第21話「レジスタンス」

 

 東部の学院から少し離れたところにある、教会の跡地。アガスティアには東西南北に一つずつ小さい教会が月々の礼拝の為に用意されてある。

 しかし、礼拝はいつ頃からか『なんの生産性も無い無駄な行事』と判断され、教会の存在ごと民達の間から忘れ去られていた。


 それからというものの、教会跡地はアガスティアの学院生の中でも出来の悪い者が集合する溜まり場になっている。

 アガスティアの東部は、言い方が悪くなってしまうが、かつての選別で成績が悪かった順に民が選ばれた地区だ。それでも民達の知能指数は高い平均値を叩き出してはいるものの、中には道を踏み外してしまう民も少なく無い。


 賢い人間達を集めたところで、どれだけ質の良い教育を施したところで、一定の確率で「影」は生まれる。ヨクト達が住む貧民街も、そう言ったあぶれ者を掬い上げる受け皿として機能しているのだ。


 苔が生い茂った教会内に7〜8人の人影が固まっている。

 そしてそこにもう一人、誰かが近づいてくる。ヨクトだ。


「……お、来やがったな」

 集団のうち、一番大柄でリーダー格と思しき人物が、ヨクトに目をやりニヤッと笑う。


「……なんだよグレイブ。相変わらず悪趣味な格好してんのな」

 大柄な黒人男性はグレイブというらしい。彼の風貌は、アガスティアの純白の制服を引き裂き、敢えて着崩しているように見えるがあからさまにダサい。父親からもらった地上の出張土産の金属アクセサリも含めて、極めて趣味の悪いファッションだ。


「定刻通り。お前にしちゃあいい子ちゃんじゃねえか。……まあ、一旦座ろうぜ」

 ヨクトは、並べられてる椅子を一つ掴み、彼らが円形に向き合って座っている中にそれを並べ、ドカッと乱暴に座る。


「……で?どうしたってんだよ。折り言って話しがあるって」


 グレイブがゆっくりと口を開く。

「……ヨクト、一つ聞きてェことがある」

 妙に神妙な面になった彼をみて、ヨクトは少し身構える。

「……なんだよ急におっかねぇ顔しやがって」



 グレイブは、真剣な目つきでヨクトに言い放つ。


「オメェ、『アガスティア』をどう思う?」


 ヨクトは、彼の言っていることが、理解できなかった。どう思う?と言われても、どうも思わない。こいつは、何が言いたいんだ?彼は思う。


「はぁ? どう思うって……どういうことだよ?」

「……学院卒業したらなんの仕事するつもりだ」

「別に……特に決めてねぇけど」

「そうか。なら大方『地下収容所職員』『街中警備員』『エネルギー行路監視員』ってとこだろうな。このあたりのいわゆる『末端職員』って言われてる奴らがどんな待遇受けてるか知ってっか?」

「いや……別にそんな詳しくは知らねぇけど……」


 グレイブは、怒りを押さえつけられないからなのかギリギリと歯軋りをし、握った拳を震わせながら、重たい声で語り出した。

「朝勤と夜勤の交代制、一日10時間の長時間労働、人手不足のせいでひでぇ時には残業付きだ! 休みは週1、有給は月1〜2日で取れねぇこともある……頭のおかしくなりそうな作業の永遠の繰り返し……こんな地獄に俺らはぶち込まれてんだ‼︎ どう思う⁈」


 ヨクトは、それを聞いてポカンとする。

「……そんな悪いか?」

「お前は感覚が狂ってんだッツの!!」


「生きるのに困らねぇってだけで、俺らに自由なんてねぇ! 監獄みてぇだろ⁈」

 ここまで聞いて、ヨクトは黙って聞いてられなくなり、とうとう反論する。

「自由はねぇって……俺ら別にやりてェことなんてあんのか? 自由なんてもて余すだけだろ?」


 ヨクトの意見を聞いて、図星なのか言葉を詰まらすグレイブ。


「そんな嫌なら空いた時間全投入して勉強しろよ。転職できりゃあ勝ち組確定じゃねぇか。」

「……てめえはわかってねぇ! 全然わかってねぇよ!」


グレイブはこう続ける。

「もともとクズの俺らが、あいつらにどう足掻いたって勝てるわけねぇだろ⁈みんなそれぞれの分野のサラブレッドだぜ⁈オマケに火がついたら文字通り『周りの音が聞こえなくなる』くらいの集中力を発揮する狂人の集まりだ‼︎特に特技も向いてることもない、ましてや喉から手が出るほど欲しいってくらいの『夢』も無い……どう頑張ったって俺らが何できるってんだ⁈」


 それを聞いてヨクトも思わず耳が痛そうな表情をする。言い訳がましいが、彼の言っていることはヨクトにも当てはまるからだ。


「ここでの職業選択はほとんど椅子取りゲーム見たいなもんだ……パイの奪い合い、ゼロサムゲーム……わかるか⁈ 貧民街育ちの俺らは、クソ真面目に『真っ当な努力』なんかしてたら、先に寿命が来るって‼︎」


