第35話「廃棄物」
先刻、方舟作戦会議室にて。
「君達の初任務は『廃棄物回収作業』だ」
新入り3人組は「はい」と返事をする。
「任務に関することの前に……君たちは神器がどのようにして発動されるか理解しているかい?」
「ここは学院かぁ?」
ヨクトが小さくぼやいたのを、エヴァンは聞き逃さなかった。
「ではヨクト! 答えなさい」
「お、俺ぇ⁈ ……えっと……えー……」
言葉に詰まるヨクトを見て、エヴァンは即座に見切りをつける。
「ダメだな。じゃあカナ」
バッサリきられたヨクトは精神的打撃を与えられる。かたやカナは淡々と答える。
「体内に蓄積させた白光子を光殻の力で放出し、神器開発事に光殻に記憶させた周波数の波動を放出した白光子に当てて、高速で物質化することによって、です」
「正解。さすがだね」
「……つまりわけがわかんねぇよ」
理解していないヨクトを見て、エヴァンは説明する。
「つまりだな……」
白光子は脳波や音波、電気信号などと言った波動が当てられることによって様々な状態に変化する。プラズマ、気体、液体、個体といった風に。
過去、人間の体は常にそれぞれ固有の波動を発していることが判明した。それを踏まえて、神器を開発する際に個人の特有する波動から着想を得て、神器の形状や機能を定める電磁フィールドを構築する。 こうして完成した神器の電磁フィールドの周波数を光殻に記憶させて、使用者の意識により放出した白光子を操作し、オンオフを切り替える事ができる。
エヴァンは説明を終える。
「うーん、とりあえず、白光子が何にでもなれるってのはわかった」
「とりあえずはそれだけでもいい。それでは、この万能性を持つ『白光子』とは何から生成されると思う? ミーナ、答えなさい」
少々自信なさげに答えるミーナ。
「えと……水……とか? 水は万物の根元っていう研究も過去に存在したみたいですし……」
「惜しいな。答えは実にシンプルで、『白光子』とは『万物の根源』そのものなんだ」
「万物の……根源?」
エヴァンは説明をさらに加える。
白光子とは、原子や分子をさらに細分化した先にたどり着く、万物が共通して所有する超ナノレベルの生命体。とどのつまり、これは如何なる物質からも抽出可能だということになる。たとえ、それが使い古された廃材や無機物だとしても、絞り出すかのようにして採取することが可能である。
「だから、地上に湧き出る廃棄物を回収するということですか?」
「そう。だから、提携都市に対して我々は物資提供と引き換えにそれらを回収させていただいている。巨大樹のエネルギー分解路にて廃材等から白光子を抽出し、擬似太陽の光及び我々の活動の為のエネルギー源にするためだ」
エヴァンは作戦会議室の窓から巨大樹の方に目をやる。
「巨大樹は究極の惑星浄化装置だ。通常では何万年と時間をかけて再生していく死んだ大地すら、あの塔は常識を上回るスピードで蘇らせ、周囲へと還元する。地道なリサイクル活動だが、この回収作業の積み重ねが、我々の未来への突破口を開く最重要課題なんだよ」
***
そんな方舟内での会話を思い出した矢先、村の奥地にある建物の扉が開けられる。
建物内部には、おびただしい数の並べられた死体がある。決して綺麗な死体ではなく、中にはあからさまに暴行が加えられた後の死体もあって、見てられない。
「……これって……オェっ」
ヨクトは思わず嗚咽を漏らす。
初めて見る人間の死体に、カナたちは絶句する。
「何も廃棄物がゴミだけとは、聞いてねぇけど……」
「そのうち慣れるよ」
ニアはヨクトを励ますように声をかける。
「……防腐処理が切れかかっている列は?」
エヴァンがゾマに尋ねる。
「あちらから古い順となっています。感染症の心配などはまだ大丈夫な範囲かと……」
息を飲んで、冷や汗を流しながら目の前の光景を凝視するカナ。
すると、隣にいたミーナがその場で急に尻餅をつく。
「大丈夫か⁈」
カナが心配して呼びかける。
「ご……ごめん……腰抜けちゃって……」
体を震わせ、冷や汗をかくミーナ。
カナが彼女の体を起こそうとする。
「大丈夫……一人で立てるから……え?」
ミーナは、自分では気づかなかったものの、その瞳から涙がボロボロと流れていることに気づく。
