぶれた人々の正当な受け皿を用意する必要があります」

「それが簡単に出来れば苦労はしないさ」

 エヴァンは両手を広げて、お手上げのポーズを取る。

 カナは納得のいかない表情を見せる。それを見たエヴァンは、彼女の頭をそっと撫でる。

「……とにかく、初任務ご苦労さん。君は尽力したと思うよ。行動は前代未聞だったけどな」

 頬を染めるカナ。なぜか満足そうなエヴァン。


 「おーい、閉めちゃうよ」と方舟が停留している場所からライカの声がする。

 第七部隊の一行がカナ達を呼んでいる。夜はもう遅く、終業予定時刻などとっくに過ぎている頃だ。

 もっとも、いつも時間通りに終わることなんてないのだが。


 手を挙げて、彼らに「わかったよ」と合図するエヴァン。

 方舟に向かって歩いていく彼に、カナも続いていった。



***



 翌日の朝、フィラルの広場の古びたベンチにヨクトとカナが座っている。

「……結局2日間も留まっちまったな」

「まぁいいだろ。おかげで村のみんなと触れ合うこともできた」

「触れ合うって……別に仲良しこよししに来てるわけじゃあ……」

「いや、重要だよ。私、この村の監査役やることなったから」

「へぇー、そりゃすげぇな。……ってえぇ⁈」 

 大袈裟に驚いて見せるヨクト。


「フィルがPSYの研究に快く協力してくれる事が決定したおかげで、フィラルへの支援は一層手厚い物となった。怪我の功名ってやつか、彼が口減らしの対象となる心配は無くなった」

 カナの目が険しくなる。

「しかし、もしフィルが発症者ではなくただの病弱な子供のままだったら、どうなってたと思う?」

 ヨクトは、息を詰まらす。

「そこなんだよ問題は。そもそも口減らしという悪習を無くす事を考えなければいけないんだ。……それに、フィラルだけではない。周辺都市より外についてもっと焦点を当てなくては。私達はもっと根本を見直していくべきなんだ」

 カナの脳裏にギャングのボスたちの背中が思い出される。

「……あんな事をして生きなきゃいけない人間を、少しでも減らさなければ……任を受けたのはその布石だよ」

「つっても……お前まだ入隊したばっかなのに、隊長はなんて?」

「隊長から声をかけてくれたんだよ。すんなりな。フィラルは規模も小さいし、まずは隊長のサポートも受けながらって」

「……あの人は……なんつー適当な采配を……」

 『適当』と言われて、ヨクトの耳を力を込めてつねるカナ。ヨクトは涙目になりながら悶え苦しんでいる。

「いだだだッ‼︎……ってか、まず通常業務も覚えなきゃなのに、お前そんないっぺんに勤まんのかよ!」

「私が有言実行できなかった事が今までだってあったか?」

 ニヤッと余裕の表情を見せるカナ。

「……それもそーっすね」

 なぜかヨクトはちょっと悔しそうな表情。


 その時、何者かがカナの後ろから彼女に抱きつく。

「だーれだっ⁈」

「フィ……フィル⁈ お前!」

「へへへ。あったり」

 手を離して、イタヅラっぽく笑うフィル。

「よぉ。今日は体調なんともねぇのか?」

「絶好調。なんだか、前より力がみなぎる感じがするんだ。」

 出会った2日前と比べて、えらく活気のある彼に、二人は思わず驚いた表情を見せる。

「……また無理してないよな?」

 恐る恐る聞くカナ。

「全っ然! ほんとのほんとにさ!!」

 『そっか』と安心の表情を見せるカナ。

「……これも、PSYって奴のおかげか?」

 顎に手を置いて、頭を悩ませるヨクト。

「どうなんだろう。でも、きっとね、カナのおかげだと思うんだ」

「へ? 私? なんで?」

「……ううん、なんでもない。忘れて?」」

 やけに機嫌が良さそうに、少しうっとりした目でフィルはカナを見つめた。

 彼女は何もわかっていない様子。隣にいるヨクトは、なぜか少し冷や汗を書いている。


「二人とも! もうそろそろ出るって!」

 

 出発を知らせに来たミーナの声を聞いて、二人はベンチから立ち上がった。



***



 出発寸前の方舟の前で、別れを済ませよう向かい合う第七部隊とフィラルの面々。


「カナ。最後にお願い聞いてもらっていい?」

「ん? なんだ?」

「もし、仕事の最中にアイーダって女の人に出会ったら、『村のみんなは元気だよ』って伝えて欲しいんだ」

「アイーダ……この村の人間か?」

「うん。僕のお姉ちゃん。五年前に、僕を置いて村から出てっちゃったんだ」

「おいおい、それ、生きてんのか? 女一人でこの荒野出てくなんて、命知らずにもほどがあ……いッでッ‼︎」

 ヨクトの足を踏みつけているのは、カナでは無く珍しくミーナだ。

「最ッッッ低‼︎」

「ご、ごめんって‼︎」

 それを見て、困ったように笑いながら答えるフィル。

「生きてるよ、きっと。あの人、かなり悪知恵働くから」

 村人達が呆れ顔で言う。

「あいつ、しょっちゅう盗賊の車に盗みに入ったり、カマかけて罠に嵌めたりして、根こそぎかっさらってたもんな……」

「大人達からいくら怒られたって、全く反省しなくて手ェつけらんねぇんだ。なっつかしい」

「なんで出てっちゃったかな〜。きっと、この村のこと嫌いになっちまったんだろうな」

「僕はアイーダの安否が知れれば、それでいいよ」

 彼女のことを懐かしむ村人達をみて、青ざめるヨクト。

「……どんな女だよ、それ……」


「おーい! あんた達、もう閉めるわよ!」

 方舟からクアイエットの声が聞こえる。

「あぁっ、すいません!」

 『そしたら』とカナ達は方舟に乗り込もうと、村人達に背を向ける。


「……待って!」

 カナが『へ?』と振り返ると、フィルが彼女の首に抱きついて、頬に口づけをする。


 何が起きたのかわからずに、固まるカナ。驚愕する後ろの二人。


「……幸せは、巡り巡って自分に返ってくるんだろ?」


 目を合わせるカナとフィル。フィルは吹っ切れた表情で、決心づいたような目で、こう伝える。


「次は僕の番だ。例え君がどんなピンチに陥ったって、僕は絶対に味方だから。忘れないで」


 『またね!』と、手を離して、小走りで村へと戻っていってしまうフィル。

 その場にいた一同は、呆気にとられた様子で彼を見届けた。




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