第32話「なんでもない時間」


 支部内見学の最中。方舟停留所へ移動する一向。

 停留所へと向かう為、鉄格子の階段を降りていく。手すりを超えた向こうには、巨大な方舟が停まってある。


「『方舟』は、我々が移動及び居住のために使用する航空機。その大柄な見た目とは裏腹に、機動力に関しては他の追随を許さない」

 巨大な方舟の姿に、圧倒される3人。

 方舟は、海賊船のような形状をしており、色はアガスティアのイメージカラーと同じく純白だ。船体にはまばらに溝が掘られていて、起動時に赤く発行するように出来ている。


「見学してもいいですか?」

目を光らせて、興奮気味で尋ねるミーナ。

「元よりそのつもりだ。中に入ろう」


 方舟の船体から伸びる船内入り口へと繋がる階段を、上っていく一同。


 方舟内部を歩きながら、内部の設備を次々とエヴァンが説明していく。

「ここが広間、休憩室、訓練室、医務室、作戦会議室…おっと、ここは捉えた敵を投獄しておく臨時収容所だな。そして、ここが隊員の部屋棟。ちゃんと一人一部屋つくから安心していいぞ。そして……」


 次々と案内していくエヴァンだが、ここでヨクトが痺れを切らす。

「ちょっと待て! 広すぎて覚えきれねぇ‼︎なんでこんなに無駄にデケェんだ‼︎」

「ナイス質問だ。」

エヴァンは満足気な表情で、語り始める。

「方舟はな、かつてアガスティアが作られた時に、選ばれた住民たちを地上から運ぶために用いられた船なんだ。今となっては持て余してるが、一度に大人数を運び出すためにこの大きさなんだよ。…ちなみに、数は当時から変わらず七隻で、葬人の部隊数もそれに応じている…というわけだ」

