第33話「持つ者達」
方舟の広間の床に死人のように倒れているヨクト。
「……じゃあ、あれからずっと撃ちっ放しだったんですか?」
「最後にようやく一発当たって、そのまま気絶した。よっぽど集中してたんだろうな」
アルジャーノが、少し心配そうな目をヨクトに向ける。
「ヨっくん、見かけによらず頑張り屋だね〜。なんか意外」
ライカが気を失っているヨクトの頭をツンツンとつついている。
「でも、ほんと珍しいです。彼、いっつももっとだらしないっていうか、無気力っていうか、ただの根性無しっていうか……」
訝しげな目で言うミーナ。
「結構ひどいこと言うね……」
ニアは苦笑いで言う。
「いや、もともとはこんなんだぞ」
カナが割って入ってくる。みんな彼女の方を向く。
「……昔っからだよ。一度決めたら、しぶとくしがみつく事だけが取り柄みたいなやつなんだから。むしろ最近までが変だっただけで……」
テーブルに広げた書物をペラペラとめくりながら淡々と彼について説明するカナ。いつのまにか自分がみんなの注目を集めてしまっていることに気づいて、急に赤面する。
「……随分詳しいようで」
「……っていう、幼馴染からの説明でした。」
「ふーん、幼馴染か。へー、そう。」
「そんな熱心に庇っちゃって、まぁまぁまぁ。」
からかうライカとクアイエット。
「ほんとですってばッ‼︎」
ニヤニヤしながら迫るみんなに対し、カナは赤面しながら全力で否定する。
「でもさ、隊長から聞いたんだけど……彼、神器使えないんだよね? 大丈夫なのかな?」
不安げな顔で言うニア。
「そう、それ。私も気になってた。まず使えないってどういうことなの? そんなの、今までいなかったし」
クアイエットの疑問に対し、ミーナが答える。
「えと……ヨクトくんから聞いたときは、光殻から神器の形状が読込されないって……神器の開発は使用者固有の生体情報から特徴や形をイメージしていくらしいんですけど、それが何も読み取れなくて、コンピュータにエラーが起きるらしいんです」
「つまり、何も取り柄がないってこと?」
「なのかなぁ? けど、これ、ヨクト君の家系みんなそうらしいんです。開発員さんも全くもって原因はわからないらしくて」
「……血筋からして恵まれない家系か。悲しき一族ね。」
「まぁまぁ……でも、特出した個性が無いことは、決してデメリットだけではないんじゃ無いかな?」
ニアが割って入る。
「どういうこと?」
「だってさ、言い換えれば全てが『平均的』ってことでしょ? つまり器用になんでもそつなくこなせる。それって、いざ誰かが欠員になって猫の手でも借りたい時に、すっごく頼りにならない?」
「まぁ、確かに。」
「ニアは性格良いからそう感じれるのよ。あなた、人のこと悪く思いたく無い人間でしょ」
「ん〜……そうかなぁ、一応本心のつもりなんだけど……」
「それに、彼の成績ちらっと見たけど、とても全てが『平均的』だなんて言えないわ。…言いたく無いけど、ただの落ちこぼれよ。」
「ちょっと! しっ! 起きてたらどうすんの!」
クアイエットの苦言を止めるライカ。
「……ま、それでも、いてくれるだけありがたいわよね。」
その時、エヴァンが入ってくる。
「みんな、そろそろ休憩終わりだ」
『はーい』とみんな広間を出ていく。
カナだけが残り、ヨクトの方へと近づいていく。
「…おい」
「…なんだよ気づいてたのかよ性格悪りぃな」
ヨクトはだるそうにしながらむくっと起き上がる。
「あんまり気にしすぎるなよ。ないものはないんだし……そうとなれば……」
「他人(ヒト)の3倍努力するしかないだろ?」
言葉を遮られ、予想外の返事が返ってきたカナは驚いて目を丸くする。
起き上がったヨクトは、決意を固めた表情。
「俺みてぇなクズに、流暢にヘコんでる暇なんてあるかってんだ」
