第22話「滅私奉公」

 先刻、グレイブ達『レジスタンス』が街頭演説を始めだした頃。


「ちゅうもぉおおおおおおおおおおおおッく‼︎」

 彼の大きすぎる声が広場中に鳴り響く。

 広場にいた大人から子供は耳を塞ぎ、建物の中にいた人たちは『何事か?』と思い、窓を開けて様子を伺ったり、建物から出てきたりしている。


「うるっっさァッ‼︎」

「これ……『デモ』? あいつらなんで……」


 広場中の目線が、レジスタンスに集中する。

 グレイブ達は『漢』の目つきで、戦闘準備は整っている。その中でヨクトだけが、プラカードを持ちながら青ざめた顔で下を俯き、ブツブツつぶやいている。


 −−−−デモなんて、アガスティアでは恥ずべき行為だ。

 第一アガスティアの生活の満足度はこの世界では随一の高さを誇る。誰も不満なんて抱かない、いや、正確には抱くこともあるのだが、皆がそんな感情を押し殺して、不満の矛先を外ではなく内に向けることで、努力するのだ。

 そんな状況の中、社会にケチをつけるような真似をするのは、己ではなく環境を変えようとするその行為は、民衆にとって愚かな行為である、少なくともヨクトはそう考えていた。


「……大丈夫、俺は空気だ、そう空気。誰も俺のことなんて見てねぇし、そもそも俺の知り合いはこの場に一人としていな……」


 その時、ヨクトに気づいたミーナが彼に向かって声をかける。

「ヨクトくーん‼︎ 何してるんだよぉ! こんな時期に! 本当に卒業できなくなっちゃうよぉ⁈」

「あんたぁ!! そんな所で何油売ってんのよぉ!!」

「……いた……」

 ヨクトは痩せこけた不健康な表情になり、静かに涙を流す。

 −−−−もう、お終いだ。金輪際彼女達とまともに目を合わせて会話をできる日は来ないだろう。ヨクトは激しく後悔する。


 そんな彼の後悔の念になんて気に求めずに、グレイブ達の抗議が始まる。

「俺たちは東部貧民街出身者‼︎ アガスティアの貧民街に住む人間だ!! 今日‼︎ 今現在ここで‼︎ 俺たちが声を荒げている理由がわかるか⁈」

「わかるかァッ⁈」


 住民達は、『なんだなんだ?』とどんどん集まってくる。

 アガスティアでは滅多に起こらないデモ活動に、みんな興味の目線を注いでいるのだ。


「俺たちが今日ここに集まった理由は、天空都市アガスティアの腐敗した統治システムを是正するがためにある‼︎ お前達は、俺たち貧民街出身者が普段どんな仕打ちを受けているか知っているか⁈」

 


 グレイブは演説内容はこうだ。

 

 東部貧民街はアガスティア中の『お祓い者』が追いやられる。

①時代の遷移の影響で需要が失われた職務に就いていた者。

②やむおえない事情で失墜してしまった者。

③何かしらの障害を持って生まれてしまった者。

…その他諸々。

 彼はそれらの全てが偶発的に起きてしまった事の結果であると断言する。

 彼らは『末端職』と呼ばれる長時間の肉体労働に駆り出され、毎日奴隷の如く酷使される。さらには、『末端職』は基本的に人材が不足しがちな状況が続いており、その負担は全て現就業者達が丸々背負っている。

 アガスティアで就く職務は基本的に高い専門知識を求められる。学院でそれは確かに学べるが、遺伝など先天的に適性があるサラブレットが集うアガスティアにおいて、貧民街出身者が彼らに『努力』や『根性』など曖昧なもので上回ることは実質不可能である。貧民街居住者は、貧民街に送り込まれた時点で囚人のような人生を歩むことを余儀無くされているのだ…と。


「言い訳かよ」

「情けねぇな」

 聴衆からそんな嘲笑の言葉が聞こえてきたが、グレイブは目もくれず続ける。


「……誰もが平和を享受し暮らせる『楽園』のアガスティアが、こんなことでいいのか⁈ 俺たちは……『なんもない』俺たちは、あんたらが好き勝手生きるために用意された『生贄』みたいなもんだってのか⁈」