 『なるほど』と納得するヨクト。


 そうこうしてると、通路の果てにある扉へたどり着く。

「…ここは操縦室だ」


 操縦室の中に入る第七部隊一行。


「……エネルギー補給完了まであと1時間……各システムのメンテナンスは、と……」

 先頭の席で、一人の女性がコンピュータを忙しそうに調整している。

「メリル、作業中すまない。新入りだ」

 エヴァンの呼びかけに気づいて、ブロンドの長髪の女性が椅子から立ち上がり、エヴァン達の元へ向かってくる。


「おっ!どれどれ? ……お名前は?」

 自己紹介をすませる新入り三人。

「私はメリル。七號機の船長を勤めさせてもらってるわ。よろしくっ!」

 メリルは、3人に向かって順番にハグしていく。


「すまんな、仕事中に」

「いいのよ。それより、新しい子供達ができたみたいで、私嬉しい」

 微笑むメリル。

「メリル船長は『ママ』って思っておけばいいよ」

 ライカが言う。

「したら、隊長とが夫婦ってこと?」

 リリィが茶々をいれると、エヴァンは急に恥ずかしがり、メリルはクスッと笑う。

「こらこら……」

「やだ。私もっと細マッチョで中性的な方がいいわ」

 そう言って急にニアに抱きつくメリル。それを聞いて傷ついた表情のエヴァン。

「や……やめてよメリル。恥ずかしいって」


 バツの悪そうな顔をしながら、語り出すエヴァン。

「……ごほん……えー、とにかく、ここが七號機の操縦室だ。彼女の働きにより、私たちの舟は安全に動いている。常日頃、感謝を忘れないように」

 メリルは付け加える。

「任務中にあなた達のサルベージに駆けつけるのも私の役目よ。これ、周波数だから覚えといて」

 そう言って、カナ達に連絡用の周波数の書かれたカードを見せる。


「……サルベージってなんだ?」

 ヨクトがメリルに尋ねる。

「万が一隊員が命の危機に陥った時のために、上空から救出する作業のことよ」

 ヨクトはゾッとする。

「とは言っても、支援班もいるからな。よっぽどのことがない限り、そこまでの事態にはならない。あくまで最終手段だよ」

 安堵の表情を見せるヨクト。


「……それはそうと、メンテナンスの調子はどうだ?」

「順調。明日には出れるわよ」

「よかった。それでは今日は諸々の説明で解散で良さそうだな」

 新入り3人は、『いよいよか』と少々緊張気味になる。


「どうだ? 三人とも。そろそろ休憩に入らないか?」

 三人を誘うエヴァン。

「それじゃあ……」

 ライカが妙に嬉しそうな顔で割り込んでくる。

「休憩⁈そしたらさ、みんなでさ……」



***



 休憩室で、机を囲む隊員一同。何やらカードゲームに興じている。

 カナ以外真剣な面構えで、手持ちのカードに目を向けている。


「っしゃあ! これであっがりぃー‼︎」

 手持ちのカードを机に勢いよく叩きつけるライカ。

「残念。トラップよ」

 そう言って、ジョーカーのようなカードを一枚手札から取り出して、場に捨てるクワイエット。ライカは絶望の表情になる。

「えぇええええ⁈ あんったマジで……えげつねぇえええ‼︎」

 頭をくしゃくしゃと悔しそうにかき回すライカ。クワイエットはクイっと人差し指でメガネをあげる。「……甘いわね、常に最悪の事態を想定するのが勝負の鍵よ」

「こんのポーカーフェイス‼ 感情読めねぇんだよ!!」

 その時、ニアが冷たくニコッと笑って、クワイエットが出したジョーカーにさらに別のカードを載せる。

「二人とも、ごめんね?」

 それを見て、絶望の表情をニアに向ける二人。二人の絶叫が休憩室で鳴り響いた。


「あ……あのっ」

 カナの方を振り向く支援班4人組。カナは申し訳なさそうにしながら言う。

「……こんなことしてていいんでしょうか?」

 カナの方を見ながら、呆気にとられる四人。リリィが何も言わずに立ち上がる。

「あ、いやっ……雰囲気壊したいとかではなくて……その……」

 リリィがカナの後ろに周り、後ろから優しく抱きしめる。

「カナっち」

「え?」

「こういうなんでもない時間を、大切にしなきゃダメだよ」

 そう言って、見上げるカナのデコに軽くキスをするリリィ。

「……この真面目っ子」

 ニカッと笑って席に戻るリリィ。

 カナは、彼女がそうした真意は理解できなかったが、とりあえず四人に従うことにした。

「それじゃあ……」


 次の対戦に進む一同。一瞬で惨敗するカナ。

「あ、負け……」

「カナっち、ゲームよわーい」

「も、もっかい‼︎」




***



 射撃場で、真っ白のボディの小型銃を片手で持ち、一人淡々と的を撃ち抜いているアルジャーノ。

 その最中に、ヨクトが現れる。


「た……頼みがある!!」

「?」

 


***



 操縦室での会話を終えたあと、エヴァンの元に駆けつけるヨクト。

「隊長っ‼︎」

「どうした?ヨクト」

「聞きてぇことがある……親父、一体どうやって戦ってたんだ⁈」

 それを聞いて目を丸くするエヴァン。

「神器が使えねぇのに、人一倍の働きしてたって……そんなことが可能なら教えて欲しい!」

 汗を滲ませながら、真剣な表情のヨクト。

「……ちょっと時間あるか?」

「え?あ、あぁ」

「来なさい」



***



 真っ白のマシンガン、ロケットランチャー、小型の爆弾のようなもの、刀、その他ありとあらゆる武器を大量に装着されているヨクト。重さに耐えかねて、汗だくだ。

「ウンウン、よく似合ってる」

 満足そうなエヴァン。

「あの……これ……何?」

「何って、ミロク隊長の装備」

「はぁ⁈ 嘘だ‼︎」

「嘘じゃないよ。あの人かなり単純思考だったからさ、『専用』がダメなら『汎用』を全部使いこなせばいいって」


 葬人隊員が武器として使用する神器には2種類存在する。違いはこうだ。

 

 ①「専用神器」… 脳内に専用のコアを埋め込んで、体内に備蓄した生命エネルギーを自分の意識の力により操作し、莫大な破壊力を発揮する。使用には定期的なエネルギーの補給、自身の脳の酷使が必要となるが、様々な武装や兵器を扱う何百人ものテロリストたちを独力で相手とするには必須。

