第24話「責任」




 広場中の住民の目が、先ほどまで熱い感情をさらけ出していた青年に集まっている。

 住民は驚きを隠せない様子で、皆が目を見張って冷や汗をかいている。


 −−−−その視線の向こうには、おぞましい姿となったグレイブがいるのだ。


 グレイブの身体中から、赤黒い鉱石が四方八方に突き出ている。

 表情は白目を向いていて、苦痛で歪んでいる。彼は、ダブった声で悲痛な叫び声を上げ始めた。


 耳障りな叫び声が、広場中に広がる。住民たちはあまりの騒音に耳を塞ぐ。

 いや、五月蝿いだけではない、彼の叫びを聞いていたら、なぜか無性に負の感情が誘発される。


 悲しい、消えたい、死にたい。ごめんなさい。


 そんな感情が、理由もなしに湧き上がってくるのだ。


「な……なんなのよ……これぇ……」


 怯えた目のサリアとアリエッタの隣で、ミーナがうずくまってブツブツと何かをつぶやいている。

「なにこの声……いやだ……怖い……」

「ちょ……ちょっとミーナ!アンタ大丈夫⁈しっかりしろッ!」


 グレイブの体内から飛び出た鉱石が、無数の棘を空中に作り出し、静止する。

 住民たちは危険を察知して、一斉に逃げ出す。


「に……逃げろぉおおおおおおお‼︎」

 無数の棘が一斉に射出される。棘は誰を狙うわけでもなく至る所に乱射されて、建物や地面に突き刺さる。


 住民に直撃しそうになったのを警備隊員が決死の防御で守るが、それだけじゃ捌き切れず、住民達に棘が当たってしまう。

「住民の避難と救出が最優先だ‼︎ 急げ‼︎」

 警備隊員は、これからは滅多に遭遇することのないであろう事態であるにも関わらず、物怖じせずに動く。

 しかし、かたや住民たちはそれどころじゃない。皆、前代未聞の事態で恐怖に怯えている。


「……あんの野郎ッッッッ‼︎ ホンッット余計だッ‼︎」

 アリエッタは、再びグレイブを血走った目で睨みつける。本当に、こいつは余計なことをしてくれた、そんな憎悪が彼女の腹の底からふつふつとこみ上げる。


 とはいっても、肝が座っているとはいえ流石に一般市民の女学生がバケモノ相手に何かできるわけでもない。悔しさに唇を強く噛んでいると、棘の一つがこちらをむいて、今にも射出されそうになっていることに気づく。


