第23話「負けないで」
グレイブが日々業務に励んでいるのは、巨大樹内部に存在する、反逆者達を投獄しておく「収容区」だ。
捉えられるような囚人は
①組織の幹部クラスで、情報収集のため
②戦闘した葬人が、偶然生かして捕縛した
③その他利用価値があると判断した
などといった理由で、葬人の間では、無闇矢鱈にテロリスト達を収容しておく事は得策ではないとされている。
なぜなら、囚人にも食料やエネルギーは割かれるからだ。
囚人達は基本的に自由はない。最低限の生命活動を維持させるだけで基本的に監禁生活。正直、生きてるのも死んでるのも変わらないといったところだ。
ある意味では「生きてるのに死んでいる状態を、肉体的に死ぬまでただ黙って過ごさせる」のが、囚人達への処罰である。
牢獄の廊下を見回りしているグレイブ。
時おり牢屋から、長期的な投獄生活で頭が狂った囚人の叫び声が聞こえてくる。
グレイブは、聞いているだけで気が病んできそうなその大声で、精神に打撃を与えられる。
「……はぁ〜ぁ。精神病棟かよここは……」
無気力にため息を吐きながら、愚痴をこぼす。彼の毎日はこんな感じだ。
「……俺、なんのために生きてんだろ……」
すると、空き部屋の多い牢獄の一角に、一部屋だけ異様な雰囲気を醸し出した囚人が投獄されていることに気づく。
その囚人は、白髪で顔が傷だらけの黒人だ。傷の具合から地上で相当死線をくぐり抜けていたのがわかる。
−−−−こんな奴いたっけか?
グレイブは少し奇怪に感じる。前回の見回りの際にはこんな囚人はいなかった気がするからだ。
とはいっても、見回りはシフト制で、毎度担当する場所が違う。自分が知らない間に新入りが入ってきたのだろう、と彼は考える。アガスティアの監獄で、脱獄や侵入することなんてありえないのだ。
グレイブはすぐに前を向き直して、その場を去ろうとした。
「……青年。ちょっといいかい?」
「……あ?」
囚人は何を思ったのか彼に話しかけてきたのだ。囚人の声は、思ったよりも若く聞こえた。何しろ顔面が傷だらけで年齢層も判別できない。白髪のせいで、老けても見える。
「な、なんだよ。なんか用か?」
「話に付き合ってくれないか? 周りには誰もいないし、退屈でしょうがないんだ」
「……はぁあ?」
囚人は妙に親しげだった。捕まった自分に絶望しているわけでも無く、アガスティアの民である自分を恨んで反抗してくるわけでもない。
時折勤務中に囚人達から理不尽な罵声を浴びせられたり、喧嘩をふっかけられたりすることもある彼は、その囚人に不思議な興味と魅力を感じてしまい、つい勤務を投げ出して話に付き合ってしまった。
お互い軽い自己紹介をして、二人は適当に会話をした。
そのうち、囚人がここに収監されるまでの経緯の話になった。
彼は嫌がることもなく話してくれたので、物珍しい話を聞けると思いグレイブは耳を傾けた。
−−−−彼の話が終わる。
「……そりゃあ随分、苦労したんだなぁ。」
グレイブは少し哀れみの目を彼に向ける。
奇妙なことだが、囚人は随分と態度が柔らかく気さくで、久方ぶりに友人と話しているかのような感覚に陥ってしまったのだ。
「君はそう思うかい?」
「地上の状況なんてわからねえけどよ、全く、渡る世間にゃ鬼ばっかだぜ。」
「……覚悟はしていたさ。僕はどんな言い訳をしたってただの大罪人だ。けど……」
「……」
「大切なもののために戦った。僕は『死んで』ない」
「……大切なもの?」
「だから後悔はしてない。罰も、例え死罪だって受け入れてみせるさ」
グレイブは考え込んでしまった。
口を大にしては決して言えない。しかし、例え相手が偶然出会った愚かな犯罪者であろうと、彼の話には心に刺さるものがあった。
自分は『本心で』生きているのだろうか?毎日死んだように過ごしているのは、何故なのか?
グレイブの微妙な異変に、囚人はすぐに気づいた。
「……何か悩みでもあるのかい?」
囚人の口調は妙に暖かく、グレイブはつい警戒心もなく自分の生活のことや日々の疑問のことを話してしまった。
いや、むしろ監獄から外に出ることのない囚人にだからこそ、なんの恥もなく打ち明けられたのかもしれない。彼は思いの丈をありのままに伝えた。
「……どうも納得いかねぇんだ。俺たちゃ、これじゃまるで蚊帳の外みてぇじゃねぇか」
「何か彼らに抗議する手は?」
「……一応可能性があるのはデモを起こすことだな。けど、やったって誰も……」
「あるじゃないか。なら、余計に考えすぎずにやってみればいい」
「おいおい、簡単に言うなよ! アガスティアは普段平和な分、反乱分子に厳しいんだ」
気弱なグレイブに、囚人は彼を励ます。
「無駄なことなんて何一つとして存在しないよ。全部が草の根運動、種まきだ。地道な積み重ねがいつか連鎖して、大きな風穴を開けるんだよ」
グレイブの心の中で、何かが大きく突き動かされる。徐々に彼の中で火がついていく。
「君たちには、僕らと違って暴力以外にも手段がある。その素晴らしい権利を、大事にした方がいい」
「……けど、あんまり騒ぎすぎると警備隊にしょっぴかれちまう……」
その時、囚人は囚人服のポケットから何かを取り出した。檻の間から手を出し、グレイブの片手をとって、『それ』を授ける。
「なんだァ?これ……」
「僕らが襲撃の時に使った『身体強化剤』だ」
「ド……ドラッグ ?!」
「大丈夫。危険ドラッグなんかとは違う代物だよ。…大男複数人相手でも持ち堪えるくらいなら簡単なはずだ」
グレイブは冷や汗をかいて、目を丸くする。
「あんた……こんなもの持ち込んで‼︎……むガッ⁈」
囚人は、檻の間からグレイブの口を手で塞いで、『しーっ』という仕草を取る。
「……もしもの時のためと思ってね。けど、使う機会なんてない。脱獄なんて、こんな場所じゃ無理だし」
「あ……あんた……」
「大丈夫、使い方を誤らなければ、誰かを傷つけることはない。……要は使い手の心次第さ」
囚人は両手で薬をもたせた方のグレイブの手を、優しく握りしめる。
『負けないで』
グレイブは、彼の一言に涙を一粒流した。彼のシンプルなその言葉が、彼を強く勇気付けたのだ。
グレイブは、冷めきっていた自分の中で、燃えたぎる炎が蘇った感じがした。
俺がアガスティアを変えるんだ。そう、そう彼は強く誓った。
誓っていた、はずだったんだ。
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