 グレイブは自分で言っているうちに感極まって、涙をこらえて最後まで言い切る。


「……貧民街出身者にも平等で幸福な暮らしができるアガスティアを‼︎ 俺たちは要求する‼︎」


 レジスタンスのメンバーが一斉に歓声をあげる。



「……気持ち悪ぃ」

 それを一応最後まで聞いていたアリエッタが、目の色を変える。酷く冷徹な目つきだ。

「……ちょ……ちょっとアリエッタ?」

 彼女は座っていた広場のベンチから何も言わずに立ち上がり、スタスタとグレイブたちのいる場所で向かっていく。


 アリエッタが、グレイブの目の前に立ち、その酷く冷徹な目つきで彼を睨みつける。

 グレイブは、その凍てつく視線に思わず冷や汗を書く。随分と体格も違うはずなのに、彼女は決して物怖じせずに目を逸らさない。


「……『滅私奉公』。アガスティアの民の大原則の一つ」

 アリエッタが発した声は、静かで落ち着いてはいるが、あからさまに煮えたぎる嫌悪や憎悪が感じられる。

「……は? お前何いってん……」

 グレイブが無知であるのを瞬時に理解し、言葉を最後まで聞かずアリエッタは反論する。


「『クソみてぇな我儘言ってねぇで黙って働け』って意味よ」

 グレイブは言葉を詰まらす。アリエッタは続ける。


「地上と桁違いの安全な暮らしと一線を画した技術を享受してる私たちは、その代償として全人生を捧げて衰退していく惑星環境改善に貢献する。常識よ。あんた学院いた時、一体何してたわけ?」

 アリエッタは思い切りグレイブの胸ぐらを掴む。その目は瞳孔が開いている。法がなければ今すぐにでもグレイブを殴り殺しているかのような目だ。

「『好き勝手生きてる』って?あたしら普段どんだけ研究に時間割いてると思ってんの?見たことあんの?想像したことあんの?……あぁごめん、わかんないわよね?あんたらろくに脳みそ働かせもしないで『好き勝手生きてきた』んだから」

「いや、何もそこまで言ったわけじゃ……ガッ⁈」

 アリエッタが掴んでいた胸ぐらを思いっきり締め上げる。


「他人の苦労も理解しようとも、感謝しようともしねぇ奴が自分(てめぇ)大事にしてもらえると思ってんじゃねぇよ」

「ぐ……グぬぬぬぬヌヌ‼︎」


 ミーナとサリアが爆発寸前のアリエッタを急いでなだめにかかる。

「ちょっとアリエッタ! ストップ! ストーップ‼︎」

「一旦落ち着こ⁈ ね⁈」

 