 

 ②「汎用神器」…神器自体に生命エネルギーのバッテリーを装着し、それを動力源として使用する。アガスティア内の警備を務める警備隊員なども使用するもの。基本的に限られたエネルギーに限定され、人間の『脳』を介在させないので、威力は弱い。その代わり、バッテリーの交換により半無限に使用が可能。専用神器と併用すれば、エネルギーの節約に繋がりもする。


 汎用神器は、とにかく威力が弱い。通常兵器と比べれば使い勝手はいいが、独力で何百人と相手にしなければ務まらない葬人隊員にとっては、専用神器を操ることは必須項目だ。それは、戦闘が少なくなった現在の葬人でも変わらない。


「……それだけ背負ってたら見た目だけでもかなりインパクトあるしな。テロリスト達もみんなビビってたよ」

と、エヴァンが語る。


「う……うぐぐぐ……」

 悔しそうな顔をするヨクト。

 試しに武器を構えたり、動こうとしてみたりするが、なかなかうまくいかなくぎこちない様子。

「……無理だッ‼︎」

「そりゃな」

 装備した神器を片っ端から放り投げるヨクトを、面白がりながら見つめるエヴァン。

「他には無いのかッ‼︎」

「あとはそうだな、そもそもの身体能力がなぜかあの人は並外れてたから……まぁ、あれは長年の努力の賜物だな」

 ヨクトはそれを聞いて、心底悔しそうな様子だ。

 エヴァンは、椅子から立ち上がって彼に近づいていく。彼の肩に手を置いて、こう言う。


「……焦るな。ヨクト。周りとの差に不安な気持ちはわかるが、何もあの人だって、最初からそうだったわけじゃ無い」

 そう言って、汎用神器の小型銃をヨクトに託すエヴァン。

「アルに稽古つけてもらいなさい。あいつは銃器の扱いに関しては天才だ」



***




「……それで、俺んとこに来たってわけか」

 訓練場の的に向けて発砲するヨクト。当たらない。

「うぐッ……クッソおおおぉおおおおおおお‼︎」

 やけになって連射する。しかし、全弾全く当たらない。

 ヨクトは絶望の表情で膝を落とす。

「なんで……一つくらい当たれよ‼︎」

 ボロボロと涙を流しながら『いっそ死にてぇ』と嘆く彼を、『こいつ本当に大丈夫か?』とでも言いたそうな顔で見下ろすアルジャーノ。


「……貸してみ」

「え……あぁ」

 ヨクトから一つ銃を拝借し、的に向けて構える。

 集中する動作も見せずに、さらっと一発発砲すると、的のど真ん中を見事射止める。

 その後、2〜3発発砲するも、全てが全く同じ箇所に的中する。ヨクトはさすがに驚いたようで冷や汗を流しながら的を凝視している。


「え……なに? 自慢?」

「チゲぇよ」

 空っぽの目で呟くヨクトに、額に青筋を立てながら言うアルジャーノ。

「『姿勢』と『安定』だ。標的から銃、そして手首にかけて水平な線が通るように、隙間なくグリップを握れ。あとは腕全体を使うつもりで銃身を安定させることを意識しろ」

「あ……ありがと……」


 そう言ってヨクトに銃を返すアル。

 先ほどのエヴァンの「焦るな」を思い出す。 


 恐る恐る質問するヨクト。

「えっと……アルも……最初は当たらなかったのか?」

「いや、俺は昔っからド真ん中百発百中」

「は、はぁッ⁈そんなことってあんのかよ!」

 驚くヨクトをちらっと見てから、的の方に目をやり少し黙るアルジャーノ。

「?」

 ヨクトは無反応な彼に違和感を覚える。


 気を取り直して、銃を構えるヨクト。

「(『姿勢』と『安定』……隙間なくグリップを握って……水平線ッ……‼︎)」

 一発放つヨクト。やっぱり当たらない。


「……」

「……辞めるか?」


 虚ろな目で、無言のまま的を見つめるヨクトに、アルジャーノは軽口を叩いた。

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