 ヨクトは、彼の話を聞いているうちに、また嫌な記憶思い出す。

 幼き頃、どんなに頑張っても辿り着けない存在がいたこと。そう、カナだ。

 彼女は『人間じゃない』みたいに、なんでも完璧にこなす。そして、それ以上に努力の天才ということも知っている。


 講義が終わった後も毎日教授を尋ね、帰りは東部の図書館で文献を漁り、コピーを印刷してきては寝る間も惜しんで読みふけった。

 しかし、どんなに頑張っても、彼女は無意識の内に彼を突き放した。成績発表など、個人のステータスが公に晒され合う場が設けられるたびに、ヨクトはうちのめされた。


『人間としての出来がそもそも違う』


 中央から引っ越してきて、自分と同じ『除け者』だったはずのカナの周りにどんどん人が集まっていく。


 彼女には恩がたくさんある。自分にとって、大切な人間であるには間違いない。

 けれど、そんなことよりも、彼女の近くにいたら、自分の無能さをとことん思い知らされるようで、彼には耐えられなかった。


 そして、彼がとうとう道を外してしまう『引き金』となってしまうのは、もうしばらくしてからのことだった。



「おい! ヨクト! 聞いてんのか⁈」


 話を途中から無視してしまっていたことに気づき、ヨクトは我に帰る。

「……あ……わりぃ。で、なんだったっけ?」

「『デモ』だよ……『デモ』を起こすんだ! 俺ら『弱き者』たちの力をかき集めて‼︎ 末端職員の労働環境の改善を促すんだよ!!」

 ヨクトは不快感を覚える。

「『弱き者』って……悪人ヅラかましてるお前が言うかぁ?」

「『社会的弱者』ってことを言ってんだ! いいか⁈ ここに集まったのはなぁ、俺の決死の呼びかけによって集まった『抵抗軍(レジスタンス)』なんだ! みんな無慈悲な競争に疲れ果て、心に深い傷を負った『同志』……いや『家族』だ‼︎」

 集まりのうちの一人の男が涙を手でぬぐいながらこう話す。

「……俺らは……グレイブの兄貴の『魂の叫び』に心打たれてここに来たんだ……絶対みんなで幸せになるぞって……」

 涙ながらに、彼は言う。


 感極まったグレイブは拳を空叩く突き上げる。

「テメェら!! 時刻は本日夕刻‼︎ 帰宅ラッシュの時間帯‼︎ 一番人が集まる広場でやるぞ‼︎」

『オォーッ‼︎』とその場にいる皆が雄叫びをあげる。ヨクトは彼らについていけない。


「だぁあ‼︎ ちょっと待て‼︎ 俺は手伝うなんて一言も言ってねぇぞ‼︎ 第一そんなチンケな動機でデモなんて…‼︎ 聞いてもらえるわけねぇって⁈」

「あぁ⁈ なんだ⁈ 冷笑気取って高みの見物か⁈ いいから黙ってついてこいや!!」


 抵抗する術もなく、グレイブ率いる彼ら『レジスタンス』はヨクトを拐って教会を出ていった。



***



 古びた廃ビルの部屋の中、覆面を被り武装したテロリストたちが、10数名ほどいる。

そして、部屋の奥には、数名の人質達が拘束されて、目隠しをされている。


 その時、奥の方から小さい足音が「コツン」となって、一気にテロリストたちの視線が集まる。


 視線の先にいるのは、カナだ。両手に彼女の神器である極太の真っ白の双剣が握られてある。甲冑の赤黒い筋の文様が、血管が脈打つようにグロテスクに光っている。


 テロリストたちが、カナに向けて一斉に銃口を向けて、サブマシンガンを放つ。しかし、カナは目にも留まらぬ速さで銃弾の雨を避け、一気に間合いを詰める。


 カナは瞬く間に全員のテロリストを叩き斬る。彼らの体は、切り裂かれるのではなく、四方八方に吹っ飛び、倒れた体がバリバリと音を立てて放電している。


 奥の人質達の拘束を解き、カナはニコッと笑った。

 『MISSION COMPLETE』とカナの頭上に大きく表示され、周囲の景色が分解されるかのようにバラバラになり、ガラス張りの大きな一室となった。

 