「……やばッ……‼︎」


 時すでに遅く、棘が射出される。完全に反応が遅れた。

 しかし、彼女ら三人はギリギリのところで何者かに突き飛ばされて一命を取り止める。


 突き飛ばした人物は、ヨクトだった。押し倒したと同時に、彼も女の子三人に覆いかぶさっている。普段なら袋叩きにされているところだが、そんな状況ではない。

「……ヨクト……あんた……え⁈」

 アリエッタが彼の脇から夥しい量の血液が流れていることに気付く。どうやら棘がかすってしまったらしい。

「ちょっと……あなたそれ大丈夫⁈」

 サリアも彼の大怪我に気づき、涙目で声を出す。


 ヨクトは歯を食いしばって苦痛に耐えている。

「……どうってことねぇ‼︎ いいからお前らとっとと逃げろ‼︎」

「あんた……なんで⁈」

「あいつに付き合った責任だよ‼︎ 落とし前くらいつけさせろ‼︎」


 その時、サリアがあることに気づく。

「……ちょっと待って、ミーナは⁈ あの子どこいったの⁈」


 ヨクトとアリエッタはそれを聞いて、決死の形相で広場の方に目を向ける。

 ミーナはすぐに発見された。グレイブの攻撃によって、負傷し倒れている警備隊員をひきづって、どこかへ逃がそうとしている。


「君……俺はいいから……早く逃げ……」

「大丈夫……大丈夫です……私が守りますから‼︎」

 ヨクトは思わず怒号を漏らす。

「あんのバカッ‼︎ なに無茶してやがんだよッ‼︎」


 広場を見渡すと、警備隊員はもう残り2〜3名程度しかまともに戦えそうにない状況だ。

 彼らは、もともと戦闘向けに特化して訓練されているわけでもないし、ましてやこのような怪物を相手にすることなど微塵にも想定されていない。

 使用する神器も、暴れた人間を気絶させる程度の武器だ。前代未聞の化物と化したグレイブに、太刀打ちできるわけがないのである。


 負傷した彼らは、地面に倒れこんだり、壁にもたれかかっている。生死が定かでないものもたくさんだ。


 そもそもアガスティアでは、こんな襲撃事件が勃発することなんて微塵にも想定されていない。

 都市の位置が、地上人類からは行き届かない場所にあると言う理由もあるし、現在の地上人類に空軍などを作る技術と石油量はあるものの、必要性がほぼ無いのだ。

 地下深くの油田を採掘することはできるが、現存する器具は少ないかつ、悪用を防ぐ為、アガスティアの息がかかった大都市に丁重に管理されている状態にある。

 万が一、戦闘機などが開発されて飛んできても、迎撃用の設備もアガスティアには備わってある。このように外からの攻撃には強いが、内部からの奇襲対策は少し甘めなのだ。

 であるからして、この状況は至極危険であると言える。 


 グレイブの鉱石が次は巨大な斧のようになり、ミーナに襲いかかる。

 ヨクトは間に合いそうにない。間に合ったところで、彼にはどうにもできないのは見え見えだ。


「……ふっざけんなちくしょぉおおおおおおお‼︎」


 ヨクトが叫んだその時だった。振り下ろされたグレイブの斧が、真っ二つに割れている。


 



 −−−−現れたのはカナだった。事態を聞きつけて、訓練所から飛んできたのだ。


「カナちゃん⁈」

「無事か⁈」


 訓練所が東部の中央寄りの場所に位置していたことが幸いした。彼女に続いて、病院から派遣された医療員や救急車が到着する。


「私がこいつを引きつける‼︎ みんなは彼らを‼︎」


 カナがグレイブを引きつけているうちに、医療員たちが負傷している市民や隊員達を急いで回収する。


 しかし、困ったことに、到着した車輌は全席満員で、ヨクトとミーナを乗せられない。

「これ以上は……限界です! どうしよう……」

「なんで⁈ もっと詰めればなんとかならないの⁈」


 そのやりとりを聞いて、ヨクトとミーナは顔を見合わせ、覚悟を決めた。





 ***




 カナは赤黒い化物との戦闘から手を離せないでいる。

 化物の正体が誰なのかは、彼女にはわかっている。もはや巨大で異形な生命体と化した彼の本体が、腹の部分からはみ出ているからだ。

 そこから見える彼の表情は、相変わらず白目で青ざめていて、気を失っているようである。

 カナはグレイブを知っている。学院では一世代上の先輩であったからだ。

 彼女にとって彼はあまり良い思い出のない相手だ。彼女の脳裏に、幼少期の喧嘩の日々が蘇る。そこには、袋叩きにあって倒れているヨクトと、グレイブ達に応戦しているカナの姿がある。


 グレイブの棘を次々とさばいていき、華麗に距離を詰めていく。

 本体まで近づき、斬撃の間合いに入るが、彼女は斬りかかる寸前のところで一瞬ためらいを見せる。一瞬ためらった直後、彼女はグレイブの本体に傷をつけないように、彼の『装甲』を素早い連撃で切り刻む。