幼き頃の、よく一緒になって勉強に励んだ日々や、組手に励んだ日々を思い出すカナ。頭が爆発しそうになりながらも本にしがみついているヨクトを見て、クスクス笑っている昔のカナ。
昔のカナの表情と全く同じ表情でクスッと笑う。
「……いや、5倍だ」
「増やすな‼︎」
***
時は過ぎて夜、箱舟や支部内の施設の説明や、仕事についての諸々の大まかな説明を終え、帰り際入り口付近。
「……それでは、新入り3人は明日から中央でVR訓練だ。それ以外は通常通り任務が始まる。各々、よく休息を取るように。」
エヴァンの号令に、みんな『はい』と返事する。
「では、解散。」
ライカ達は、『じゃあね』と手を大げさにブンブンと振って別方向に帰っていく。
カナ達も遠慮がちに手を振り返し、帰路へと足を進める。
ヨクトが仏頂面をしながら言う。
「にっしてもよぉ。いいのかな、あんなにふざけた雰囲気で。なんだか拍子抜けだぜ」
「初日から遅刻のお前がいうかよ……」
「うっ……それは置いといてよ……」
バツの悪そうな表情をするヨクト。ミーナが話に割って入る。
「でも、みんな優しそうで良かった。ギスギスしてるよりは、よっぽどいいじゃん」
「まぁ、そうだけどよ。」
「無策であの体制を取っていた訳ではなさそうだったし、新入りが下手に口出すことじゃないよ、きっと」
「うん、それよりまず私たちは、環境にいち早く慣れないとね」
ため息を吐くミーナ。
「はぁーあ。にしても、明日からとうとう地上で生活かぁ。二人は心配なこととか、ないの?」
「心配事?」
「うん。支援班の私で不安だらけなんだもん。機動班の二人なんて、もっとプレッシャーなんじゃない?」
二人は顔を合わせて少し考える。
「いっぱいあるよ、そりゃあ、俺らにだって……けど……」
「『やるしかない』。これに尽きるな」
カナがスパッと締める。
「いや……うん……そうなんだけどさ……えっと、流石だね……あはは……」
ミーナが苦笑いで答える。
「不安が有ったって無くたって、決めた以上はできることを確実にやっていく他に道はないんだ。黙ってたら蛆みたいに溢れてくる感情になんて、いちいち付き合ってられないよ」
「……とことん走りきるしかねぇよな」
ヨクトは意味深な表情で言う。
カナは、心の中で思う。
「(不安か……不安というより、これは……)」
不安では無くて、『恐怖』だ。
カナはそう思ったが、口に出さなかった。そんなこと言ったって、いつかその時は来てしまうからだ。
まるで椅子に拘束された状態で、目の前に時限爆弾を置かれたような。いつか迫り来る誰にでも訪れる『死』を、想像して怯えた子供の頃のような。
そんな逃れられない恐怖を、彼女はそっと心の中にしまい込んだ。
いざその状況が、目の前に訪れた時、自分はどんな風になってしまうんだろう?
ある種、敵側したら傲慢すぎるような懸念かもしれないが、彼女達はそこまで高飛車になれる程の力を現に持ってしまっているからだ。
しかし、やるしかない。その先に希望があるのかはわからないけれど、『何もしない』だけでは何も進みやしないのだ、そう言い聞かせて。
***
終業後も、的に向かって淡々と撃つアルジャーノ。
エヴァンがやってくる。
「お前も、帰らなくていいのか?実家」
アルジャーノはちらっとエヴァンに目をやる。すぐにまた的に目を向けて、射撃を続ける。
「帰ったって話すことなんてねぇよ。このまま泊まってく」
それを聞いて、エヴァンは「ふぅ…」とため息を吐く。
「よく飽きないよな。それ」
「…元々撃つのは好きだ」
「…ほどほどにしとけよ。」
エヴァンはこめかみに手を当てると、アルジャーノは一瞬止まる。
「…了解」
アルジャーノは何も答えずに、また目の前の的に集中を向ける。
エヴァンは、何も言わずにその場から出ていった。
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