 −−−−VR訓練が終了し、カナはひとまず安堵する。



「カナちゃんさっすがね! パーフェクトぉっ!」

「いえ、なんも。ご指導のおかげです」

 訓練所の女職員は軽い口調でモニター越しにカナを褒める。

 カナは照れた様子で謙遜する。

「いやいやぁ、本当にすっごいよ? 君、力抑えた状態でこれなんだもん。」

 カナが両手に握っていた双剣が、粒子となって大気中に消えていく。

「将来がおっそろしいわぁ〜。にしても、なんでわざわざ制御した状態で使ってるの?」

「……使い方がまだ慣れてないだけですよ。精進します。」

 カナはどこか心がこもってないような様子で伝える。職員はやはり不思議そうな様子だ。


「ん〜? でも、検査ではバッチリ使いせるとこまで達してるのよね〜……でも、まぁカナちゃんなら大丈夫か。最初からこんな危険な任務が回ってくることもないだろうし。」

「ご心配ありがとうございます。」


「あなたの神器は刀身から発生する電撃で、相手を感電させることができるわ。……その気になれば敵なんて骨まで消し炭ね。」

 カナはそれを聞いて少し気まずそうな表情をする。職員は彼女の表情に気づいたようだ。


「……あの……職員さん」

「ん? なぁに?」

 カナは少し黙った後、探るように職員に聞く。


「……有事の際、私たちには『殺処分』という選択肢しかないのでしょうか?」


 職員はそれを聞いて驚いて目を丸くする。

 カナは職員の気持ちを察知し、慌てて言い直す。

「えぇと……神器の扱いに慣れるまで、どうしたらって思ってしまって……」

 職員は一瞬冷酷な目をカナに向けた直後、再び元の笑顔に戻ってこう答える。

「……んー、まぁ。収容区にまとめて収監ってこともできるけど、現実問題得策ではないわね。彼らに資源を割くのも限界があるし、第一生かしておく必要性がないわ。……でも、あんまり殺しすぎちゃっても人権団体が黙ってないだろうし、バランス見てうま〜くって感じかな?」

 カナはそれを聞いて少し悲しそうな目をする。その変化も、職員は見逃さなかった。

「粛清を恐れてテロを起こす人間も少なくなったおかげで、今となっては殲滅任務は上位3隊に任されてるから、あなたはそこまで気にしなくていいのよ?」

「すいません、余計なことを聞いてしまって……」

「……でも、いざという時は必ずあるからね。覚悟は決めておかなきゃダメ。私たちは、れっきとした『軍隊』でもあるんだか」

「はい。心しておきます」


 カナは訓練室を出て、更衣室への扉を開く。

 指示室にいる職員は訓練室のモニターの電源を切り、コンピュータにカナの成績を打ち込んでいく。

 用意されてある項目のほとんどに高い評価が付いているが、一つだけ評価を決めかねている項目がある。

「……うーん」

『精神状態(メンタル)』の項目に『C』の評価。そして『殺処分に対し抵抗を見せる可能性あり』と備考に追加する。


 職員は困った顔をして、ため息を吐いた。

「……そりゃあ、避けて通れないわよね〜……」





 帰宅ラッシュの時間帯。広場に様々な人が行き交っている。

 広場にある長椅子に、ミーナとサリアが座っている。そして商店からアリエッタが出てきて、手にしているアイスクリームを二人に渡す。

「へい!! サリアがクリームソーダで、ミーナがチョコミントよね?」

「あら正解。珍しく間違わなかったのね」

「はぁ⁈ 何よ買ってきてやったのにその言い草ぁ!」

「やめなよもう……ありがと、アリエッタ」

 悔しそうな表情でミーナの横に座るアリエッタ。


「はぁ〜、薔薇色の学院生活も、あと数ヶ月で終わりかぁ〜。寂しくなっちゃうわね」

「あら、寂しがるなんて珍しいじゃない」


 二人の会話を聞いて、思い出したかのようにミーナは質問する。

「……ねぇ、二人はどこに希望出すつもりなの?」

「私は電気の研究室‼︎ 今までになかったくらいエコな発電技術を開発するの!」

「私は食品関係かな。今ある資源のみで、もっと効率よく栄養素を抽出して作れる食品を普及させたいの……ミーナは?」

 少し言葉を詰まらせるミーナ。

「……えと……私ね」


 −−−−その時だった。数人の男たちが、広場の中心に立ち並んでいる。


「……なに?あれ」

「ん?……あれ、ヨクトじゃないの?」

「え゛⁈」


 言わずもがな、グレイブたち率いる「レジスタンス」だ。

 グレイブが列の中心で少し前側に立っていて、後ろに『貧民街出身に愛を‼︎』と荒々しく書き殴られたプラカードを持ったヨクトが恥かしそうな顔をしながら立っている。



 グレイブが、深く深呼吸する。

「ちゅぅうううううううううもおおおおおおおおおおオォおおおく‼︎」


 あまりの声の大きさに、広場にいた住民たちは耳を塞いだ。

 彼らの、この小さな『反抗』が、後に残る重大事件になるとは、この時誰も思いやしなかった−−−−



***



 荒っぽい音を立てて更衣室の扉を開ける職員。

「カナちゃん‼︎」

 着替え中だった半裸のカナは、びっくりして跳ね上がる。

「お……驚かさないでください! 通信くれればいいじゃないですか⁈」

「あなたの周波数聞き忘れてたのよ! …それより、東部が大変なの! あなた東部出身だったわよね⁈」

 カナの目の色が変わる。

「……何があったんですか?」

「内乱よ‼︎ 貧民街の連中が……」



 カナはそれを聞いて、目を丸くする。

 アガスティアで、こういった事件が起きるのは、そうそうない。


 カナは急いで訓練所を出た。少しでも被害を食い止めるために。

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