第31話「家族」
早朝の東部広場、先日グレイブが暴走した場所だが、何事もなかったかのように復旧している。
広場中心の噴水で、カナが誰かを待っている。
そこにミーナが小走りでかけてくる。
「おはよ、カナちゃん。ごめんギリギリで……」
「問題ない」
ミーナはあたりを見渡す。
「あれ? ヨクトくんは?」
それを聞いたカナの目は、心がこもってないかのように遠くを見ている。
その無感情な目を見て、ミーナは無言で察した。
***
早朝のヨクト宅にて、朝からバタバタと騒がしいヨクト。
「あぁああああああああ‼︎ くそったれぇぇえ‼︎」
「やかましいよヨクト‼︎」
「かんっっっぜんに寝坊した‼︎ 初日からって、シャレになんねぇぞマジで‼︎」
涙目でヨクトは身支度を済ませている。
その様子を、チヨは居間にある介護用ベッドから呆れた目で見ている。
「夜中まで走ったりなんかしてるからそうなるんだよ!」
「仕方ねぇだろ! 目ぇ冴えちまってんだもん!」
ドタドタとしながら一瞬で準備を済ませ、ヨクトは玄関へと急ぐ。
「……んじゃ、いってきます!」
「あぁ、いってらっしゃい」
勢いよく玄関を出ると、ヨクトはそのまま走って行ってしまった。
***
広場へと到着するヨクト。当たり前だが、カナたちはすでにいない。
「(……っし、ここまでは予想通り‼︎ ……時間は⁈)」
広場の時計に目を向けるヨクト。目的地までに集合するまでの時間は、あと15分。
「(全力だせばギリ間に合うぞ! 支部の場所は……)」
極限の中で、目的地の場所を思い出そうとするヨクト。
しかし、最悪なことに、肝心の場所が思い出せない。焦りがさらに記憶にモヤをかけていく。
「(……あっれ?やばいやばい思い出せ早く。……ぁあああああ思い出そうとすれば思い出そうとするほど思い出せな……)」
その時だった、ヨクトの目の前に猛スピードでバイクが走ってきて、急ブレーキをかけながら止まる。
ゴーグルを外す運転手。運転手はアルジャーノだ。
「……へっ?」
「……乗れ」
***
葬人東部支部のある一室。
部屋の壁際で正座させられているヨクト。目の前ではカナが鬼の形相で腕を組みながら立っている。
「……」
直視できないくらいの表情で、ヨクトに無言の圧力を浴びせているカナ。
ヨクトは冷や汗をダラダラと流しながら申し訳なさそうにブツブツ謝罪の言葉を垂れ流している。
「……えー、この度は皆様には多大なるご迷惑をおかけしたこと…大変申しないと遺憾に感じておりまして……ヒィっ⁈」
カナの片足がヨクトの顔面をものすごい勢いで横切って、壁を蹴りつける。
「……『エンコ詰め』にはな、武器を握る力を半減させるために小指を切り落とすという背景があるんだが……」
壁に足をつけたまま、どこからか持ってきた日本刀を鞘から引き抜こうとするカナ。
「えぇっ、遅刻にですか? 重くない?」
「カナちゃん、どこから持ってきたのそれ」
しょうもないやりとりをしている三人を横目に、椅子に深く腰掛けてるアルジャーノがボソッと言う。
「……小指で済むんなら優しいわな」
ミーナが彼のぼやきに気づいたが、なにを言ってるかまではわからなかったようだ。
そこにエヴァンが扉を開けて入ってきて、苦笑いを浮かべながら言う。
「よしなさいカナ。支部内で流血騒ぎなんて、シャレにならんって」
「隊長!しかし、こいつに隊員としての自覚を!」
「いいよ。とりあえずギリギリ間に合ってはいるんだし。送迎ありがとうな、アル」
「あぁ」
だるそうに返事をするアルジャーノ。
部屋の中心にある机の、隊長席と思しき椅子に座り、自己紹介するエヴァン。
「……改めまして、第七部隊隊長、『エヴァン・クロスフォード』だ。彼は『アルジャーノ・ダミエラ』、みんなからは……」
「『アル』でいい」
「……とのことだ。支援班は現在4名いて……さ、みんな、自己紹介」