 アリエッタはグレイブの胸ぐらから手を離す。グレイブは緊張が解けたようで膝をガクッと落とす。


 グレイブは、か細い声で彼女達に言う。


「……言葉を選ばなかったのは、本当にすまん。けど……」

「……あ?」

「……あんたらだって、本当に『幸せ』なのかよ……」

「『幸せ』?……ハッ……何言ってんだよ。あんたなんかと同じなわけないじゃん。自分の不幸を他人に投影すんじゃねぇよ。」

「……アガスティアでの鬱病発症率知ってるか?約30%だ。……そんなんなるまで切羽詰まったって……」

「……ッ!!」


 アリエッタは、ミーナとサリアに言う。

「……行こうぜ。聞いてたらクズが伝染(うつ)る」


 ヨクトはその光景を見て、ただ呆然としている。

 ベンチへと戻ろうとした時、少し振り返って彼女はヨクトに言いつける。


「……あんたさぁ。みんなに申し訳ないとかおもわねーの?いっつも甘やかしてもらっといて、ここでのやり方に唾吐くような真似して」

「お……俺は無理やり連れて来られて……!」

「責任逃れすんなよ。嫌なら力づくでも逃げ出せば良かったじゃねぇか」


 それを聞いて、ヨクトは何も言えなくなる。

「……チッ……取り柄もなけりゃ意思もねぇのか……。あの子、なんでこんな奴に気ぃかけてんだろ」


 彼女たちがベンチに戻って、広場は静まり返る。さっきまで面白がってた連中も、先ほどのアリエッタの形相をみて、黙りこくってしまっている。


 ヨクト達は、完全に心をへし折られたのか、その場で戦意を喪失してしまっている。


「……おいグレイブ……もうやめようぜ……どう考えたって俺らが悪りぃって……」

「……あぁ?なに日和ってんだ。どの道もうどこ踏んだって泥沼だぜ」

「まだ言うかよ……それに、そろそろ警備隊の奴らが来てもおかしくねぇぞ?」

 グレイブは満身創痍ながらも、無理やり笑いながらヨクトに答える。

「それについては任せろ……俺には『秘策』がある」

「はぁ? 『秘策』ゥ?」


 グレイブは、ポケットの中に何か隠しているのか、手を突っ込んっで大事そうに中にあるものを握る。

ヨクトはその様子に気づいていない。


 グレイブが、意を決したようにヨクトに言う。

「……ヨクト、俺言ったよな?『オメェ、アガスティアをどう思う?』って」

「言ったけど……それがなんだって……」

「もっかい聞くぞ。さっきの、お前はどう思った?」

 ヨクトはハッとした目をする。


 ヨクトだって少しは思ったのだ。『みんながもっと楽に生きれたら』と。

 グレイブは、ヨクトに振り返ってこう言う。


「……建前に逃げんじゃねぇぞ。ヨクト」

「お……おい!」


 グレイブは再び大声をあげ始めた。再度、広場中の視線が彼に集まる。


「要求を変更する‼︎ 俺たち全員、アガスティアの民全員が‼︎ 本当に幸福に満ち溢れた社会システムを要求する‼︎ 『働き方改革』だ‼︎ もうちょっとみんな余裕もって生きようや‼︎」


 ベンチに戻ったはずのアリエッタがまた舌打ちをして言い返す。

「……ぁああああ‼︎ あったま悪りぃなぁ‼︎ 具体策もなんも無ぇくせによッ!! そう思うんならウダウダ他人の足引っ張ろうとする前にテメェが先に結果出せっつってんだッ‼︎」

「アリエッター! 落ち着いてぇ〜! もうなんなのよぉ一体!」

「第一‼︎ イヤイヤ生きてんのはテメェだけだ‼ テメェが変われば済むんだよこの社会不適合者‼︎」

「じゃあなんでテメェだってそんなに苦しそうなんだよ‼︎」

「はぁ?!」

「余裕がねぇだろ!! 俺たちって『誰かの為だけ』にそんなに強く生きれるのか?! このままじゃ……こんなやり方じゃあ……惑星環境の改善なんかより先に俺達がブッ潰れちまうだろ!!」


 グレイブは、やたらと声がでかい。図体と声のデカさだけが彼の強みだ。彼の声は広場中に響き渡る。


 その時、騒ぎを聞きつけて東部の警備隊の数人がレジスタンスを取り押さえにやってくる。

「お前らぁ! 許可も無く何やってんだ‼︎」

 レジスタンスメンバーが一人一人取り押さえられていく。ヨクトも例外なく、なすすべもなく後ろから押し倒され、背中に乗られて拘束される。


 大柄で筋肉質の体格のグレイブには、複数人の隊員が抑えにかかる。

「俺に‼︎ 話を‼︎ させやがれぇええええええええ‼︎‼」

 グレイブは、怪力を発揮して警備隊員をはねのけて、間合いを取る。


「はぁ……はぁ……俺は……俺は‼︎」


 警備隊が、スタン棒を取り出す。


「くそッ……こいつ‼︎」


 グレイブはポケットから『何か』を取り出した。

 その『何か』とは、錠剤だ。透明の小さなケースに、数粒入ってある。


「みんなを救いたいんだぁああああああああああああ‼︎」


 グレイブはケースの蓋を開けて、一気に錠剤を口へと放り込む。ケースの中の全てを流し込み、噛み砕いた。

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