「全員コロス……全員コココロロス‼︎」

「……お前は……いっつも手間取らせるやつだな‼︎」


 グレイブの装甲を徐々に剥いで行って、中から本体を取り戻そうと測るカナ。


 しかし、装甲が削がれ本体が露出してきた頃、再びグレイブが甲高い叫び声をあげだす。その瞬間、彼の装甲が再び復活しだす。


「ッ⁈」


 グレイブの腕が巨大な包丁のようになり、カナ目掛けて振りかぶる。

 反応が一瞬遅れ、カナは逃げ遅れる。彼の手が振り下ろされる。


 カナが致命傷を覚悟した時、警備隊員からスタン棒を拝借したと思しきヨクトとミーナが、二人してグレイブに横から飛びかかり、思い切り殴打した。


「えぇえええええええいッ‼︎」


 カナが巨体を削いで普通の大人くらいのサイズになっていたため、グレイブは案外たやすく吹っ飛び倒れてくれた。


「……っしゃあぁあッ‼︎ どんなもんよ俺らの底力ァっ‼︎」

 冷や汗をかきながら内心ではヒヤヒヤしつつヨクトは雄叫びをあげる。

「お前ら‼︎ なんで逃げてないんだ⁈」

「救急車満員‼︎ 往復まで加勢するよ‼︎」

 ミーナも、小柄な体に似合わない威勢を発揮する。しかし、少々自信なさげではある。

 カナは、二人を心配して、一瞬張り詰めた表情をするが、すぐに気持ちを切り替えてヨクトに状況を聞き出す。




「あいつ、どうなってるんだ⁈ 訳がわからないぞ‼︎」

「俺だってわっかんねぇよ‼︎ ポケットからなんか出してそれ食って……どんどん膨張して……」

「ヨクトくんがあの人達とデモ起こしたの‼︎ そのあと、アリエッタが一喝入れたら……」

「デモ⁈ はぁ⁈ なんで⁈」

「だぁあああ‼︎ 問題は今そこじゃねぇ‼︎」


 そうこう緊張感のないやりとりをしてるうちに、再び棘の嵐が襲いかかる。

 カナたちは間一髪のところで、その場から走り去って棘の嵐を回避する。


 ヨクトが声を荒げる。

「援軍はこねぇのかッ⁈」

「葬人はみんな出払ってる‼︎ アガスティアは内乱なんてほぼ想定していないし……ましてやこんな……。」

「クソ‼︎ 八方塞がりじゃねぇか‼︎」


 走りながら策を弄しているが、三人とも全くいい案が浮かばない。というより状況が全くもって不可解すぎて、なにから考えていけばいいのかすらも微妙で思考にモヤがかかる。

 その時、ミーナがあるものを目撃して、青ざめる。


「……嘘……」


 広場の物陰から、小さな少年が怯えた表情でグレイブの様子を伺っているのである。

 さっきまでこんな少年はいなかった。おそらく、両親不在の家で居留守をしていたところ、騒がしい音がするので様子を見に来たらこの有様だった、ということだろう。


 ミーナは急いでグレイブの方を振り返る。最悪なことに、再び空中に生成されている棘の一つが少年の方に向いているのだ。


「だめッ‼︎」

 二人の会話を気にもとめずに、少年の元へ走り出した。

 彼女が走り出したことによって、二人も少年の存在に気づく。

 しかし、時は既に遅かった。


 棘が一斉に発射される。カナとヨクトは、近くにあった障害物にとっさに身を隠す。ミーナは、少年をかばおうとして彼に覆いかぶさる。


「……ミーナ⁈」

 棘の嵐が収まり、カナはミーナの安否を確認しようとした。

 しかし最悪なことに、そこにいるのは少年を庇って脇腹を貫かれ、血の池に横たわっている彼女だった。

 少年は、あいも変わらず怯えた様子で、涙目になりながら彼女を見ている。無理もないだろう。


 カナは青ざめて彼女の元へ駆けつける。ヨクトも急いで彼女に続く。

「ミーナ‼︎ ミーナ‼︎ しっかりしろッ‼︎」

 カナは決死の表情で倒れているミーナに呼びかける。彼女は呼吸するだけで精一杯のようで、汗だくになりながら痛みを耐えている。

 ヨクトはその場で膝を落とし、絶望する。

「俺のせいだ……俺……あいつらのこと止めてれば……」

 カナは歯をくいしばり、ヨクトに問いかける。

「……お前、病院まで走れるか?」

「え?……あ、あぁ! 大丈夫だ! いける! 死んでもいける‼︎」

 それを聞いて、カナはミーナの耳に顔を近づけ、優しい口調で語りかける。

「……ごめんな、少しだけ我慢してくれ」

 ミーナは声を出さずに、静かにうなづく。それを確認したカナは、辛そうな表情でミーナの腹に刺さっている棘を引き抜く。

「……ぁあああぁああ゛あッ‼︎」

 痛みに耐えかねたミーナの声が広場に響く。カナは、痛がる彼女に心底申し訳なさそうな表情をしながらも、棘を抜ききって投げ捨てる。投げ捨てた棘は、砂粒となってどこかへ消えていく。

「ヨクト! 服貸せ!」

 ヨクトは急いで制服の上着を脱ぐ。カナは渡された制服の一部を破り取り、止血用に使う。

 手早く応急措置を終えて、彼女を抱きかかえ、ヨクトの方をむく。

「……頼めるな?」

 ヨクトは覚悟を決め、ミーナを背負う。

「…任しとけ‼︎」

 『お前も行くぞ‼︎』と少年を呼びかけ、ヨクト達はそこから走って立ち去る。

 カナはそれを黙って見届けている。


 先ほどの射撃からおとなしかったグレイブは、何をしていたかというと、超巨大なハンマーのようなものを生成している最中だった。

 上空にハンマーを構え、いつでも振り下ろせる体制をとる。


 そして、背を向けているカナめがけてそれを思い切り振り下ろした。

 しかし、その槌はカナの斬撃一振りで簡単に真っ二つに切断される。斬撃の際に伝わった電撃で、グレイブは悲痛な叫び声をあげ、麻痺している。


 背を向けたまま、怒りの形相をゆっくりとグレイブに向けるカナ。


「いい加減にしろよ。お前」



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