EP.3「生まれて良かったと言えるように」
第34話「フィラル」
早朝の方舟停留所。
出発する前の葬人第七部隊一行。背後には、巨大な方舟が佇んでいる。
彼らの目の前には、車椅子に座ったチヨと後ろで車椅子の取手を持っているミッシェルがいる。
「ありがとうミッシェルさん。……ばあちゃんのこと、頼んじまって」
申し訳なさそうにするヨクトに笑顔で答えるミッシェル。
「いいのよ。私だって、一人はさみしいし、ちょうどいいわ」
「……ヨクト」
それまで無言だったチヨがようやく口を開く。
「何があっても、『自分』を見失うんじゃないよ」
真剣な表情でヨクトに言いつけるチヨ。しかし、そんな言葉は彼にとっては耳にタコができるほど聞かされてきたことだ。
「またかよ婆ちゃん……他になんかねぇのか? しばらく会えねぇってのによ」
「ふん、お前みたいなアホにゃ何遍言っても足りんわ」
「は……はぁああぁあッ⁈」
憤慨して暴れ出すヨクトを、後ろからエヴァンが押さえつける。
「こらこら……では、私たちはこれで」
無理やりヨクトをひきづって方舟へと入っていく第七部隊。
「次に会う時が骨でも知らねぇかんなクソババぁッ‼︎」
エヴァンにひきづられながら叫ぶヨクト。
カナはミッシェルに手を振る。ミッシェルは手を振り返す。
悪態をついたチヨは、なんとなく最後嬉しそうに笑ったように見えた。
方舟の入り口が閉まり、停留所のゲートがゆっくりと開く。船のボディに掘られた赤黒い筋が激しく点灯し、徐々に浮かび上がっていく。
そのまま、方舟は空中へ飛び立ち、地上へと出発した。
***
方舟内の広間の窓に両手をあてて、外界の様子をまじまじと見つめているヨクトとミーナ。
二人とも、上空から見られる外界の景色に感動して、見入っている。
「……ぉおおおおおおお……」
「スッゲェな。俺ら今、外にいんのか」
「でも……なんかあれだね。……なんていうか、すごい殺風景」
上空からの眺めに感動してはいるものの、地上の様子はとても美しい外観とは言えなく、退廃的だ。
アガスティアの周辺都市付近には高層ビルなどが立ち並んでいるものの、そこから離れるほどに荒野が広がっており、草木の無い地面の中、点々と小さな街や村が混在している。
ーーさらに遠方に目をやれば、死の灰が蔓延しているせいで、そこから先は目視不可能となる。
「ふふっ……そりゃあそうよ」
二人の後ろから現れ、声をかけるクアイエット。
「……昔はね、もっと緑で溢れてたんだって。都市化が進んで森林が丸々伐採されている区域も多かったけど、ちゃんと自然が死なないような適度なバランスは保たれていた。けど……」
窓に手を当てて、物悲し気な眼差しを向けながら外の世界を見つめるクアイエット。
「積み重なった環境の悪化と終末戦争の結果がこれ。おまけに兼ねてからの土壌の酷使の影響でこの有様よ」
彼女はこう付け加える。
「……って、そんな先代の尻拭い、私たちは知ったこっちゃないわよって話なんだけどね。本音は」
「こぉらぁーッ‼︎」
「ひぇッ⁈」
突如現れたライカがクアイエットを投げ飛ばす。
「朝っぱら暗い話! 禁止ッ‼︎」
倒れたクアイエットに向かって、ビシッと指をさすライカ。
「……いや、ここまでする?」
倒れながら言う半泣きのクアイエット。ミーナとヨクトは戸惑いながら彼女達を見ている。
「その結果僕らの仕事が降ってくるんだから、愚痴ったって仕方ないでしょ?」
ニアがこめかみに手を当てると、その場にいる全員に耳鳴りが鳴り、頭の中に情報が流れ込んでくる。
「……これって……」
ニコッと笑うニア。彼の手には、変装用の小汚いフードが掴まれている。
「今日の任務。心の準備、しておいてね」
***
方舟が地上のある地帯に着陸する。
方舟の外に出る第7部隊の一行。目の前に、途方も無いほどのゴミの山が広がっている。
粗大ゴミ、産業廃棄物、プラスチック容器、不燃物、古い雑誌や新聞紙、ペットボトル容器、生ゴミ…その他諸々、多種多様なゴミの蓄積が、果てしなく続いている。その量、目測でも計り知れず、約何トンになるのだろうか。
「うげっ……クセェしきったね……」
立ち込める臭いに、思わず鼻を覆うヨクト。