「なん……で……?」
そんな彼女を見て、先ほどまで沈黙していた支援班の内、ライカが彼女に近づいてきて、後ろから抱きしめる。
「大丈夫だよ」
普段のおちゃらけた様子とは違って、とても優しい声色と真剣な目で、彼女はミーナを安心させようとする。
「……ごめんなさい……私……どうしたんだろ……」
まだ立てない様子のミーナ。ライカはカナの方に目をやる。
「カナっち。ちょっと肩貸してくれる?」
「は……はい! わかりました」
『ありがとう』と微笑みをカナに向けた後、いつもの適当な口調に戻ってエヴァンを呼びつける。
「タイチョーぉ! いいよねぇ⁈」
「あぁ。仕方ない」
『いこ』とライカはカナに声をかけて、二人でミーナを腕を担いで、一旦外に彼女を逃した。
***
ミーナを外に一旦出して、座らせる二人。
涙の止まらないミーナ。意思と反して無限に溢れてくる。
「流れ込んでくるでしょ?いろんなもの」
元気のない表情のミーナにぴったりと寄り添いながら、ライカは苦しそうな笑顔のまま、こう語る。
「みんな最初はおんなじ。私たち、そういう風にできてるから、仕方ないよ。何よりも『他人への思いやり』を重んじるように、私たちは幼い頃から潜在意識レベルで教育されるから」
ライカは続ける。
「けどね、その代償として私たちは他人の痛みに必要以上に過敏になるように育ってしまう。だからみんな、この仕事をやりたがらないし、続かない。……なんだか皮肉だよね」
涙を流しながら尋ねるミーナ。
「……ライカさんは、苦しくないんですか?」
「苦しい……のかな?わからなくなってきてる。……けど、これが私の選んだ『役目』だから」
ミーナに優しく微笑んで、ライカは少し悲しそうに笑う。
「なんならいっそ、悪魔にでもなれたらよかったのにね?」
***
抗菌用のマスクと手袋をして、遺体を運びだし、床に敷かれた大きな布に並べている第七部隊の一行。
「……ぅぷ」
一つ、損傷が激しい遺体を発見して、思わず吐き気を催しすヨクト。
「出すんなら外行けよ。余計な仕事が増える」
淡々と死体を運ぶアルジャーノ。
「そんな……もうちょっと優しくして……」
「……余計気持ち悪くなるからやめろ」
ひ弱な発言をするヨクトに、青ざめるアルジャーノ。
その時、入り口から先ほどの3人が現れる。
「……やります!」
ミーナは、まだ少し具合が悪そうに汗をかきながら、無理やり大声をあげる。
各々仕事に没頭する第七部隊の面々。
支援班の隊員達も、普段の気楽な様子とは一転して、虚な目で淡々と仕事をこなしていく。
遺体を一人ずつ布に包んで、建物外に村側から用意された大型のトラックに詰め込んでいく。
「そしたら……初回はヨクト。頼めるか?」
「お……押忍……」
ヨクトは引きつった表情で無理くり返事する。
「……アル、付き添い頼んだ」
『了解』とアルジャーノが返事をして、ヨクトと彼はトラックに乗り込み、方舟へと向かった。
***
方舟内。回収した死体や廃材を一時保存しておく部屋。
ゲートが開いて、中へと向かって雑に死体袋を放り投げるアルジャーノ。
「……この中にぶち込んでくだけだ。あとは帰還時に支部の職員がエネルギー分解路に運搬してくれる」
「……おいおい、もうちょっと丁寧に扱ってやってもいくねぇか?死んでるとはいえ、人なんだぜ?」
ヨクトがそう言うと、アルジャーノは一瞬静止した。その目がやけに虚ろに見えたが、ヨクトは気づかない。
そうこうしていると、部屋の入り口が開き、メリルが入室する。
「あ〜間に合った! 二人とも、ちょっといい?」
***
二人がフィラルへと戻り、作業も佳境を迎えた頃。
死体を保存していた建物の外で話すアルとエヴァン。
「……では、故障を治すのにしばらく時間がかかりそうだと」
「最悪、今日はここで一泊かもだとよ」
「まいったな……回収作業が滞っているというのに……」
それを聞いたアルジャーノが、建物の中をくいっと親指でさす。
エヴァンは、小屋の中をちらっとみる。すると、新入り三人がグロッキーなのか、表情がやつれてきてどんよりしている。
「……初めてだしな……少し休憩するか」
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