エヴァンと一緒に入ってきた支援班のチーム4人が、それぞれ挨拶する。
「ライカだよ!」
→『ライカ・リーライト』…緑色のミディアムヘアの女性。明るい。
「クアイエットよ」
→『クアイエット・ロア』…黒髪ロングヘアの清楚系。眼鏡をかけている。真面目。
「ニアって呼んでね」
→『ニア・キーストン』…白髪の短髪の青年。垂れ目がチャーミングポイントの男性。優しい。
「リリィでぇ〜す」
→『リリィ・フライア』…栗色のロングボブの女性。ゆるふわ系。
「支援班志望は、一人だけだったはずだね?」
「は……はいっ! ミーナ・アナベルです、よろしくお願いします!」
顔を赤らめながらたどたどしく自己紹介するミーナを見て、支援班の隊員達ははしゃいでる。
「さ、二人も」
ミーナと同様に挨拶を済ませるカナとヨクト。
「では、顔合わせも終えたし、三人には我が隊の独自ルールを先に話しておこう」
咳払いをするエヴァン。
「……私たち第7部隊は『原則敬語禁止』だ。それを心に留めておいてくれ」
カナたちはそれを聞いて、戸惑いを隠せないでいる。
「どうしてですか? そんな上下関係をないがしろにするようなことは……」
狼狽えるカナ。
「部隊だからこそだよ」
呆気にとられるカナ達に、エヴァンはこう続ける。
「部隊だからこそ、隊員同士のコミュニケーションに軋轢が生じてしまってはいけないんだ。意見の出し惜しみがあると危険だろ? いざという時の団結力強化のためだよ」
「しかし、無意識の内に隊の風紀が乱れてしまう可能性が……」
「それでは、君は『敬語を使わなければ礼節を保てない』のかい?」
カナは訝しげな表情をする。
「葬人は、隊員全員が方舟内で共同生活を送る。それに任務もハードな物が多い。隊員同士の心の距離が離れてしまうのは、とても危険なことなんだ。隠し事や、心配事にしてもそう。多少の軋轢が、大きなを失態を招く原因になるかもしれない。これは、『何にも気を使わずにわがままでいろ』と同義ではなくでだ」
エヴァンはこう続ける。
「例えれば、隊は『家族』のようなものだ。家族には素直な気持ちを打ち明けられるし、逆に不要に傍若夫人な態度を取ったりもしないだろ?」
それでも、カナは気まずそうな顔をしている。
エヴァンは困り顔だ。
「だ〜いじょうぶだよカナっち!隊長のことは『パパ』みたいって思っておけばいいの!」
エヴァンを後ろから抱きしめてライカが言う。
「……カナっち?」
カナとっさにあだ名をつけられて戸惑う。
その時、アルジャーノが割って入ってくる。
「必ずしもタメ口の必要はねぇだろ。本人が難しいってんなら、無理やり合わせる方がかえって支障きたすんじゃねぇか?」
「む……しかし……」
「じゃああんたは『タメ口じゃねぇと言いたいことも言えねぇ』ってのかよ?」
「それは……うーむ……」
一本取られて、困惑するエヴァン。リリィがそれを茶化す。
「さすがアル、機転効くぅ〜!この屁理屈王子!」
『あ゛⁇』とイラついた態度を取るアルジャーノ。
「それに…隊長、私達が入隊した時は『原則』なんて言ってなかったし」
クアイエットの告げ口で、バツの悪そうな顔をするエヴァン。
カナの元にニアが近づいてきて言う。
「少しずつ、慣れてけばいいと思うよ。……ね?隊長?」
エヴァンの方を振り向くニア。エヴァンは、少し黙ってからこう答える。
「仕方ない……ではそうするとしようか」
折れたエヴァンは少し残念そう。
「……あの……私もできれば敬語の方が……。」
「ご自由に。そんな初対面の人に急に言われても、困るもんね?」
不安げな表情のミーナを安心させるライカ。
「は、はい……」
それを見ていたヨクトは、誰にも知られぬようにボソッと呟いた。
「家族……かぁ……」
なぜか、彼は少しだけ嬉しそうだった。
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