「(これが……砂の地面)」
カナはゴミだらけの光景よりも、初めて踏みしめる大地に少し心を踊らされている。
「本当に、こんな場所に村があるんですか?」
ミーナが涙目で鼻を覆いながらエヴァンに尋ねる。
「ああ、あるよ。目の前に」
「え゛ッ⁈」
彼女が驚いていると、ゴミ山の間にある細い道から、一人の老人と二人の大人の男性が出てきてこちらに近づいてくる。
「……お待ちしておりました。天使様」
長と思しき小柄で痩せこけた老人は、弱々しく挨拶する。老人はボロボロのローブを着用しており、長年剃ってないであろう髭を、鼻の下や顎から伸ばしている。
「お久しぶりですゾマ村長。しばらく顔を出せていなくて申し訳ございません」
エヴァンも丁寧に頭を下げて挨拶する。
「いいえ、とんでもございません。さぁ、どうぞ村の中へ」
ゾマがゴミ山の中へと案内する。
カナたちは、酷い臭いと光景に耐えながら、涙目で進んでいく。
「(……うぅ……こんな臭い……)」
「(嗅いだことねぇ……)」
浄化された空気で満ちたアガスティアで暮らす彼女たちにとって、地上の汚染された空気、ましてやこの村のような処理に困った廃棄物の溜まり場の臭いは、とても耐えられない。
第七部隊の一行は、悪臭に耐えかねて、鼻を手で押さえながら進んでいった。
***
廃棄物の山で囲まれた道を、ゾマの案内に従って進む一同。
ゴミ山に挟まれた道は、複雑な迷路になっていて、ゾマの先導が無いと確実に迷うであろう作りになっている。
生ゴミの腐った臭いに耐えながら、しばらく進んでいくと、途中で広場のような場所に到着する。
「……ようこそ。我が『フィラル』へ」
ゴミ山の内部に存在する村『フィラル』の広場は、中心に井戸、そして周囲には円状にトタン屋根の小さな家や、プレハブ小屋のようなものが立ち並ぶ。
まだ昼間なせいか、住民達が数名出歩いている。部外者である第七部隊の一行を、警戒したような、恐れているかのような目でチラチラ見てくる。
「……奥にこんな場所が……」
驚きを隠せないでいるカナ。
「外のゴミ山は、侵入者対策の擬態でございます。分岐路を間違えれば罠にかかる仕組みでした」
カナたちはそれを聞いてゾッとする。
「……お三方は、あまり見かけないような気がしますが……」
ゾマはどんよりとした目線をカナたちに向ける。エヴァンが答える。
「失礼。彼女たちは新入りです」
カナたちは軽く会釈する。
「そうでしたか……それでは、ただ案内するのもお暇かと思いますので、少しこの村のことについて話させていただきます」
広間を奥を抜け、乱立するボロ臭い家屋に挟まれた道を進みながら、ゾマは淡々と村について説明する。
ーー『フィラル村』ーー
外部にあるゴミ山包まれて擬態した小さな村。
身寄りの無くなった人間達が集う村であり、周辺都市からの失業者、村の近辺にて拾われた捨て子、訳あって逃げ延びてきた者、などといったような人間達同士が物資を分かち合い、協力して細々と生きている。
ゴミ山で擬態している事や、入り口の迷路や罠の効果、さらに外部の中でも辺鄙な場所に位置している事から、ならず者達からの襲撃の心配は無い。元より、そういった人種は何も無いフィラルよりも近くの街や、資源の豊富な都市を狙う傾向にある。
広場の中心にある井戸が貴重な水源となっており、食料は、村の奥地にある小さな畑からかろうじて栽培できる物や、村の男衆が出稼ぎに出て確保してくる物で賄っているが、それだけでは住民達全員に充分な食糧が行き届かないため、アガスティアとの取引で渡された支援物資に大きく依存している。
「……取引ってのは」
ヨクトが疑問を投げかける。
「あぁ。君が思っている通りだよ」
エヴァンが答える。
ゾマの案内に従い、道を進んでいく第七部隊の一行。
カナは思わず息を飲む。自分たちが今向かっているのは、彼らがアガスティアとの『取引』で引き渡している物が集められている場所だ。
広場の奥の道を抜けていき、随分遠くへと進む。そこを突き抜けると、大きめな平屋のような建物前へと到着した。
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